第88話
踏み込んだのはいいが、どうやって倒したらいいものか迷ってしまう。
現在見えているのは手首のような部分まで。そこから指先のような部分の長さが10メートル以上。見えていない尾まで合わせれば60メートルはゆうに越えている。
手のひらに当たる部分の中央に大きな穴があり、そこが口の中なのだろうと推測ができる。上顎が4つに下顎が1つとなかなか不格好ではあるが、知らない人間が見たら巨人の手と見間違うだろう。
これだけ大きな手を持っているのだから、本体はさぞかし巨大であろうと絶望するのだ。
だが双弥はこれの正体を知っている。この後ろには蛇の胴体しかなく、人間らしい部分は見えている部分しか存在しない。
それがわかっただけで特に有利となることは何もないのだが、逆の手が襲ってこないことをわかっていれば警戒の度合いが変わる。気を揉むべきは目の前の敵だけでよいのだから。
(つってもどうすっかなこれ……)
人間の手で比較すると、双弥の妖刀は1センチほどしかない。一寸法師よりも厳しいと言える。
手に画鋲が刺さった。それはそれでとても痛いが致命傷になるものではない。外側を細かく切ったところで敵の動きを抑えることは難しいだろう。
狙うは肉が薄く動きを抑制できる関節部だ。骨をどうにかできるとは思えないが、腱くらいなら傷つけられる。
「うるおあぁぁ!」
双弥は叫び、破気を取り込みつつ駆け出す。しかし思ったように前へ進まない。
力強く地面を蹴れば蹴るほど砂がそれを散らせてしまう。そのせいで力の強弱を変えたところで速度があまり変わらないでいる。
それでも近付いてきた双弥にハンドスネークは反応し、蚊を叩くように襲ってくる。
速度的には見てかわすことが可能である。だがこの砂地は回避をするのにも厄介であった。
早い動きには地面が全く対応してくれないためかなり出遅れる。体捌きでなんとかなるようなサイズでもない。とても戦いにくい場所だ。
「くそっ、嫌な地面だ」
悪態をつくがそれでどうにかなるものではない。強さ的にはパーフェクトドラゴンのほうが上だろうが、でかいだけでなく双弥にとって不利な場所というのがパーフェクトドラゴンを倒す以上の能力が必要であると感じられた。
この先のことを考えたらなるべくジャーヴィスを起こしたくない。だがこの状況を打破しなくてはその先すらなくなってしまう。
「エイカ! ジャーヴィスを起こしてくれ!」
「わかった!」
ちゃんと双弥から距離を離していたがこちらへ集中していてくれたおかげで反応する。エイカは急いでジャーヴィスを起こしに向かった。
「さてそれまではこちらに意識を向かせておかないとな」
双弥はハンドスネークから少し距離を置き、様々な挑発を行ってみた。
当然そんなものに乗ってくるハンドスネークではない。双弥をいかに食らおうか身構えていた。
「挑発には乗ってこないか。それなりの賢さはあるみたいだな」
多分ハンドスネークより双弥のほうがバカなのだろう。挑発に乗らなければ賢いというのならば蟻やカブトムシは天才の類になってしまう。
「オー凄いよ双弥! でっかい手だよ!」
起きてきたジャーヴィスに、双弥はこの戦いに勝ち目が出たと安堵した。
「よく来た! シンボリックは使えるか?」
「あまり使いたくないんだけどそれはできそうもないね。小さい魔力で威力のあるやつを使うか」
ジャーヴィスに魔法を使って欲しくないのは双弥も一緒だが、生憎とそうは言っていられない状況だ。ジャーヴィスは聖剣を握り手を前へかざす。
「突! ガーキンタワー!」
刹那、ジャーヴィスの足元から5メートルほどの弾丸のような塔が射出される。だがハンドスネークもただやられるだけではない。咄嗟に横を向き、撃ち出された塔を掴むように噛み付いた。
しかしあれは止められるようなものではない。飛んできたそれは勢いを変えぬまますり抜けるように飛び去っていった。
