第5話

 勇者たちが戦っている間、4人の姫たちは慌てて集まり、こっそりと話し合っていた。


「見ましたか? あの武器」

「もちろんだ。あれが禍々しいということなんだな。肌が凍るかと思ったぞ」

「妾は何度か魔物を見たことがあるのじゃが、あれほど頬が焼かれたようにヒリヒリしたのは初めてじゃ」

「あれはさすがに私でもだめねぇ。せっかく潤んだ肉体が干からびそうになったわぁ」


 言動は違えど、各々の表情を見れば皆同じ感想を抱いていることが窺える。

 簡潔に言えばそれは恐怖



「わ、私のせいじゃありませんわ!」


 皆の目が自分へ向いていることに気付いたマリ姫は自己弁護を始めた。


「わかっとるわ。ぬしはただ呼び寄せただけ。剣は所有者に依存するからの」


 青髪ツインテールロリ、タォクォ王国のイコ・ミヤ・タォクォ姫はマリ姫に責はないと遠まわしに言う。

 この辺りは露骨に力関係もあるのだろう。隣国であり、四大王国といえども圧倒的に強大なファルイ王国の姫、マリ・ファルイを、三番手であるタォクォの代表として敵に回すわけにはいかない。 


「ああ。しかしなんなんだろうな、ありゃ」


 赤髪の姫がぼやく。

 四大王国二位の勢力を持ち、好戦的なルートン王国ですらファルイ王国とは喧嘩をしたくはない。粗野な印象のあるエルザ姫でもそれくらいはわかっている。


「少なくとも創造神様が選んだ代物ではなさそうねぇ」


 デオヴァエ王国の艶姫、シエラも追及する気はないらしい。

 デオヴァエは四位といえど、最も広大な土地に豊富な資源を抱える輸出大国であり、他の3国と隣接していないため発言権は高い。

 そんな彼女でもこの話を進めないということは、4人一致でマリ姫は無罪ということになる。


 政治的思惑もあるだろうが、この4人はそれなりに仲が良い。




 4人の姫は、あれが一体どういったものか話し合う。

 そしてふと、誰かが口走った言葉に焦点が合った。



 魔王とはあのようなものなのではないか、と。


 ぞくり、と4人の姫の背中を痺れが走る。



 それから会議は加速する。

 双弥は魔王が呼び出した『魔王側の勇者』なのではないかとか、異世界の魔王なのではないかなど。

 まるで百舌鳥の巣に托卵するカッコウのように、他の勇者と混ぜて育てようと企んでいるのではないかと。


 少なくとも放っておくことなどできない。魔王に会わせるなんてもってのほかだ。



 いっそのこと、殺してしまったほうがいいのかもしれない。



 4人が一致した意見だった。

 だがそれは結論にはならない。

 他勇者に負の感情を持たせたくないからだ。


 召喚しておいて不都合だから殺した。それがいつ自らに牙を向けるかわからない。

 勇者たちが常に不信感を抱き、それが何かのきっかけで爆発したら大変だ。

 そもそもが単に妖刀を呼び出してしまっただけで、創造神に呼ばれていた1人なのかもしれないのだから。


 四大王国の兵全てを集め、全滅覚悟で挑んだところで魔王には勝てない。

 だがたった4人でそれを上回る勇者たちを敵に回すわけにはいかない。確実に大陸が滅びる。

 姫らとしては、さっさと魔王を倒し、とっとと自分たちの世界に戻って欲しいわけだ。

 過去の勇者で残ったものもいることくらいは知っている。だが幸いにも今の勇者は皆、帰界を望んでいる。きっと全てが終われば帰るだろう。



 それに双弥の力も問題だ。

 妖刀で戦わせたらどうなるかわからないが、通常武器で戦わせたら間違いなく双弥が一番強い。

 騎士が倒せない可能性が高い。


 では幽閉してしまうのはどうか。

 だがそれで双弥がストレスを抱え、爆発させてしまったらどうする?

