第111話

「迅」

「ああ」

「宿」

「……ちっ」


 端的な会話をするチャーチストと鷲峰の表情は険しかった。わかりやすく言うと


「迅、爆発音がした」

「ああわかっている。どこから聞こえるかわかるか?」

「宿の方角から。多分宿そのものが襲われている」

「俺たちが離れたところを狙われたか。ちっ」


 となる。


 鷲峰たちもこの町には人はいないということを知っていた。そのため今は人からではなく残された物から手掛かりを得ようとする方向にシフトしている。その矢先だ。


 とりあえず宿にはジャーヴィスがいるはずだから、安心とまではいかなくとも多少は耐えてくれるだろうと高を括る。

 それでも急いで加勢したほうがよい。鷲峰は引き返そうとしたときまた炸裂音が響く。


「またか」

「違う」

「……フィリッポか」

「多分」


 2人は今度の音が別のところからしたことで、恐らく他に出歩いているフィリッポも戦闘を行っているのだろうと思った。ここで選択肢が増えてしまう。

 体格、魔力、戦闘力ではジャーヴィスよりもフィリッポのほうが上だ。しかし宿にはアルピナがいる。双弥ですら本気で戦って勝てるかわからぬほどの力を持った彼女がいれば大抵の魔物は倒せるだろう。

 ならばフィリッポの方へ行くべきだ。そう思っていたとき──


「迅」

「わかってる」

「迅!」

「……なんだ?」


 チャーチストは鷲峰が何を言おうとしていたのかわからなかった。そのため鷲峰は怪訝に思い伺う。

 そして何故自分の言いたかったことが伝わっていなかったのか理解した。彼女の目が鷲峰に向いていなかったのだ。


 その向いていた先には例の魔物。しかもこちらを認識している。


「……救援どころじゃないな」


 鷲峰はそっと天叢雲を抜いた。




 ★★★




 ジャーヴィスは動けないでいた。

 対峙したのはいいが、先に動いたら負ける気がしていたからだ。

 相手のほうが速い以上、こちらから先に仕掛けたら確実にかわされてしまう。止まっている相手は動いている相手よりも隙がないものだ。

 魔物は人間の持っているものが聖剣であるとわかり、こちらもまたへたに動くとやられるとわかっている。こうしてお互い距離を保ったままにらみ合いが続いている。


 だが均衡は長く続かなかった。突然の爆発音にジャーヴィスが一瞬気を取られ、その隙に魔物が一気に距離を詰めようとしてきたのだ。


「くうっ! 突! ガーキンタワーズ!」


 ジャーヴィスの目の前には長さ5メートルほどの30セントメアリーアクスが5本並び、魔物の方角へ向かい一気に射出される。地を這うように撃ち出されたそれをかわすため、魔物は飛び上がる。

 もちろんジャーヴィスは飛ばせるために地面スレスレに飛ばしたのだ。理由は簡単。空中では動きが極端に制限されるからだ。


「囲! ホワイトレディ!」


 ジャーヴィスの叫びとともに地面からロンドン塔が出現。元々要塞であるそれは巨大な壁で魔物を飲み込んだ。


「これで閉じ込められたと思っているのか? 人間……いや、勇者か」


 だが魔物はロンドン塔の壁の上からジャーヴィスを見下ろしていた。


「べ、別にそんなこと思っちゃいないさ魔物」


 ツンデレっぽい返事をするジャーヴィス。

 一応強がりではない。この程度で拘束できるなんて最初から思っていなかった。ただあまりにも抜け出すのが早過ぎたのだ。

 数分……いや、1分くらいはもって欲しかった。今後のプランを考える時間が必要なのだ。


「ひとつ問いたい。ここにいるのは魔王の差し金か?」


 会話で引き伸ばす作戦に出た。乗ってくれれば幸いで、この間にどうするべきか考える。


「差し金といえばそうなのであろうな」

「どういうことだ?」

「我々は魔王によってここへ封じられている、ということだ」


 ジャーヴィスは何故そんなことをしているのか考える。

 そういえば以前ハリーが、魔物たちが勝手に暴れまわっているというような話をしていたのを思い出した。

 制御できないのならばどこかへ封じてしまえばいい。できれば何かあったとき手の届きやすい場所がベストだろう。この町を使用している意味はわからぬが、とりあえずの結論は出たようだ。


「では行くぞ! 勇者!」

「しまった!」


 突如魔物が襲い掛かってくる。

 ジャーヴィスは余計なことに気を取られ、作戦を考えるということを忘れていた。自ら始めた会話に足を掬われるとは間抜けな話だ。

 それでも高所から飛び降り襲い掛かってきているためまだマシだ。どんなに素早い相手だろうと落下速度までは加速できない。ジャーヴィスはその隙を突いた。


「翔! モーリスマリーナ!」


 出現したケアレス航空のヘリが一気に上昇する。高速回転するヘリの回転翼に巻き込まれればエグいミンチの出来上がりだ。


 だが魔物も易々とやられてくれはしない。体をひねり口から火炎弾を壁に向けて放つ。するとそれは大爆発を起こしその爆風を利用しうまく逃れる。


「ずるい! そんな技知らないよ!」

「見たこともない奇妙な物体を出しまくる勇者きさまに言われたくないわ!」


 シンボリックはどう考えてもチートでしかない。それを使っておいて劣る技を使う相手に対しずるいと言える図々しい台詞は他の勇者たちに真似ができない。


 そんなやりとりをしている間にとうとう魔物が地に降り立ってしまった。これでジャーヴィスは完全に不利な状態となる。

 ジャーヴィスが構えていると、魔物はジャーヴィスの周囲を霍乱するようにフェイントを混ぜつつ高速で移動する。少し離れていても目で追うのがやっとの速度にジャーヴィスが焦りの色を浮かべる。


