第166話
「おたく、どの版画を持っているでござるか?」
「リリAB2枚とエッカB、それに赤アーセと箔押しでござる。おたくは?」
「リリDが2枚とエッカCアーセACDでござる」
「おお、では拙者のリリBとリリDをトレードするでござる!」
町のいたるところでこのようなやりとりが行われている。
ここは『アーキ・ヴァルハラ』。最先端文化の町だ。彼らが交換しているのは半月前に初ライブを行ったアイドルユニット「あ~まぁ・すりぃぶ」の手のひらサイズのトレーディング
リリ、エッカ、アーセは芸名だ。どれが誰だかは言わずもがな。
そんなわけで双弥たちは今、版画刷り工場にて打ち合わせをしている。
「いいか、エッカ20%、リリとアーセは40%ずつだ。色違いはそこから5%ずつ、箔押しは1%だ! 今日中に合計500枚目指すように!」
3人がデビューする前から製造を開始し、今ではフル稼働だ。商売は売れるうちに売るのが基本である。エッカの出荷量が少ないのは、一番人気であると見越しているからだ。更に箔押しエッカは500分の1しか存在しない。
「それにしても、やはりシルクスクリーンの多色刷りは厳しいな」
「乾燥時間がどうしてもな。だけどクオリティを下げたらファンが納得しないだろ」
アーキ・ヴァルハラの住人たちは完全にマニアの領域へ踏み込んでいた。今では町の至るところで様々なアニメを見ることができる。何故か不思議なことに王が乗り気なため凄い勢いで放映アニメが増えていた。
そのため双弥はメイド服を着た店員がアニメグッズを売る店『アニメイド』の建設を目論んでいる。トレーディングカード工場も増やす予定だ。
アニメやアイドルのうわさは近隣の町から首都まで届く。人々は新たな刺激を求めアーキ・ヴァルハラを目指す。そして売り上げはうなぎのぼりの右肩上がり。地価も上がるため、双弥と鷲峰は既に土地購入もしている。王国ではできないことでも共和国なら可能なため、手広く商売を広げていた。
「ところで双弥。そろそろフィギュアも増産できるようになるぞ」
「よし、じゃあまた求人しないとな」
双弥は嬉しそうな笑みを浮かべる。
ここはハリーたちのいる大陸。こちらではアイドル展開する予定はないため完成品の盗難の心配が少なく、また人員も貧しい農村などから得ており、彼らはよくわからない物体よりも現金がもらえるほうが有り難いからわざわざ危険を冒してまで盗もうと思わない。
「よぉし、これで当面の方向は整ったな。んじゃ明日もライブだし、俺は帰るよ」
「わかった。では俺は王と新作アニメの収納をしてくる」
完全に当初の目的を忘れ、この世界にヲタク産業を根付かせることに夢中の2人は再びそれぞれの仕事へ戻った。
「……マジかよこれ……」
アーキ・ヴァルハラに戻った双弥は驚愕の表情をしていた。
実は裏でこっそりやっていた人気投票の結果が出たのだ。
1位 リリ
2位 アーセ
3位 エッカ
「……おかしい。こんなはずでは……」
双弥は四つん這いになるほど項垂れた。どうしてこうなったのか理解できない。
あ~まぁ・すりぃぶのリリはキルミットのリリパールだというのは周知の事実だ。そしてリリパールはそもそも国民から大人気であり目を見張るほどの美少女だ。更にキルミットといえばファルイらの強国からの攻撃を撥ね退け勝利するという、今が旬の国なため人々の関心が強い。
そしてアーセは唯一の巨乳枠だ。世間一般的にはロリコンよりも巨乳派のほうが圧倒的に多いため、アーセは人気が高くて当然。
すると必然的にエッカの人気は低くなる。やはりロリコン視点では世間を理解できていなかったようだ。
だがこの結果を知るものは双弥しかいない。つまり、彼のさじ加減ひとつでどうにでもできるのだ。
しかし捏造はまずい。そういう汚い大人の世界に踏み入れるつもりはない。双弥が目指しているのはリアルアイドルではなく、アニメのアイドルマスタードなのだ。
誰が一番とかではない。1人でも欠けたら成立しない。みんなでひとつ。順位なんて存在してはならない。双弥は目が覚めた。
クリーンなアイドル。目指すのはそこだ。双弥は方針を固め直した。
「みんなお疲れ様」
「今日もいいライブでした」
「私も結構なれてきたし、もう少し歌ってもいいかな」
「エイカは体力あるもんね。でもワタシはこれくらいでいいや」
