第181話
王と江が対峙する。師弟だけあって同じ構えだ。
「フン、貴様如きが師に勝てると思うているのか?」
「わ、我はあの時と違う! この世界で強くなったのだ!」
どれだけ散々な目に合ったのか、深層に潜む苦手意識はそう簡単に消えない。そのせいで若干であるが、腰が引けている。
実際の力の差としては、今ならば王のほうが上だろう。しかし練功の差がどうなるのかは全くわからない。今の双弥ほど……いや、あれはもう強いとかそういう次元ではない。あれは人が踏み入れていい領域ではないため比較にならないだろう。
それはさておき、勝負である。
「ぬはは、ではどれだけ強くなれたか確かめてやる!」
先に動いたのは江のほうだ。武術とは本来、攻めるものではなく護るためのものなのだが、さすが戦闘狂といえよう。
「ぬうっ」
護るためにあるから、武術は攻める技よりもカウンター技のほうが豊富にある。後出し有利というわけなのだが、若干とはいえ腰が引けている王は対処に遅れてしまい、つい剛の突きを剛の腕で弾こうとしてしまう。
「なんだその間抜けな受けは」
「ぐわっ」
剛の技、つまり力の入っている状態だとそれ以上の力が加わると跳ね返されてしまう。力の使い方は江のほうが圧倒的に上らしく、王が突きを弾こうとした腕を江の突いた手に捕まれ、更に捻りながら引っぱられてしまいバランスを崩す。
「実に呆気なかったな」
「がはっ」
軸がぶれてしまった王に江は体当たりをする。発勁を伴っているそれをまともに食らえばひとたまりもない。王は肺から空気を追い出され、その場に崩れ落ちる。
「……ぐはっ、はぁ、はぁ」
「なにっ!?」
王は倒れる寸前に息を取り戻し、なんとか堪える。それを江は驚きの表情で見た。
江は達人だ。どの程度の発勁で人が死ぬかわかっている。そして王がどの程度跳ね返せるかも。それを考慮して確実に息の根を止められるほどの勁を発した。なのに何故無事でいられるのか。
「……成る程、我の体はもはやこの程度では死ねぬというわけか」
「ぬ……ぬはははは、楽しませてもらえるようだな異界とやらは!」
江は喜びの表情を浮かべる。よほど嬉しいのだろう。そして王との距離を少し離し、再び構える。
そして王は先ほどの一撃で吹っ切れたのか、まともな構えをとった。
「さて、じゃあオレたちもやり合おうぜイタリアン。勝負はどうする? ナンパか?」
双弥に揺さぶられ意識を取り戻したイタリア勇者にフィリッポが勝負を仕掛ける。
「ハハハ、ナンパで勝負? フランチェーゼはどいつもこいつも女性に対しての礼儀ってものを知らないね」
「視界に入る女全てを口説くような奴が言うことか?」
「なにを言ってるんだ? 女性を褒めるのは礼儀じゃないか」
「……ちっ。潰れかけの国のくせになにが礼儀だ」
「まあそんときゃ仲良く共倒れだユーロ仲間」
こんなのの仲間かと思うと吐き気がする。そう言いたげに苦々しい表情になったフィリッポは顔をジャーヴィスらへ向ける。
「おいお前らもこのユーロの癌になんとか言ってやれ」
「おっとぉ、
「「はあぁ!?」」
ジャーヴィスとフィリッポは同時に声を出す。ジークフリートは口をあんぐりと開けている。
「そ、そそそそれは本当なのかい!?」
「国民投票で決まったんだよ」
「僕がいない間になんてことをしたんだ! 無能な国民どもめ!」
「お前、EUのこと知ってんのか?」
「そりゃ知ってるよ! EUは経済水準の高い国から金を巻き上げて弱小国を救ったり、どこの国かわからない移民を強制的に押し付けたりするんだ。おかげで治安が悪くなったり職を奪われた国民が……あれ? EUって脱退したほうがいいんじゃないの?」
「どうやらお前も無能の仲間みたいだな」
フィリッポが呆れたため息をつく。ジャーヴィスはネットなどで言われているEUのデメリットだけを鵜呑みにし、本質を理解していないようだ。
「しゃあねえ。んじゃ
「ああ、紀元前から存在するイタリアと勝負できることを誇りに思って敗れるといい」
よく勘違いしている人も多いが、イタリアの歴史はそこまで古くはない。あのころはあくまでもローマ帝国であり、イタリア王国はその後だ。
とはいえシンボリックにはそんなもの関係ない。これが自国のものであると言ってしまえばそうなってしまうのだ。
それを双弥と鷲峰は冷静に見ながら考える。
「なあ、俺たちはずっとこんな茶番を繰り返すのか?」