「クソッ、なかなか素早いな」
「待て待て、あまり無駄弾を撃とうとすんな」
再び構えるジャーヴィスを双弥は制す。なるべく消費は抑えたいのだ。
そのはずなのだが、今の攻撃のせいで多少なりとも傷ついたハンドスネークは怒るように暴れている。
「やっば」
「お、おい双弥!」
早めに動かないと間に合わないのはもうわかっていたため、双弥はなるべく距離を離した。
ジャーヴィスは遅れて動き出し、しかも力を込め過ぎ踏み込む足に力を入れすぎ進まないでいた。
「ぶげぇ」
逃げられなかったジャーヴィスは指──上顎に押し潰され、酷い声を出していた。
「ジャーヴィスうぅぅぅ!」
ジャーヴィスは犠牲になった。
「あがががががっ」
砂ごと握りつぶすようにハンドスネークの顎が閉まっていき、ジャーヴィスは引き摺られていく。まだ生きていたようだ。
といっても聖剣で強化されているうえにこの細かく柔らかい砂の上ならばあの程度の攻撃でジャーヴィスがやられるとは思っていなかった。
しかしピンチはピンチだ。今のではやられなくとも咀嚼されたら耐えられないかもしれない。双弥はジャーヴィスを助けるべく前進した。
「おーい大丈夫かー?」
「大丈夫じゃないよ! 早く助けてよ!」
ジャーヴィスはエクスカリバーを突き刺し、潰されないようこらえる。
双弥はハンドスネークがジャーヴィスに気を取られている間に気付かれないよう接近し、下顎の関節に向かって妖刀を突き刺す。
「うるあぁぁっ」
勢いよく突き上げたつもりだが、足元が埋まり威力が殺される。そこをなんとか捻りつつ妖刀を足場に下顎の上に登り妖刀を引き抜く。
そこから更に側面を渡り手の甲のような後頭部へと回りこむことに成功する。
(ここまで来たはいいが……脳に当たる部分はどこだ?)
早く仕留めないとジャーヴィスも耐えられない可能性がある。これが頭である以上、脳があるはずだ。そこを突けば生物ならばただでは済まない。
双弥は自分の右手の甲を見ながら比較しつつ探していく。するとまるでできもののように膨らむ不自然な場所が見つかった。
「そこかぁ!」
足で踏み固いことを確かめると、そのこぶ目掛けて妖刀を深々と突き刺した。
「ブオオオォォォ!」
絶叫のような音が辺りに響き、ハンドスネークは暴れ回る。
「ノオォォ!」
今のはジャーヴィスだ。振り飛ばされたらしい。双弥は振り回されつつも妖刀から手を離さないようにしっかりと掴んでいる。
このまま命尽きるまで耐えられればいいのだが、この図体で大きく暴れられていてはいずれ手が離れてしまう。
「刃喰!」
『おうよ』
刃喰は円状に並び激しく回転し、丸鋸のように骨を斬り中に入り込んでいく。
頭蓋を抜けた刃喰はそこらじゅうをかき回すように切り刻む。人間だったら絶命しているだろうが爬虫類などの生命力は強く、脳を破壊されても少しの間は動ける。
「ぐはぁぁ!」
のたうち回るハンドスネークは後頭部を地面に擦り付けるように暴れる。双弥は地面に激しく叩きつけられ肺から空気が押し出される。
手を離せるものなら離したい。だがここで地中に逃げられたりしたら妖刀を手放してしまう可能性があり、とにかく掴んでいるしかなかった。
「突! ガーキンタワー!」
再びジャーヴィスがシンボリックを発動させる。今度は避けられることもなく命中し、貫通。
「ぬがあぁぁ!」
貫いた先にいた双弥にも命中し、弾き飛ばされる。
何の準備もできていなかった双弥は突然のことに多大なダメージを受け、地面を転げまわる。
(ぐっ……、またリリパールに怒られるのかな……)
そんなことを考えつつ、双弥の意識はそこで断たれてしまった。
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