第109話
「──どこから探したものか」
「知らん」
鷲峰とチャーチストは人気のない通りを歩き回っていた。
ただ人気がないとはいっても本来は大通りのはずであり、2人がこそこそと歩いているわけではない。
情報収集をするはずが、情報源である人がいなければ話にならない。鷲峰は困った感じに辺りを見回していた。
「どう思う?」
「夜行性?」
チャーチの言葉にそういう考え方もあるのかと少し頷く。夜行性ならば確かにまだ日が残っているこの時間では動き回らないだろう。静まりかえっていてもおかしくはない。
例えるならば現在朝4時くらいか。そうだとしたらこの状況も当たり前に感じられる。
だがそうだとしたら今度は別の疑問が沸いてくる。何故彼らは夜活動するのか。そして現在稀にいるこの生気のない人たちは一体なんなのか。
「とりあえず酒場だな」
「また?」
チャーチストは酒を飲まないくせにいつも酒場へ向かう鷲峰に首を傾げる。そして大抵の場合、情報は得られずひやかされて帰る羽目になっているのだ。無駄足この上ない。
「今まではハズレの店ばかりだったんだ。ピンクの髪をしたマダムかハゲでごついマスター、あるいは渋い老人ならばその店はアタリだと見ていい」
「意味わからん」
発想が双弥と同じである。きっと2人とも同じようなアニメを見ていたのだろう。
「とにかく酒場というのは情報が得られやすいということだ」
「情報屋行け」
鷲峰は固まってしまった。
情報屋! そういうのもあるのか。
基本ゲーム脳の鷲峰は、大抵のRPGだと酒場が情報屋を兼ねているという知識が強かった。
さすがチャーチと思いつつ鷲峰は頭に手を軽く触れようとしてその手をはたかれる。
鷲峰はこのチャーチストという少女をえらく気に入っていた。
短文でしか喋らないうえそれに毒が盛ってあるのだが、的確だし話が早い。
そのうえ常にじと目だが、いろんなものをよく観察している。だから端折った会話でも通じてくれる。
例えば先ほどの鷲峰の言葉。「どこから探したものか」から「どう思う?」で通常だと情報を得られる場所、人が集まる場所を聞かれていると思うだろう。しかしチャーチストは鷲峰が周囲に目を配らせ人がほとんどいないのを確認し、それが何故かと考えている仕草を観察していたため『彼が求めている回答は人がいない原因だ』と導き出していたのだ。
どちらかといえば口下手な鷲峰の心情を汲みつつ答えてくれるチャーチストに、鷲峰は心地よさを感じている。だからどこかへ行く際にもチャーチストをよく同行させる。
そしてチャーチストもチャーチストで鷲峰のことを気に入っていた。
────チャーチストは周囲からとても嫌われている子であった。
散開視と呼ばれる、一見普通の目ではあるのだがまるで虫の複眼のように多くのものを一遍に見ることができる能力を持っているからだ。
そのため周囲の人間の細かな動きなどを全て把握でき、癖や習性でその人の本音までわかる。
大抵の人は自分の本性や本音を隠したがるものであり、それを見抜いてしまうチャーチストは非常に鬱陶しい存在だった。
だからチャーチストはなるべく人と関わらない。話しても余計なことを一切言わないようになってしまっていた。
さほど大きな村でもなく、無駄飯を食わせられるほど裕福でない家に引き篭もることもできず。
別に嫌われるのは怖くない。ただ殴られたり心当たりのない罪を着せられたり、それを周りでニタニタ笑っている連中を見るのが耐えられないのだ。
自ら目を潰そうとも本気で思ったことすらある。それでもできなかったのは、彼女が本当は弱いただの普通の女の子だったからだ。
そんな生活を送っていたとき、住んでいた村が魔物の群れに襲われた。
逃げ惑い、魔物にやられる人々を部屋の窓から見てチャーチストは恐怖と共に、少しの喜びを感じていた。
自分を嫌っていた連中が魔物に襲われているのを見てざまあみろと思っていたわけではない。
