第4話
「さあ双弥様。本日よりここがあなたの仮部屋となりますわ」
双弥が連れて行かれたのは、体育館のような建物に隣接された部屋のひとつだった。
立派とまではいかないが、テントとは比べものにならないほどにまともな場所だ。
ここも取られてしまったのだろうなと、双弥は少し不快になりながらも部屋に入る。
6畳ほどの広さだが、ベッドとテーブルだけのため、1人でいる分には不都合はない。
「俺1人なら問題ないけどさ、フィリッポも同じ部屋なんだよな?」
「何を仰いますか。あんな軟弱な男、さっさとリリパールにくれてやりましたわ」
真っ先に連れて行ったくせに、とんでもない言われようだ。
「ええと、それで……姫?」
「マリですわ。マリ・ファルイ。ファルイ王国の第二王女ですわ」
縦ロール──マリ姫は恭しく頭を下げた。
王女が軽々しく頭を下げるというのは本来よろしくないことだ。だが相手は世界を脅かす魔王を倒す勇者であり、存在としては魔王に対して王よりも上として考えてもいいのだろう。
しかし双弥は知っている。彼女が自分を大切にするのは、魔王を倒す最有力だからだ。
だがそのことについて追求すると、バラしたリリパールに迷惑がかかる可能性がある。だから黙っているしかできなかった。
「10日ほど後に剣召喚の儀がありますので、それまでごゆるりとお過ごしくださいね」
それだけ残し、マリ姫は部屋から去っていった。
はあ、とため息をつき、双弥はベッドへ寝転がった。
戦力調査から2週間近く経過した。
朝昼夕と剣の稽古。夜はこの世界の知識を座学で教わり後は疲れて寝るだけの生活が続く。
元々剣術を習っていた双弥は自主練習だけで済ませられたが、他の4人はそうもいかない。朝から晩まで腕が上がらなくなるまで剣を振り続けなくてはいけなかったのだから。
そのため座学はほとんど寝ており、どうせこいつら後で俺に聞けばいいとか思っているんだろうなと双弥は苦笑いしながら国や町の情報を仕入れていった。
とはいえ2週間など、たかが2週間だ。どれほど必死になって振り回したところで付け焼刃以上の成果など得られない。
しかし神より与えられた期日は絶対である。剣召喚の儀は待ってくれない。剣が手に入った途端放り出されないことを祈るばかりだ。
リリパールと話がしたいなと思っていたが、ことある度にマリ姫が邪魔をし、目を合わせるくらいしかできなかった。
「そろそろ時間ですぞ」
朝の稽古を終えた辺りで甲冑騎士が皆を集合させた。
勇者5人はぞろぞろと建物の中に入ると、床に直径10mほどもある円形の敷物が広げられていた。
剣を授かるものと授けるものは、まず円の縁に対面で立ち、互いに5歩、相手に向かって歩く。
そして授けるものが手をかざしたとき、授かるものは頭の中で自らの国を想い、そして戦う意思を思い浮かべる。
それによって剣は自動形成され、授かるものは所有者となる。
と、一通りの簡単な説明を受け、まず最初に立ったのはジャーヴィスだった。
対面に赤髪の姫が立ち、互いに5歩進む。姫はジャーヴィスに向かい手をかざし、ジャーヴィスは目を閉じ何かを念じている。
それは静かにジャーヴィスの前に現れていた。
地面に突き刺さった一振りの両刃直剣。ジャーヴィスはゆっくりと手を伸ばし、剣を引き抜く。
刹那、剣が鋭い光を帯び、ジャーヴィスの脳へ直接その名を告げた。
「聖剣……エクスカリバー……」
その名を聞き、周りは大歓声をあげた。勇者が持ち上げたのは間違いなく聖剣であるという確認が取れたからだ。
赤髪姫も満足そうに笑顔で頷き、ジャーヴィスと共にその場から出た。
「ふん、では次に俺が行かせてもらおう」
鷲峰とツインテロリ姫が既にスタンバイしていた。早いからどうということもなく、その申し出に異議を唱えたりしない。
2人は先ほどと同じく5歩進み、手をかざした。