現在3人は週のうち1日、町の休日に3ステージ行っている。昼、夕、夜で3曲ずつだ。席は常に満席。ダフ屋は徹底的に取り締まっているのだが、それでも裏でチケットの売買を行っているものもいる。
チケットは鷲峰のシンボリックにより作られているため偽造は不可能。それ故偽物で入場するような輩はいないのだが、ダフ屋行為だけはどうにもできない。
「それで双弥様。メンバーの増員はいかがなされるのですか?」
「あー……かなり悩んでいるんだよなぁ」
できれば内々で済ませたいというのが本音だ。
だがアルピナは非協力的だし、エクイティが歌ったり踊ったりする姿など想像すらできない。ゴスロリ少女隊も能動的に動くことはないため、もはや外部から取り込まなくてはならない。
「イコなどはどうでしょうか。私と同じで人前に出るのは慣れているはずですよ」
「一応隣国の姫だからなぁ……」
自由姫リリパールと違い、イコは王国の第一子だ。そんな姫が隣の国でアイドルなんてやっていることがバレたら色々と面倒なことが起こる可能性がある。
それにロリ枠はエイカなのだ。これ以上同属性の奪い合いは避けたい。
「やっぱスカウトか……いや、今のネームバリューならオーディションという手もあるか」
双弥が先日市場調査をしていたとき、子供たちが楽しそうにあ~まぁ・すりぃぶの歌を歌いながら踊っていたのを思い出した。オーディションでメンバーを募集していることを発表すればみんなこぞって練習をするだろう。教える手間も省けるし、なによりやる気を感じられる。
「知らない人が入ってくるのはちょっと恐いな」
「大丈夫、オリジナルメンバーでリーダーのエイカは敬われる対象だから。あとユニット名も変えないと駄目かな」
この3人……というか、エイカとリリパールがメインだからこその
「よくわからないけど、お兄さんの好きにしていいと思うよ」
「そう言ってくれると助かるよ。実はもう決めているんだ」
もう次のユニット名が決まっていた。突然のことに驚きつつも3人は息を飲んで双弥の言葉に耳を傾けた。
「新しいユニット名は……
自信満々に答えた双弥とは裏腹に、微妙な顔をする3人。ちょっと意味がわからないようだ。
「お兄さん、それなんか意味あるの?」
「わからんが、急に現代日本からアニメの神が降りてきた気がしたんだ。そしたらこの名前こそが次世代を担うって……」
たまに双弥はわけのわからないことを言い出す。だけど双弥がそれでいいというのなら従うのがあ~まぁ・すりぃぶである。新メンバーならばきっとこうはいかないだろう。
「と、とにかく、新メンバー募集と共にユニット名変更を発表! 批判の声も上がるだろうが、彼らはそう簡単にファンを辞めない。数カ月後くらいに『今夜限りの復活』とかやれば今まで以上に熱狂してくれるだろうし」
発想がまだ黒い。クリーンなアイドル活動とは一体。双弥は迷走しすぎである。
急速な町の変化に追い付こうとし過ぎて方針を固めたのに方向を見失っているようだ。
そんな迷走を繰り広げているところ、来客だという話が双弥のもとへきた。一般人立ち入り禁止の楽屋だが、関係者ならば入れる。しかし守衛にはその判断ができないため、双弥へ確認に来た。
一体誰がと思いつつ、向かった先にいたのは先日スカウト失敗した少女だった。
「ああ、えっときみは確か……」
「あ、あの! 先日はすみませんでした!」
少女は勢いよく頭を下げてきた。
話を聞いてみたところ、エイカたちのライブに感動し、もう一度話をさせてくれないかと尋ねてきたようだ。
そこで双弥は考える。アイドルなんてこの世界では意味不明なものだ。それを突然やってくれだなんて言われてもわけがわからない。逆の立場であれば双弥も断っていただろう。
だけどこうやって実際に見る機会を得、その素晴らしさを知りやってみたくなった。そういう考えであれば歓迎しよう。
しかしもしこれが、人気者になれて稼げるだろうと算段し、一度はスカウトされたんだから雇ってもらえるだろうなどとしたたかな発想であったのならばあまり受け入れたくない。
どうしたものかと考え、ふと思い出したことがあった。
「とりあえず研修生という形でなら受け入れられるけど、どうする?」
「はい! 宜しくお願いします!」
ひとまずキープ枠へ置いておく。双弥は迷走した挙句、闇へ踏み込んでしまったのかもしれない。
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