第64話

「……到着ぅ」


 破気による肉体強化でがむしゃらに漕ぎ、そのまま砂浜に突っ込み上陸。双弥は立ち上がり、周囲を見る。

 人がいる気配はない。森というより密林といったほうがよさそうな木々があるだけだ。


 船から降り、エイカとリリパールに手を貸そうとする。そこでアルピナがいないことがわかる。

 真新しい地面をえぐったような足あとがあるため、既に密林の中へ入ったのであろう。


 双弥は残りの水を2人に飲ませ、抱きかかえ日陰に避難させる。これで暫くすれば回復するはずだ。

 しかしそれを待っていられるだけの余裕はない。2人に影響が出ない距離を置き、そこにある木の根元に妖刀を刺し、刃喰を配備させた。


「リリパール。ちょっとこの辺りを見てくるから動けるようになったらボートを固定しておいて」

「わかりました。気を付けてくださいね」


 ずっと船首で警戒をしていたため消耗が激しいエイカに対し、何もできなかったことを辛く思っていたリリパールに何かさせてあげたかった双弥は簡単な作業を頼み、リュックと鞘だけ持をち海岸沿いを歩いていった。

 時刻は昼前。探索するには充分時間がありそうだ。




「うーん、どうやら島っぽいな」


 暫く歩いてみたが、外側は水平線しか見えない。逆を向けば森。食べ物には困らなさそうであるがここから動くのは難しそうである。


 (とりあえず1周してみるかな……おっ)


 河口を見つけ、早足でそこへ向かう。上陸してすぐ山が見えたため、そこから流れ出していると推測できる。

 これで水の心配はいらなくなった。荷物の中からカップを取り出し、一気に飲む。

 あとはこのまま暫く待ち、体調が崩れなければ大丈夫。


 ……一番やってはいけない検査法だ。最悪、命にかかわる。

 材料が豊富なのだから簡易浄水器など作ればよいのだが、それだけの余裕がないほど双弥も喉が乾いていた。破気を失った途端に飢えと乾きが襲ってきたのだ。

 といっても反動で必要以上にきたわけではなく、まだなんとか耐えられる程度であるが。


 少しして大丈夫だと確信し、荷物の布を洗い水袋の口にかけゴミや虫が入らぬようにして貯める。

 あとは1周するのを諦め2人の場所へ戻り、水場があることを2人に伝えればいい。


 無人島である場所に辿り着いた場合の最重要は地形の確認よりもまず水と食料。これが確保できてから散策しても遅くはない。今日のノルマは達成したと思っていいだろう。




「おーい2人ともー」

「おかえりなさい双弥様。どうでしたか?」

「川があった。水汲んできたよ」

「やった! もうカラカラだよぉ」


 エイカも復活したようで一安心し、今後のプランについて説明する。


 まず拠点を作る。川に近いところだがなるべく高い位置に。水害を恐れてのことだ。

 それでいて海が見える位置が望ましい。他にも流れ着いたものがいるかもしれないから。

 あとは雨風から身を守れる家のようなものがあれば尚良い。


 アルピナはどこかへ行ってしまっても干し肉を焼けば臭いにつられて戻って来るため放っておいても大丈夫。あとは…………。


「どう脱出するか、ですね」

「そう。ボートがあるから出ることは可能だが、それまでに水と食料をなるべく確保したい」


 水場があるからといっても持ち運びができるわけではない。持っている水袋にだって限界はあるため、新たに見つけるか作成しなくてはならない。

 できればアルピナ含め、4人で10日分は欲しい。

 エイカはまだ子供だし、リリパールも大人というには怪しいため成人の消費量より少なくて済むといっても、できれば60リットルは欲しい。


 そして食料も魚は無理だ。全く日持ちがしない。干物にするという手もあるが、それをメインにするわけにはいかない。


 あと重要なのはビタミンCを得る方法だ。大昔の大航海は航海病と呼ばれる病で多くの船員が亡くなった。その原因がビタミンC不足だ。

 できればレモンのような酸味のある果実を大量に積みたい。


 本来なら他の船を見つけ救助してもらえるのが一番であるが、自力で脱出するとき、最も悲惨なのが今が実りの時期ではないという場合だ。


「ふはぁーっ。お水でおなかたぷたぷだよぉ」

「私も大分潤いました。それですぐ移動されますか?」


 エイカとリリパールが満足した様子のため、双弥は妖刀を取り2人をボートに乗せ、海岸沿いを漕いでいった。

 河口に行く途中でアルピナが何かと戦っている──というか、一方的に蹂躙している姿を見かけ、元気なのが確認できたので放っておく。恐らく餌場争いなため、あの周囲に果実があると推測。後で調べることにするのだ。