鷲峰の前に突然8本の首を持つ蟒蛇──八岐大蛇が現れる。
周囲の者たちはその悍ましい姿を見て『なんと邪悪な』と眉を顰める。
しかし鷲峰が天にかざした手にはいつの間にか一振りの剣が。
鷲峰はそれを使い八岐大蛇を切り刻み、討ち倒す。
だがその尾を切ったとき、鷲峰の持つ剣が砕けた。そしてその切り口に手を突っ込み、輝く諸刃の剣を引き抜く。
「神器、
そこでまた周囲からの歓声。神器といえば聖剣と同等、あるいはそれ以上と見る人もいる。これは期待が持てるとロリ姫は満面の笑みで鷲峰の腕に絡みつき、敷物から退いた。
「じゃ、次はオレね」
フィリッポが軽い感じで前に出る。
リリパールはおどおどした感じで対面に立ち、チラチラと双弥に目を向ける。
フィリッポはつまらなそうに、おいと呼びかけると、リリパールは一瞬体を震わせ、慌てて前へ進んだ。
突然フィリッポの頭上に輝く翼を生やした美しい女性──天使が現れた。
周囲の者たちもその美しさに思わず見とれてしまう。
天使はフィリッポの周りをぐるっと回り、正面に降りると一振りの剣を取り出し、彼に渡した。
「へえ、聖剣デュランダルか」
フィリッポは軽く振り回し、他国のメイドの方へ向かっていき、リリパールも慌ててその場を離れた。
「ムスタファ様。よろしいかしらぁ?」
妖艶な目つきで周りの勇者を見、更にムスタファを愛しそうに見る。あまり女性に免疫のないムスタファは顔を背けるが、すぐ気を取り直し正面を見据える。
彼の目の前にあるのは砂漠の風景。風に舞う砂の向こうから、1人の男がやってきた。
その姿を見たムスタファは跪き、頭を垂れる。
男はムスタファに剣を授け、砂風と共に消えていく。
その剣を持ったムスタファは立ち上がり、こう告げた。
「神剣ズルフィカル」
そして毎度の大歓声。騎士たちの気持ちも高ぶっていく。
「よし、最後は俺だな」
真打ちとばかりに双弥は前に出た。
マリ姫が手をかざしたところで、双弥はイメージをした。
が、ここで双弥は悩んだ。
戦う意思というのは、具体的に剣をイメージしたほうが尚よいだろう。
国を想うというものがいまいち理解できない。だが今までの流れから察するに、自らの国で伝承されている聖剣が最もイメージしやすいからではないかと。
天叢雲は既に鷲峰が召喚させた。それ以前にあれは両刃直刀であり、双弥の望む片刃曲刀ではない。
しかし片刃曲刀──日本刀で聖剣の類なんてあっただろうか。
どちらかといえば逆な感じ、妖刀みたいなものが多いなと頭の中に過る。
途端、全てが暗闇に飲まれた。
まるで明かりを持たず洞窟の奥深くにいるような、姿形を確認することが許されぬ漆黒。
だがそれは一瞬の出来ごとで、闇は一か所にむけ収束していく。
闇の塊として現れたのは、鞘に収まった一振りの太刀だった。
柄頭から小尻まで、光沢のない真黒な太刀。
双弥は鞘から刀身を引き出してみる。その刀身もまた、闇のように黒い姿だった。
その刹那、双弥の頭の中にひとつの名前が浮かんだ。
「妖刀……なまくら?」
口にした途端、刀身から嫌な感覚が流れ出してきた。
「なっ……なんと禍々しい……」
騎士の一人が思わず口に出してしまうほど、その刀身からは異様な気が流れ出していた。
それは邪気や妖気といった類だ。
「は、はやくそれをしまわれよ!」
あまりの出来事に唖然としていた双弥も、その声で慌てて刀を収める。
双弥の心臓は激動し、今のが一体なんだったのかと混乱し、理解できずにいる。
そして周囲はざわつき、リリパールを除く4人の姫は逃げたのだろうか、どこかへ行ってしまった。
「よ、よくわからないけどそういうときもあるよ。そうだ、みんなで剣の威力を試してみようぜ!」
「そうだな。この2週間鍛えた力がどう活きるか確認したい」
ジャーヴィスと鷲峰がフォローするように言うと、騎士たちも気を取り直し、それはいいと賛同する。
