第56話
「……おう」
エイカとリリパールは地面で大の字になり倒れている双弥のもとへやってきた。
「ひぐっ、えぐっ、ぞ、ぞうやざばあぁぁぁ」
「お……おびぃざん、ごべんざさぁい……」
何を言っているのかわからないほど泣いている。双弥は片手で顔を覆い、苦笑する。
こうしていても埒があかないため上体を起こし、周囲を確認する。
馬車は馬共に無事そうだ。御者は…………どこかへ逃げたのだろう。血などの跡はない。
遠目から見てもドラゴンが全滅していることは確認できる。ならばそのうち戻ってくるだろう。慌てて探す必要はない。
「さて」
双弥は立ち上がり、泣きじゃくっている2人の傍へ立つ。
そしてまず、エイカの頭を少し強めにゴツっと殴った。
「いっ……」
「一体何しに来たんだ」
「だ……、だっで、おでいざんがぁぁ」
「俺のせいにするんじゃない。言ったはずだぞ。もしものことがあっても俺のことは見捨てて逃げろって」
「でも……でもおぉぉ」
「でもじゃない。俺がなんのために戦ったと思ってるんだ」
「だ、だって…………お兄さんいなくなるの……やだあぁぁ」
「…………ったく、しょうがないな」
双弥はエイカをやさしく抱き寄せた。するとエイカは更に号泣する。
あのときは本気でやばかったが、実のところ今は少しうれしいのだ。
双弥がピンチで死ぬかもしれない。そう考えたら居ても立ってもいられず、飛び出してきてくれたのだ。
エイカも怖かっただろう。震えながらも巨大なドラゴンへ立ち向かった姿は無謀であったが力強かった。
それにより自分が死んでしまうかもしれないというのに……。双弥の人生で、そこまでしてくれる娘はいなかった。これがうれしくないはずはない。
「リリパール。来なかったのはいいけどなんでエイカを来させたんだ。止めなかったのか?」
「ず、ずびばぜん…………」
リリパールは軽く自分の手の甲を擦った。それを見た双弥はやばいと悟る。
「いや、ごめん。リリパールのことだからきっと止めたんだろ? でも今のリリパールじゃ手に力が入らなかった」
「……はい……」
「でもリリパールまで来なくてよかった。俺がどうなってもいいって思っている点では助かるよ」
「ふざけないでください!」
突然叫ぶリリパールに双弥は驚き一瞬たじろぐ。
双弥にとってリリパールとは、常に国が第一であり、その他のものなんか羽蟻程度の存在であると認識していた。
国民のためならば喜んで辛酸をジョッキで一気飲みできる。そういう存在であったはずなのだが……。
「どうしたんだよ突然」
「申し訳ありません、双弥様。もう絶対に双弥様を軽んじたことは言いません。だから…………」
「だから?」
「死なないでください! ずっと生きててください! あなたはこの世界からいなくなるかもしれない。だけど……そのときまで、ずっと、ずっと生きてください!」
そしてまたリリパールは号泣してしまった。
(やばい、やばいぞ! これは非常に、超やばい!)
双弥は慌てふためいていた。
今人生最高のとき。超モテ期である。
元の世界? ふざけんな。これで帰れるわけないだろ。などとしあわせを噛み締めている。
リリパールには一度騙されている。だが今更再び騙す意味がない。ということはきっと今度こそ……。
もしやと思い、双弥はアルピナを探す。
だが彼女は既に馬車へ乗り込み、丸くなって寝ている。全くぶれない少女だ。
共に連れている女性陣が全て自分に惚れているのが条件であるとしたら、ハーレムを作るにはアルピナの攻略が必須である。しかしこの感じだとまだ不可能そうだ。イベントを回収する必要がある。
その前にできるだけこの状態を維持しなくてはならない。好感度を最低でも現状のまま。可能ならば上げていくのが望ましい。
ここで役に立つのは今まで見てきたラノベやアニメ知識。こんなときどうするか。それはもちろん────男のやさしさだ。
「フッ。こんなところで泣いてちゃ駄目だよ子猫ちゃんたち。さ、早く馬車にお乗り」
さっきまで泣いてた2人は途端に『何言ってんだこいつ』という目で双弥を見、馬車へと乗り込んでいく。
扉が閉じると同時に双弥は頭を抱えてしゃがみこんだ。
(やっべ、やっちまったぁ!)