自らで潰せぬ目、絶てぬ命を奴らが代わってやってくれる。これでもう苦しむことはないのだという嬉しさだった。
もし次にまた人として生まれ変われるのならば、今度は普通の女の子として生まれたいな。そんなことを考えていたとき、 ドッドンパッ ドッドンパッ というノリのよいリズムとともに突然空から足のない巨大ムカデ──ジェットコースターが突入してきた。
「なぬぁれええぇぇ!?」
思わず素っ頓狂な言葉を叫んでしまうチャーチスト。人が何人も乗れるほど巨大なものが時速200キロ以上というとんでもない速度で空から襲ってきているのだ。変な声が出てもおかしくはない。
先ほどまで楽になれるなどと思っていた心は恐怖だけに染められ金縛りのように動けなくなった。
見たこともない魔物のようなものが空から襲い掛かってくるのだ。それだけでチャーチストのあらゆる部分がびしょびしょである。
それが通過した後に残っているのは血と肉の染みだけだ。ミンチよりも酷い。
あれならば一瞬で痛みも感じず死ねるだろう。しかしそのおぞましい光景に、あれで死ぬのだけは絶対に嫌だと思い始めた。せめて墓くらいには入れてもらいたい。
だがチャーチストはそのよく見える目で見て気付いたことがある。そのフライングアイアンセンチピードはどうやら魔物のみを狙っており、人めがけて飛んでこない。
人々もあまりの恐怖に逃げ出すどころではなく足がすくみ動けなくなっていたのも幸いしていた。下手に動いていたら魔物共々地面の染みになっていたはずだ。
粗方の魔物が赤黒い液体と化したところで見たことのない1人の少年が歩いてくるのをチャーチストは見つける。そしてあの空から攻撃してくるムカデのようなものは彼によるものだということもすぐにわかった。
その少年は魔物にまるでくだらないものを見るような表情を向けていた。雑魚すぎて話にならない。そう言いたげだ。
しかしチャーチストには見えていた。微かな震え、脂汗、細かい目の動き。彼は怯えているということが。
まるでそれを隠すように表情を変えぬようにしている。
怖いのなら隠れていればいいのに何故関わるのだろう。チャーチストは少年のやりたいことが理解できなかった。
全ての魔物を倒し終わると、生き残っていた村人たちは様々な反応をしていた。
家族や友人が殺され嘆くもの、救ってくれた少年に礼を言うもの、唖然としたまま心が戻ってきておらぬものなど。
それでもやはり村を救ってくれた少年に感謝を述べるものが多かった。しかし少年はつまらなそうな顔を人々から背け
「近くを通りかかっただけだ。礼をされるようなことをしたつもりはない」
と言った。
チャーチストには彼が何故そんなことを言っているのかわからなかった。
確かに亡くなったものは少なくないが、多くの人を救ったのだから誇ればいい。さもなくば生き残った人がいることを喜ぶか、助けられなかった人に対して嘆けばいい。
なにせ少年は表情と言葉とは裏腹に、くやしかったのか拳を強く握っている様子が伺えたからだ。
人は自らの本性を隠したがるものである。それは大抵後ろめたい性根を世間体という建前で覆い隠しているからだ。
だが彼は逆である。純粋でやさしい性根をぶっきらぼうで周りから好感のもたれない殻で包んでいるのだ。
臆病で怖いくせに強がり他人を思いやりその素振りを見せようとしない。
チャーチストは少年に興味を持った。
その日の夜、助けてくれた少年のため、そして亡くなった村人を弔うためささやかな宴を催した。
亡くなった村人たちのことは残念だが、恩人に礼をしない理由にはならない。残った酒や食料のなるべく上等なものを村人たちは少年に振舞った。
ずっとつまらなさそうにしていた少年は用を足してくると言い席を立ち、人気のない林に入ると木にもたれかかりため息をついた。
「苦手?」
突然の声に少年は少し慌て辺りを見回す。するとその声の主は自分がもたれかかっている木の逆側から発されたものだと気付く。