屋内では危険だということで、皆ぞろぞろと外へと向かう。
「……俺は別に嫌いじゃないが、なんでよりにもよって妖刀なんだ」
鷲峰が困ったやつを見る目で双弥を見つつ尋ねた。
「……日本刀の類で聖剣が思いつかなかったんだよ。妖刀ならあるんだけどなーって考えたらあれが出ちまった」
「御神刀って知らないか?」
「あっ」
双弥は頭を抱えた。
やはり中二度では鷲峰に敵わない。こうなる前に相談しておけばよかったと後悔の念が押し寄せる。
鷲峰は双弥の肩をぽんと叩き、先に行くぞと告げて去っていった。
1人残された双弥は、もう一度鞘から少し引き抜いてみた。
「ぬぅ」
所有している双弥ですら顔をしかめる悪気が放出される。
だが今はそんなものを気にしている状況ではない。早速刃に軽く爪を当ててみる。
「あ、あれ?」
刃物の切れ味は爪に当てるとよくわかる。切れ味が良いと爪にひっかかるのだ。
しかしこの刀は全くひっかかることがなかった。双弥は思い切って指を刃につけ、少し横にひいてみた。
全く切れない。
今度は強めに指を押し付け、指をそっとずらしてみる。が、何かカバーがかかっているような感じで刃に触れたような気がしない。
この噴き出す嫌な気に覆われているせいなのだろう。名のとおりとはいえ、なまくらにも度が過ぎている。
(なんじゃこりゃ……)
双弥はがっかりしつつ、鷲峰たちのところへ向かった。
「それでは勇者殿方。聖剣の力を試すため、模擬戦などいかがでしょう」
甲冑騎士が提案してきた。
「ふん、いいだろう。誰が相手だ?」
鷲峰が騎士団を一瞥する。
「い、いえ勇者殿。聖剣を手に入れた勇者殿と剣を交えられるものはおりませぬ。なので勇者殿同士でお願い致したい」
「勇者同士で戦えと?」
「あくまで模擬戦ですので」
「まぁいいじゃねぇか。よし英国人(ジャーヴィス)。オレと勝負だ」
「いいね! オルアレンの魔女に頼れないフランスなんか一振りで滅ぼしてやるよ!」
「フン。清き乙女を敬えない時代遅れのサル紳士が」
ジャーヴィスとフィリッポが剣を構える前から火花を散らしている。
「ふむ。なら俺はムスタファの相手をしてやろう」
「よろしく頼む」
鷲峰とムスタファは互いに目を合わすことなく、ジャーヴィスたちを見ながら言った。
ジャーヴィスとフィリッポの剣が交わる。お互いの衝撃がぶつかり合い、地面を抉り取る。
周囲にも衝撃波のほうなものが広がり、思わず腰を抜かすものもいた。
これは双弥はもとより、今戦っているジャーヴィスやフィリッポも同様で、まさか聖剣を手に入れただけでここまで劇的な変化が得られるとは思ってもみなかっただろう。
「凄いぞエクスカリバー! さすがナポレオンの軍勢を滅ぼしただけはある!」
「勝手に歴史捏造してんじゃねえぞっと」
フィリッポが更に踏み込みジャーヴィスを跳ね上げる。ジャーヴィスは空中で一回転し、着地。
運動能力も向上しているようだ。頭の中でイメージした通りに体が動いている。
再び2人は切り結ぶ。一撃、二撃。
フィリッポが体制を崩したとき、ジャーヴィスが上段から振りかぶり勝ちを確信する。
しかしその瞬間、フィリッポの蹴りがジャーヴィスの腹にヒットし、吹き飛ばされる。
「へっ。ルーアンから弾き出してやったぜ」
「いつつっ。大道芸みたいにキャノンで飛んだ気分だ」
距離にして20mほど飛ばされたというのに、大してダメージを受けていない様子のジャーヴィス。防御力も跳ね上がっているようだ。
「次は私たちの番だな」
「ふむ」
鷲峰とムスタファが互いに礼をし、剣を構えた。
ムスタファは元々習っていたらしい構えを昇華してきている。それに対し鷲峰の構えに──双弥は眉間を摘んだ。
左手を前に出し、剣を右手だけで持ち矢を放つような構え。
(どこかで見たぞ。それどこかで見たぞ!)