「お前も気付いたか、迅」
そう、この戦いは茶番だ。一対一で雌雄を決する意味なんてどこにもない。本気で戦おうというのなら、双弥ひとりで全滅させることができる。
しかしこれで勝負しようと言ってしまった手前、このまま進めるしかない。
そしてもしこれでこちらの負けが決まったとしても、最終的に双弥の暴力で全員を黙らせてしまえば問題ない。だからこの戦いには意味がないのだ。
ではなぜやっているかといえば、これで決着をつけられると思わせれば相手が納得してくれるからだ。だがこれであちらが勝ったとして、まさか全てなかったことにされるだなんて考えてもいないだろう。
「まあ折角だし、迅も誰かと戦ってみたら?」
「そんな理由で戦えるか。第一あいつらのように恨みをもつ相手がいない」
日本で平和に暮らしていた彼らにとって、他国は別にライバルだったり敵だったりということはない。せいぜい近隣国のやることに顔をしかめる程度だ。ミサイルとかミサイルとか。あと侵略行為。
「あんたらの相手はアタシだよ!」
そこで双弥たちが確認すると、やはりギャル勇者がそこにいた。
しかもニーソを脱いでいる。生足だ。
「……ケッ。おととい来やがれ」
「雑魚は引っ込んでろ」
双弥はつばを吐き、鷲峰は一瞥して顔をそむける。予想外の反応にギャル勇者は慌てた。おかしい、こんなはずはないと。
「な、なによ! JKの生足よ! あんたら好きでしょ!」
「……はぁ?」
「なに言ってんだこいつ」
ふたりは呆れた声を出す。
露出が多ければ男はみんな喜ぶと思ったら大間違いである。双弥たちのような現実主義ではないロマンチストなシャイボーイは特に露出への興味が薄い。
もちろん胸や尻などを見れたら嬉しかろう。しかし足は別だ。見られる方も別に恥ずかしい部位ではない。だから彼らは素肌を見て興奮しない。
ようするに彼らは変態なのだろう。着衣フェチというジャンルの。
「なんか醒めたし、そろそろ余興を終わらせてさっさと話をすすめようぜ」
「最初からそうしろク双弥」
他人の戦いを見るのも面白いかなと思っていたのが一変、飽きたのか力ずくで終わらせることにした。
「くぅっ……。あっわかった! 絶対領域ってやつでしょ! あんたらアニメオタクね!」
クソギャルがなにか言っているが、双弥たちは聞く耳を持たない。妖刀もとい神刀に手をかけ前へ出る。
「あ、アタシだってアニメくわしーんだからねっ」
「ちっ、ファヤオでも見てろ」
「ふんっ。ディラえもんだけがアニメではないぞ」
「トモダチがオタクだからよく見てるし! 映画だって見たよ! 劇場版クラブライブとか!」
「「!!!???」」
そのとき双弥たちは一瞬頭の中が真っ白になった。
「げ……劇場版? クラブライブの?」
「いや……だがあり得る。超覇権アニメだしな……」
「嘘をついている可能性のほうがあるだろ」
「しかし固有名詞が出ているぞ。当てずっぽうで言えるタイトルではない」
動きが止まったふたりを見て、ギャル勇者はにやりと笑う。
「あれあれー? あんたら見てないのー? 面白かったよー。ピロゥエースが海外に──」
「言うなぁ! ごるぁ!」
「貴様ぁ! ネタバレは最低行為だぞ!」
ふたりは耳を塞ぎ叫んだ。ギャル勇者は更に喜色を増す。
「ちょっとー、聞いてよー」
「あーあーあー聞こえませんー!」
「双弥! 惑わされるな! これは悪魔のささやきだ!」
双弥と鷲峰はこの世界に骨を埋める覚悟をしていたはずだ。なのに今、彼らの心は揺らいでいる。
映画はもうやってないかもしれない。だがせめてBDでは見たい。できれば超大型液晶テレビとサラウンドスピーカーが囲っている部屋で。
鷲峰ならシンボリックで作り上げることが可能だ。しかし見たことのない内容のものを作ることはできない。最低でも鷲峰自身が熟知している必要がある。
「えーっ。じゃあ続編のクラブライブ・マンダリンも知らないんだー?」
「やああああめええええろおおお!!」
「双弥! 殺してしまえ! 俺が許可する!」
この世界には盗賊以外にも悪党はごまんといる。そして人同士だからといって話すことでわかりあえるわけではない。
いつかは通らねば大切な人たちを守れないかもしれない道がある。
双弥は活人の禁を破ろうと、神刀へ手をかけた。
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