そしてその言葉の意図に気付く。自分が何故席を立ちこんなところへいるかという話だ。
「人が多いところはな」
「甘いね」
少年は一瞬ぎくりとし、なるべく平静を装いチャーチストの正面に立つ。
チャーチストは少年の表情に微かな苛立ちが現れているを感じていた。
自分のためにこんなことをしている場合ではない。亡くなったものたちを弔い、村の復旧に力を入れるべきだと言いたげな顔。チャーチスト以外には気付かれぬ微かな変化だ。
「お前に何がわかる」
「全部」
その言葉に少年は顔をしかめる。自分の何をこの少女が理解できるのだと。
「心でも読めるのか?」
「心以上のあなたが見える」
その言葉の意味を少年は理解できなかった。
チャーチストは人の微かな動きの違いが見えている。だからどんなに心の中で偽ろうとも見えてしまう。
「……じゃあ俺がどこの誰で、どこへ行くかわかるのか?」
「知らない」
「なんだ、わからないんじゃないか」
その瞬間の少年の動きを当然チャーチストが見逃すことはなかった。
心の中が読めないとわかった安堵による力みのほぐれ。わかるような口ぶりだったくせにわからなかったことによる微かな侮蔑のこもった目の動き。ではなぜこんなところで自分に話しかけてきたのかと怪訝に思う眉の動き。
「興味あったから」
「!?」
少年は驚きを隠せなかった。
チャーチストの言葉はこれから訊ねようとした言葉の答えだったからだ。
やはり心が読めるのではないか。少年は少し試してみようと思った。
「無駄」
「……やっぱり心が読めるんじゃないか?」
「見えるだけ」
何が見えるんだと言いたかったが、押し問答になる気がしたのでやめる。そしてやはり少し試そうと思った。
「俺は魔王を倒すため旅をしている勇者だ」
「嘘」
少年は再び安堵した。やはり心が読めているわけでも自分のことを知っているわけでもないと。
今までのはきっとただのあてずっぽうか噛み合わない会話を自分で勝手に繋げてしまっただけなのだろうと。
「じゃあ俺は何者なんだ?」
「偽善者」
「ぅ」
「臆病者」
「ぎっ」
「天邪鬼」
「……ちょ、待っ……」
「コミュ障」
容赦なく彼女の言葉は少年に突き刺さった。
そしてチャーチストは少しうれしかった。これだけの暴言を吐いたというのにこの少年は自分へ危害を加えようとは微塵も思わず、それどころか見透かされた自らの心に嫌悪感を抱いている。その反応が少し面白くも思う。
「それがあなた」
「……言ってくれるな……」
そこまで言ってチャーチストは黙った。少年が次に何を言いたいのかがわかったからだ。
少しいじわるしてやろう。そう言いたげな悪い笑顔をするときには片側の目と口の端が上がる。それを感じたからだ。
急に萎んでしまったチャーチストを見れば誰でもわかる。自分がしようとしていることに彼女が沈んでしまったことを。
少年が少し申し訳ないなという気持ちになると、チャーチストは呟いた。
「ほんと、甘い」
「……そうだな」
何も言わなくてもお互い通じるような気がした。
それゆえに少年は少女の境遇もなんとなく理解し、手をさし伸ばした。
「──行くか?」
「もちろん」
チャーチストはその手を掴んだ。
自分で何もできなかった少女は、ようやく道を選べたのだ。────
「迅」
「どこだ?」
「違う」
「なんだ?」
「多分魔物」
酷い会話だ。いや、もはや会話の体を成していない。だが普段の2人は以心伝心のようにこれだけで伝わる。
今の会話をわかりやすくすると
「迅、誰かの気配がする」
「どこに人がいるんだ?」
「違う。多分人じゃない」
「じゃあ正体はなんだ?」
「多分魔物だと思う」
まるで「おい」だけで何を欲しているか通じる昭和の夫婦のようである。
それはさておき、街中だというのに魔物がいるらしい。
鷲峰はチャーチストを守るように前へ出て警戒をしはじめた。
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