 下手したら国が吹っ飛んでしまうかもしれない。

 なんとかうまいこと双弥をコントロールし、魔王が討伐されるまで大人しくさせられないものか。

 4人の姫は頭を悩ませる。



 そうだ、リリパールに任せればいい。



 誰からともなく出た言葉に全員が賛同し、可決となる。


 勇者レースから外してやる。その代わり双弥を絶対に外へ出してはいけない。

 他の勇者が魔王を倒すまで閉じ込めておかせる。


 だがそれを双弥に悟られてはいけない。

 もし姫たちの目論見が知られたら、反乱を起こされる可能性があるからだ。



 そして姫たちの見立ては双弥と同じようなもので、魔王を倒せば勇者たちは帰ってくれると思っている。

 つまり、双弥を封じておき魔王を倒す。もし他の勇者同様ならば、魔王が倒されたところで役目を終え、元の世界に帰る。

 万が一魔王側の勇者だとしたら、魔王が倒された時点で役目がなくなり、元の世界に戻るのではないかと。


 実際がどちらにせよ、結果が同じであれば大した問題ではない。 



 やり方はリリパールに任せればいい。もし取り逃すようなことがあれば、公国に戦争を仕掛けると脅してやれば必死になるだろう。


 こうして4人の姫は話し合いを終えた。




 ★★★




「お待たせいたしましたわ、皆様」


 落ちてきた双弥を鷲峰が受け止め、ジャーヴィスとムスタファがフィリッポを追い払ったタイミングで、マリ姫を先頭に建物から姫たちが出てきた。

 そこへ甲冑騎士が駆け寄り、先ほどの勇者たちの戦いを報告している。



 その間にエルザ姫がリリパールに耳打ちした。するとリリパールの顔がどんどん青くなっていく。

 更にイコ姫までやって来、ぼそぼそと呟くとリリパールはガタガタと震え、首を横に振る。


 2人の姫が去ったあと、リリパールはその場にへたり込んでしまった。



「それで、双弥様は何処に?」


 マリ姫が逃げた虫を探すような顔で辺りを見回す。そこへフィリッポが前に出た。


「あそこにぶどうの絞りかすみたいなのがあるだろ? なんとあれ、人間なんだぜ」


 あまりに無残な姿の人間を目にし、マリ姫は吐き気を抑えるように口をハンカチで隠す。


「……一体どなたがあのような姿に?」


 マリ姫は汚物を見る目で双弥を一瞥すると、他の勇者に顔をむけた。 


「オレだよ。弱すぎて話にならなかった」


「まあ、さすがですわフィリッポ様」

「こんなもんさ。今じゃオレが一番強いんじゃないか?」


 あまりの手のひら返しに、鷲峰とムスタファは苦々しい面持でマリ姫を見る。

 だがこれでフィリッポはもう放っておいても大丈夫だろう。目的が果たせればいつまでも経緯にこだわる男ではない。



「一応双弥の様態を確認させないとな」


 鷲峰が姫たちのもとへ行こうとしたところ、意外なところでムスタファが止めに入った。


「おい、邪魔だムスタファ」

「双弥のことは放っておくんだ。あの場では介入したが、これ以上関わるべきではない」


 鷲峰はムスタファが何を言いたいのか理解できない。助けられるものは助けるべきだと言いたげに。

 しかしその考えは必ずしも世界共通ではないのだ。


「ひょっとしたら双弥はあの場面で死ぬ運命だったのかもしれない。我々が救ったのも運命かもしれない。ならばこれから先は神が決めることだ」


 つまり、これで生きていれば助けた運命に問題がなかったということになり、死ねば本来あの場で死ぬはずだったから修正した、ということになる。

 どこぞの映画のような話だが、そういった考えもあるということだ。


「それなら俺が双弥の傷を治してもらえるよう進言する運命もある」


 鷲峰は自陣に向かった。

 だがツインテロリ──イコ姫は、控えに治癒魔法が使える騎士がいないことと、リリパール側にいるだろうから彼らに任せればよいとして、鷲峰をそのまま拉致した。


 先ほどああは言ったものの、ムスタファだって心配くらいはする。少し後に引かれつつ自陣に戻った。



「なんだよみんな! 双弥が心配じゃないのか! ガールフレンドが初めて作ったできそこないのハンバーグみたいな姿になっても僕たちの仲間じゃないか!」


 ジャーヴィスは憤慨した。皆あまりにも薄情ではないかと。

 とはいえジャーヴィスかて何かできるわけではない。言うだけ言って満足をし、彼もまた自分の居場所へと戻った。


 結局双弥はずっと打ち捨てられたまま放置されてしまった。




「それでは城へ帰りますわ。ごきげんようリリパール」


 マリ姫はそう言い残し、広げたハンカチをふわっと投げ、その場を去っていった。


 そこでやっとリリパールは我に返り、周囲を確認する。

 するとそれぞれの姫が勇者を連れ、騎士を率いて各々の国へ向けて遠ざかっていくのが見えた。



「そ、双弥様、大丈夫ですか……?」


 ボロボロのまま放置されている双弥にリリパールは駆け寄り、とりあえずでも生きていることを確認した。

 リリパールは急いで自軍に控えている術師を呼び寄せ、治癒聖魔法を発動させる。魔法を使うために必要な媒体である杖に付いている石が光り、双弥を覆っていく。


「ぬ?」


 術師は不可解な出来ごとに、思わず声を漏らす。

 

 本来ならば、聖剣──聖なる力──で受けた傷は聖魔法だと完全に癒せない。

 だというのに双弥の傷はみるみる治っていく。まるで通常の武器で傷つけられたかのように。


 術師は先ほど見た双弥の剣から、邪悪な力と聖なる力がぶつかり中和され、普通の刀傷のようになったのではと推測した。

 しかしその考えだと双弥の剣が邪悪であると確定することになる。

 不安因子を取り除く必要はあるが、不安を与える要因は増やすべきではない。



「リリパール様、治癒を終えました」

「ありがとうございます、シクリカル。それで容態は?」

「はっ。傷口は完全に塞がりました。しかし……」


 シクリカルは口を閉ざした。先ほどの考えを伝えてよいものかどうか悩んでいるからだ。

 もし自分の考えが当たっていたとしたら、姫を助ける意味でも言わなくてはならない。

 しかし外れていた場合、勇者に対して無礼を行ったとして処罰されるかもしれない。

 それが自分だけならまだしも、一族に関わる可能性もある。勇者とはそれだけの立場なのだ。


 そこまでされなくとも、勇者自身が報復に来る可能性もある。そうしたら国が亡ぶことがあるかもしれない。

 双弥がそんなことをするとは思えないが、最悪な状況を考えて黙ることにした。


「どうかしましたか?」

「その……、き、傷は治りましたが、肉や肌が張っており暫くは痛みが続くと思います」


「わかりました。ワラント、ローレンツ。すみませんが双弥様を運んでください。慎重にお願いします」

「「はっ」」


 2人の屈強な騎士は双弥を起こさぬよう丁寧に持ち上げ、馬車へそっと載せた。


「私たちも帰りましょう。ケインズ、伝令をお願いします」


 ケインズと呼ばれた記録係は、今までの出来ごとを記入した紙を懐に入れ、馬を走らせた。


 それを見届けたリリパールは馬車へと乗り込んだ。

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