一体彼は何を学んでいたのだろうか。こんなアホダサい台詞が許されるのは超モテモテのイケメンだけなのだ。決して双弥がやっていいことではない。
気まずさのあまり馬車へ乗り込むことができず、外で御者が戻ってくるのをうろうろしながら待っていた。
『ご主人、何か来るぜ』
少ししたところで突然刃喰が話しかけてくる。もうドラゴンはうんざりだというのに今度はなんだろうか。
空を見渡したところで何も見えない。一番可能性が高いのは御者が戻ってきたということだ。
「御者か?」
『知らねぇよ。だがたくさんいるぜ』
御者が分裂した。
いやバカな。いやいやそんなバカな。
双弥は警戒し、周囲を確認する。と、確かに大量の何かがこちらへ向かってやってくるのが見えた。
騎兵だ。100以上の軽装の鎧を纏った騎兵が軍旗を掲げてやってきている。
トラブルは避けたいため関わらないようにしたいが、馬車をどけるための御者もおらず、ドラゴンをどかすのもひと手間だ。
わけを説明して迂回してもらうしかない。土下座でもすれば許してもらえるだろう。
双弥が待っていると騎兵はすぐ到着。先頭のカイゼル髭の男が降りてきて双弥のところへやってくる。
「あっ、すみません。ちょっと一戦ありまして、すぐどかせないんですよ。申し訳ないですが迂回してもらえないでしょうか」
「……これ、貴方1人で?」
「えっ? あ、はあ……」
カイゼル髭と後ろの騎士たちは信じられないといった面持ちで双弥を見る。
なんでも彼らはこちらの方向へ竜の群れが飛んでいるとの報告を受け、討伐するために派遣されたシルバーナイトたちだそうだ。
とはいえ実際には討伐など名目に過ぎず、全滅覚悟で退けさせる決死隊みたいなものだ。1体2体ならなんとかなるだろうが、あの数をこの程度の軍でなんとかなるわけがないことも彼らは承知だ。
「それで貴方は一体……」
「双弥と言います。キルミットから旅をしていまして、その途中です」
「他国の人間でしたか。それは残念」
「……というと?」
「自国のものでしたら即士官させ、対ドラゴン用の部隊で活躍してもらいたかったのですが……」
カイゼル髭は残念そうに首を振る。
これだけのドラゴンを1人で倒せるのだ。逸材どころの話ではない。対ドラゴンだけでなく戦争が起こったとしても充分に対処できる力だ。
「そうですか。お役に立てないようで」
「いや、そうでもないですぞ」
カイゼル髭が手を挙げると、10人ほどの騎士が馬から降りてきて各々武器を構える。
「ど、どういうことだ!?」
「先ほどの話、本当かどうか試させていただく」
カイゼル髭はそう答え後ろへ下がり、手を双弥へ向ける。すると騎士たちは一斉に双弥へと襲いかかる。
「くっそぉ!」
聞く耳を持たないのだろう。双弥は妖刀に手をかけ、力強く一歩踏み込む。
すると騎士たちはビクッと一瞬たじろぐが、再び攻撃をしようと向かってくる。
(なるほどな)
もし本当にあれだけのドラゴンを倒した人物であるならば、ただ実力を計るためだけの捨て駒にしかならない。
彼らもシルバーナイトとはいえ死ぬのが怖いのだろう。先ほど一瞬見せた躊躇がその証だ。
双弥は襲ってきた騎士たちをただ通り過ぎた。
もちろん傍から見たらそう見えただけということだ。だが実際はそうではない。なにせ過ぎたあと、彼らの武器は全て切り落とされていたのだから。
「なっ……」
驚いたのは相対した騎士だけでなく、カイゼル髭含めその場にいた全員だ。
対ドラゴン武器で武装していた彼らの武器がこんな容易く破壊されるなんてありえない。
そうなると、双弥の攻撃は確実にドラゴンを倒せるという証拠になる。
「これで納得してもらえたかな」
「…………失礼をいたした」
声をかけられ意識を戻したカイゼル髭は、片膝をつき謝罪した。
「まあお互い怪我もないし、いいよ」
「それは違いますでしょうぞ、双弥殿。貴方があえて怪我をさせなかった、というのが正しいはず」
「人殺しはあまりしたくないからだよ。それよりもういいかな」
「あとひとつ。ドラゴンの死体はいかがなされますか?」
「あ……どかさないと駄目?」