双弥は突っ込みたい衝動を抑えるのに必死になった。左右は逆だが、某明治維新後の漫画に出ていたのを覚えている。
ムスタファは手首を返し、剣先を回すように切り上げてくる。対し鷲峰は一気に前へ体重移動し、高速の突きを放つ。
突然伸びてきた攻撃にムスタファは間一髪かわす。そしてそのまま鷲峰の剣が戻るより早く懐に飛び込む。
突きに重点を置き過ぎで、腕が伸びきっているためもはや何もできない。ムスタファが心臓の辺りに鐺を軽くあて、あっけなく終わる。
結果には納得しているが、少し残念そうに双弥は2人を労った。
「良いものを見せて頂きました。勇者様と聖剣とはこれほど──」
「待てよ。まだ双弥がやってないだろ。オレが相手してやるよ」
締めに入っている騎士を遮り、フィリッポが双弥に向けて剣を突き立て挑発する。
「いや俺は──」
「おっと逃げるなよ。それともさっきのを見てびびったか?」
「ちっ。じゃあ少しだけ相手してやる」
と構えてみたものの、少し困ったことになったと感じている。
居合なら鞘から出す時間は一瞬だ。あの邪悪な気配をほとんど出さずに済むだろう。
ただし大きな問題がある。
居合とは斬るための技だ。切れ味の悪い──いや、全く切れない刀で何ができるというのか。
微かにだが勝算はある。他の勇者同様、身体能力が向上していれば。
一撃だ。それが通じなければ勝ち目はない。潔く負けを認めるべきだ。
双弥のプランは決まった。
双弥が構えたと同時にフィリッポが斬りかかる。その太刀筋に合わせ、刀を抜く。
「ぬぐぁっ」
身体能力は向上していなかった。双弥の放った渾身の居合は、フィリッポのデュランダルにより弾かれてしまった。
「くそっ。俺の負け──」
双弥が言うよりも早くフィリッポは横薙ぎに斬りかかってきた。慌てて鞘で受け止める。
しかしデュランダルは双弥の防御ごと吹き飛ばした。
衝撃を吸収できぬまま叩きこまれ、せめて地面へのダメージは軽減させようと転がる双弥。
よろよろと立ち上がるところに、もの凄い速度でフィリッポが追撃してきた。
「お、おいフィリッポ。もう勝負はついてるだろ!」
「お前さぁ、ちょっと強いからって俺のマリ姫の気を奪ってんじゃねぇよ」
八つ当たりな台詞に一瞬呆気にとられる。だが今は呆けている場合ではなく、鞘に納めたままガードをする。
「お前だってリリパールのとこ行ったんじゃなかったのかよっ」
「生憎、育ってない女には興味がねえんだよ。それになんだありゃ、残飯ばかり食わせやがってよぉ!」
「だからってお前……」
「ここでてめーを潰せばマリ姫のところに戻れるはずだ。そのために死ね、双弥!」
完全に理不尽で自分勝手な言い分で襲い掛かるフィリッポに、双弥は怒りを感じる。
だがそれしかできない。この状況では怒ったところで何もならない。今できることはフィリッポの攻撃を凌ぐことだけ。
デュランダルを辛うじて捌くことはできるが、捌ききることができない。
絶対的な力の差があると、技など意味がなくなってしまう。
柔術を極めた達人だろうと、走ってくるトラックを投げ飛ばすなんて不可能だ。
フィリッポの激しい突きの連射をなんとか横にずらしていくが、力負けしているせいで何発も体をかすめる。
一撃ごとにかすり傷が増える。だが刃物のかすり傷だ。痛いだけで済むものではない。
服はぼろぼろに切り裂かれ、血が滲んできている。
「これで終わりだ!」
フィリッポのバットスイングのような薙ぎを、双弥は渾身の化勁で受け流そうとする。
しかし人外の力を制することはできず、双弥は空に飛ばされた。後は地面に叩きつけられ絶命するだけ。
だがそうなる直前、鷲峰が空中で双弥を受け止める。
更に追撃しようとするフィリッポの前にムスタファとジャーヴィスが剣を構え制止させた。
「そこまでだ。もう充分だろ」
「ちっ」
フィリッポはつまらないものを見たといった風に舌打ちをし、背を向けた。
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