第79話

「リリパールはジャーヴィスが嫌いなのか?」

「いえ、そのようなことはありません」


 核心をついてみたつもりだが、的外れだったようだ。ならば何故そんなことを聞くのか。

 同行することは多大なメリットがある。戦力が増えるのは戦いが楽になり、それだけ危険が減る。

 そのくらいのことリリパールだってわかりきっていることだし、なにより今まで辛かった双弥が怪我をする心配を減らすことができる。


 あとは旅費に関しても馬や御者のことを考えずに済むから金銭的負担も減る。アセットの親はアセットをジャーヴィスに付き添わせる際、相当な金を渡していたようで彼らに関しても金を使う必要がない。

 エクイティがいるから町にいなくてもうまいものが食べれる。つまり現在の双弥たちは移動手段、金、戦力、寝床、食事の全てが充実していると言える。


 これに対しデメリットはジャーヴィスが若干うざいくらいだ。英国人特有の嫌味に慣れれば大したことではない。

 先ほどの聞き方だとまるでリリパールは早くジャーヴィスと別れるべきだと主張しているようにも聞こえる。何故だろうか。


「エイカはどう思う?」

「えっ、私? んー……。私は……やっぱりあまり長くいないほうがいい、かな」


 リリパールは無言で頷いている。いまいち2人の考えが伝わらず、双弥は難しそうな顔をしている。


「つまりどう言いたいんだ?」

「えっと、つまり……私たちのグループというか、パーティーですね。それが他のパーティーから助力を得ているような気がするので、あまりよろしくないかと」

「そういう考え方もあるのか。俺はてっきりジャーヴィスたちのパーティーに加わったと思っていたよ」

「どっちかといえば私たちのパーティーに2人入ってきたんじゃないかな。こっちの方が人数多いんだし」


 どちらがベースかなんてどうでもいい話で、どちらでも変わらないと思ったらそうではないらしい。

 パーティーにはパーティー毎の風紀や決まりごと、暗黙の了解みたいなものが存在しており、合併する際はどちらが基軸となるかが問題になる。

 それにより今まで当たり前としていたことが通じなく、ストレスを感じたりする。


 繊細な人物にはかなり問題なのだが、粗野だったり脳天気な人間にはさほど感じないだろう。だがそういった人が周囲にいることで更にストレスが加算されていく。

 双弥は繊細さに欠けるが、気配りくらいできる。そしてリリパールはそういったことを気にするタイプの人間だということがわかった。


 リリパールはよく耐える。でも耐えるということは気にしているということだ。一緒に旅をするようになってだんだん開放的になってきたせいか遠慮がなくなってきているが、今まで堪えてきた分の反動が大きいのだろうと推測できる。