「いえ、お持ち帰りになられるかと」
双弥は振り返りドラゴンの死骸を見渡す。
どう考えても無理だ。最初に倒した個体はどちらかといえば小さいほうで、大型になると12メートルくらいはある。重さにすると1トンはありそうだ。
それを計12体。不可能である。
「…………もし可能ならば、処理してもらえると助かるんだけど」
「宜しいのですか!?」
何故か騎士たちはとても喜んでいる。
そこで気付いたことがひとつあった。素材として利用するのだろうということだ。
「そんなにいいものなのか?」
「ええ。革は丈夫で耐熱性もあるし、骨……特に牙は軽くて丈夫。武器に加工するといいのですよ」
肉も食えるらしい。内臓と脳以外は全て使えるのがドラゴンである。
「じゃあ槍先に良さそうな牙を数本もらえるかな」
「ええ、それでよければ。おい! 10人1組で15班作れ! うち1班は町へ戻り輸送の準備を! 2班は食事だ!」
貴重なドラゴンの解体ショーの始まりである。
「──すっげぇな。見ろよ、これ」
騎士たちがドラゴンの口を開けて関心している。
牙が根本から切り落とされているのだ。これは刃喰が倒したドラゴンだろう。彼らは嬉しそうに落ちていた牙を拾っている。
革を剥ぐものたちは苦戦している。対ドラゴン用とはいえ丈夫な皮膚になかなか剣が貫けないからだ。
「双弥さーん、こっちにも切れ目入れてくれませんかーっ」
「ほいよぉ」
双弥も絶賛手伝い中だ。これが終わったらドラゴン料理を振る舞ってもらえると聞いて一緒に解体しているのだ。
「お兄さーん、肉焼けたよー。食べるー?」
「食べるーっ。ちょっと待ってろー」
エイカも料理の手伝いをしている。リリパールは何の役にも立たないためそこらをウロウロし、アルピナは生肉を食べてご満悦し寝た。
この騒ぎの中、いつの間にかちゃっかりと御者が戻っており、ドラゴンテイルスープを試飲していた。
双弥は居合一閃で革を切り裂き、周りの拍手のなかエイカのもとへ向かった。
「うめぇー。意外とクセないのな」
「ほんとーっ。私ドラゴン初めて食べたよー」
双弥とエイカは舌鼓を打つ。
「ほんとは少し寝かせて熟成させたほうが旨いんだけどな。まあ新鮮なら新鮮なりの旨さがあるから」
先ほどの双弥がっかり事件はもう忘れているかのように2人は楽しそうに食べている。
「双弥ぁ。さっきからその子お兄さんって呼んでっけど兄妹じゃねぇよな」
「ああ」
「するってぇとかみさんか? 若い奥さんとかうらやましいぜ」
この騎士はきっとロリコンだ。ティロル公団に捕まればいいのに。
「わ、私そんなんじゃないよ!」
顔を赤くして否定するエイカを初々しいなと思いながら騎士はにやけつつ見ている。
「そっかぁ。んじゃあっちの嬢さんが奥さんか?」
「んなわけないであろう」
調子のよさそうな騎士をカイゼル髭が小突く。
「た、隊長ぉ」
「あちらの方はリリパール姫。キルミット公爵の娘だ」
「なっ!?」
信じられないものを見たような顔をする騎士。双弥は少し不審な顔をした。
「何故その名を?」
「先ほど挨拶をしたときそう名乗られていましてな」
双弥は盛大にこけた。国交もないうえに大陸連合にも加盟していないルーメイー王国で名を出すということがどれだけ危険か理解していないようだ。
「も、問題になったりしないの?」
「姫自ら密偵を行ったりするわけではないでしょう。放っておいても大丈夫」
そういうものなのかと思いながら今度はスープを飲みだす双弥。
本人がそれでいいとし、この国の騎士が騒がないのであればいいのだろうと理解する。
「で、この後双弥殿はどちらへ?」
「ああ。海に出て東へ向かおうと思ってるんだ」
「ということはスポットレートへ向かうのですな? ではもし宜しければ、途中で依頼をさせて戴いてよろしいでしょうか」
「それは構わないけど……何かあるの?」
カイゼル髭は髭を擦り、双弥を見据えてこう言った。
「メイルドラゴン退治をひとつ」
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