「ふっ、貴様さては鈍いな?」

「に、鈍くなんかないよ! お前が速すぎるだけだ!」


 言った瞬間しまったと思う。追いつけないことを認めてしまったのと同じだからだ。

 魔物はそれを知りにやりと笑い、さらに速度を上げつつ火炎弾を吐く。四方八方から飛び交うそれをかわし続けるには限界がある。


「ぼ、防! グラス・テスティクル!」


 歪な球状のものがジャーヴィスを包むように出現する。火炎弾はそれに遮られジャーヴィスに届かない。

 だがこれは得策か愚策かと言えば愚策の類である。魔物は動きを止め、ジャーヴィスが出てくるのを待ち構えていればいいのだから。


 (落ち着け、落ち着くんだ! そうだ、こういうときは確か素数を数えるんだ。そのために存在している数字なんだしね。3、6、9、12……)


 掛け算の3の段を唱えるとジャーヴィスの心は何故だか落ち着いていく。ようは別のことに集中していれば何でもよいのだ。

 問題は余計なことをしていられるほど余裕のある状況ではないということ。


 (さあどうするか。きっとあいつは僕が飛び出すのを待っているんだろうね。だったら……)


 裏をかくか意表をつくしかない。地中に潜り他の場所から出るということを一瞬考えたが、手段が思いつかない。ドーバー海峡トンネルを掘ったTBM《トンネルボーリングマシン》の多くは英国製であるが、ジャーヴィスはその形状を知らないため出現させられないのだ。

 ならばどうするか。ジャーヴィスは一か八かの賭けに出た。



 魔物の眼前で歪な球状である小型のシティホールの天井が砕け何かが飛び出した。待ってましたとばかりにそれに向けて火炎弾を飛ばす。当然のようにそれへ当たり、爆発する。

 もちろんそれはジャーヴィスではない。ガーキンタワー……小型の30セントメアリーアクスであった。

 爆炎が収まらぬうちにジャーヴィスは正面から魔物へ向かい飛び出す。


「はぁっはっはっは。愚かな勇者だ。それくらい読めぬと思ったか!」


 魔物はそれがジャーヴィスでないとわかっていた。そして今までよりも巨大な火炎弾を用意している。このままではそこへジャーヴィスは突っ込んでしまう。しかしそんなことお構いなしにジャーヴィスは止まらない。


「防! グラス・テスティクル!」


 そして再び小型のシティホールを出現させ自らを覆う。────火炎弾と魔物と共に。


「きっ、貴様はアホか!?」

「ねえ、爆発の長所と短所って知ってる?」


 爆発の長所は広範囲に威力が拡大することだ。しかしそれは短所でもある。

 拡大するということは威力が外へ逃げてしまうとも取れる。

 つまり閉鎖された空間で爆発させたらどうなるか……。


「ばかめえええぇぇ!」


 爆風と共にシティホールは砕けた。




「くっ、……はぁ、はぁ……」


 瓦礫の中からジャーヴィスは這い出てきた。かなりボロボロである。

 シンボリックによる防御魔法には2通りあり、1つはムスタファのような前に出す盾タイプ。そしてもう1つは自分の周囲を囲うドームタイプだ。ジャーヴィスの魔法は後者であるため、中に敵を封じるには自分も中に入る必要があった。

 もちろん他に手段なんていくらでもある。最悪、即興で新たなシンボリックを作り上げるのもいいだろう。ただちょっとこういうのがかっこいいのではないか、なんて思ってやってみたら予想以上のダメージを受けてしまっただけの話だ。

 といっても一応勝算はあった。ハリーのハープーンであれば2,3発で破壊できていたであろうシティホールにロクなダメージを与えられなかった。ならば多少威力が上がったところで耐えられるはずだと。

 それとは別に意図をしていないミスにも助けられた。

 球状というものは外からの力に強い反面、内からの力に弱い。そのおかげで破壊され力が逃げ、完全な威力の爆発を避けることができた。

 今回の教訓としては、かっこいいシチュエーションだからといって我が身を犠牲にするのはアホであるということだろうか。


 ジャーヴィスいじりはこの辺にしておき、実際手段はいくらでもあっただろうが、考えている時間がなかったためやむなく強引な手段を取ったのだ。

 時間がない理由はもちろん気掛かりになっているホテルの様子とアセットのことだ。この場から離したからといって他に魔物がいた場合に単体で相手をしなくてはならなくなる。

 相手になるならばまだいいのだが、アセット程度の町娘なんぞアリを踏みつぶすにも等しい。早く行かねばならない。

 だが焦りすぎだ。倒すには倒せたが、肝心の本人までがまともに動けぬままでいる。

 そして今の爆発音で数体の魔物がジャーヴィスに向かいやってくる。


「く……っそぅ……」


 ジャーヴィスは悔しそうに言葉を漏らす。だが何を言ったところで体がうまく動かない。1体倒してこれでは複数なんてどうにもならない。

 魔物の数は3体。日が完全に落ち、暗闇に包まれたその刹那、3体の魔物は一斉に──────焼き切られた。


「…………遅いよ、双弥……」

「悪いな。でも間に合ったろ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る