 もう少しで川に着くというところで再び砂浜へ乗り上げ、波に攫われぬよう木のそばまで引っ張りこみロープで木に固定。ようやく落ち着いて食事ができる。

 アルピナを気にして詠唱の殆どない簡易魔法にて種火を作り、枯れ木を集めて火力を上げる。そこに枝で作った串に干し肉を刺し炙ると既にアルピナがスタンバイしていた。


「なあアルピナ」

「うるさいきゃ。ごはんよこしてとっとと消えてきゃ」


 泣く双弥の頭を撫でつつ、リリパールは双弥が聞きたかったであろうことをアルピナに尋ねる。そう簡単に双弥は許して貰えそうにもない。


「ねえアルピナちゃん。食べ物どこかにあった?」

「あったきゃ! 果物甘かったきゃ!」


 アルピナは果物も好きだ。とはいえ腹に溜まるものでもなくメインはやはり肉なのだが。

 そして食うだけ食っていつものように丸くなって寝てしまった。



「やはりさっきのところ辺りが怪しいな」


 炙った干し肉を頬張りながら双弥は先ほどアルピナが戦っていた辺りのことを思い返す。

 とすると、あの周囲にはアルピナと争っていた魔物なり獣なりがいるということになる。ここからそれほど離れていないため、警戒しておいたほうがいいだろう。


 大抵の魔物であれば妖刀を抜身で置くことで近寄ってこない。もしそれでも来た場合、刃喰の餌食になるはずだ。

 だがそれは常に妖刀のそばにいるということが前提になってしまう。


 せっかく3人いるのに分担せず固まって動くのは非効率だ。もっとも少女が2人いるため、実質双弥だけともいえるのだが。

 今はとにかくエイカとリリパールを守ることに徹する。すると双弥は何も持たず行動しなくてはならない。それはさすがに危険だ。

 リリパールと約束したのだ。絶対に死ぬわけにはいかない。


「エイカ、リリパール。話がある」

「うん?」

「なんでしょうか」

「アルピナに守ってもらえるよう頼んでみてほしい。俺はその間に休めるところを作ってくるよ」




 双弥と刃喰は周囲の木をなぎ倒し切り刻み、簡易的なログハウスを作った。用心のため高床式にしてあるが、いわゆる豆腐型だ。

 その間に2人はアルピナに聞いたら快くOK。仲間は大事にしたいらしい。

 これで妖刀を持って移動できる。魔物に襲われても大丈夫だし、狩りをして食料を得ることも可能だ。




 その日は全員疲れがあったため、豆腐に入るとそのまま泥のように眠ってしまった。


 早朝双弥はアルピナが起きているのを確認すると、2人の寝顔を見つつ外へ出る。

 朝焼けを見つつ川を渡り先へ進むとやがて山にさしかかる。


 海岸沿いを歩いているのに何故山が? そう思いつつ登っているとこの島がとても異常であることがわかった。


 向こう側がない。

 山の見えていない部分がまるで切り落とされたように全て崖になっていた。

 隕石のクレーター……というわけではないだろう。マイクラで垂直に整地したようになるなんて有り得ない。


 不審に思いつつ山を登り、落ちないように気をつけつつ山頂付近から島の景色を眺める。

 川があるのは丁度ここの逆側。戻るにはどちらへ向かっても同じ時間がかかりそうだ。


 あの辺りに着岸したんだなと目を向けると、1艘のボートが漂っていた。

 双弥たちのボートは川の傍の陸に上げてある。ということは別の誰かが乗っているのかもしれない。



 ここからではそこまで確認できない。双弥はその場所向かいへ走った。

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