「まあそのうちジャーヴィスと話し合うよ。理由としては戦力が上がることで実戦経験が減るってところかな」

「さすがお兄さん。それっぽい言い訳うまいよね」

「おい」


 いつの間にかちゃっかりと双弥の隣に座っているエイカを軽く小突く。

 その様子がイチャコラしているようにしか見えず、不機嫌そうにリリパールは逆側の双弥の隣へ座る。ハーレムサンドだ。パンはうまそうなのに具はまずそうだ。

 もちろん双弥はその状態に気付いている。そしてもちろんこの状態が自分のモテているなどと勘違いはしない。そういう妄想だけして満足するシャイな少年なのだ。


 しかしソファならまだしもベッドでというのが双弥のシャイな部分を削ってくる。今彼の脳内では大変なことになっているだろう。

 走行の揺れのせいで両側から肩がぶつかる。電車の中で左右をかわいい女の子に挟まれている妄想が捗る。


「そ、それはそれとして2人は今どうなのかな」

「どうって?」

「俺は結構快適に感じてるんだけど」

「まあ、そうですね……」

「うん」


 この快適性を捨ててまで別行動をしようというのか。妥協点を探してここで共に進んでもいいかもしれない。


 だがその考えも車が停まるときまでであった。



「やあ双弥。今日はここで泊まるから外出てよ」


 やはり別々に行こうと決意した。






「ですが快適性は必要ですね」


 キャンピングトレーラーの味を覚え、リリパールは贅沢になってしまった。馬車をどうにかしたいと思っているようだ。


「私も体洗えるとこ欲しいな」


 エイカまでシャワールームを覚えてしまった。これは完全に勇者の弊害だ。500年前とはえらい違いである。

 とはいえ今目の前にあるキャンピングトレーラーを外のテントからぐぬぬと眺めている双弥も同意見なのだ。


 どこかの町で作ってもらうにしても何ヶ月かかるかわからない。ジャーヴィスのシンボリックでは2日くらいしかもたない。あれを手に入れることはできないのだ。


「シンボリック欲しいなぁ」


 双弥まで言い出してしまった。贅沢病である。

 3人はため息混じりに目の前の移動ホテルを見つめる。



「ねえお兄さん。なんかあれ揺れてない?」

「んん?」


 エイカに言われ、よく見る。


「いやまさか……」


 微かにだが、確かに動いているように見える。一体どういうことか。双弥にはなんとなく予測がついているが……。


 (まさかギシアンか!? ギシギシでアンアンなのか!?)


 戦慄する。

 もし予想通りだとしたらエイカたちを同じ室内へ入れるわけにはいかない。教育上やばすぎる。

 追い出される際、ジャーヴィスが「悪いな双弥。このトレーラー2人用なんだ」と言っていた理由がわかる。

 せめて女の子たちを中で寝かせ、ジャーヴィスが車内で寝てくれたらなぁなんていう考えを改めなくてはいけない。基本紳士なジャーヴィスがそんなことに気付かないわけがなく、何か理由があるのだ。


 彼には彼のノルマがあり、それを達成させて1初めて日が終わるとするならば、邪魔するなどという野暮なことを双弥はしない。

 もし自分がそういう思いをしていたとき邪魔されたくないからだ。あるとは思えなくても想定くらいはしたい年ごろである。


「双弥様、どうかしたのですか?」


 エロい妄想に取り憑かれていた双弥は突然の声にビクッと震える。リリパールは怪しみ、あの揺れの正体を問う。

 だが双弥かてそんなものを話せるはずがない。ウブな坊やには荷が重すぎる。


「あれは…………そう、心がぴょんぴょんしてるんだよ」

「意味がわかりません」


 言っている本人が理解できないことを他人がわかるはずもない。


「じゃあ心以外のところがぴょんぴょんしているんじゃないかな……」

「心以外というと体しか……」



 気付いてしまった。

 そう、あれは8年ほど前。リリパールがまだ6歳くらいの頃の話だ。

 その日は兄姉が怖い話をしたせいで夜寝付けず、親の寝室へ行き一緒に寝ようとしたとき。

 彼女は見てしまった。寝床で両親がぴょんぴょんしているところを。



「あ……あうぅ」


 あの中でジャーヴィスたちが同じことをしている。そう思ったら顔が破裂寸前まで赤くなり倒れてしまった。双弥以上にウブな少女であった。

 やはり衛生上よろしくないと感じ、双弥は明日にでもジャーヴィスと話をしようと思った。





「ご、誤解だよ双弥! 僕は決してそんなことをしていない!」


 翌朝動き出す前に直球で問いただしたところ、ジャーヴィスは憤慨していた。やはりジャーヴィスは双弥と違い紳士であり、少女に対して卑猥な劣情を催したりしないのだ。


「じゃあ何をしていたんだよ」

「……そ、それは……」


 とても言いづらそうにしているのが怪しい。それでもあれだけ否定していたのだから何か違うことをやっていたのだろう。


「言えないようなことか?」

「……魔力を……」


 ああ、と双弥は思い出した。あの愉快な踊りを1人車内でやっていたのだ。それを言うのは確かに恥ずかしかろう。

 これで誤解は解けた。彼は決して教育上よろしくない男ではなかった。


「おっと、おはようお嬢さん」


 テントから出てきたリリパールに向かいジャーヴィスは挨拶をした。

 だがリリパールは顔を真赤にしたまま睨みつけ、エイカに顔を向けないようにさせそっと片付けをはじめた。


「僕、何か悪いことしたかい?」


 寂しそうにジャーヴィスが双弥に言った。



 当然双弥はジャーヴィスに平謝りをし、1時間かけてリリパールの誤解も解いた。

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