第134話
リリパールの考えた作戦はとてもシンプルであったが、ジャーヴィスの頭を悩ませた。
とにかく男らしさをアピールすること。それに尽きる。
この世界の女性は男に強さと男らしさを求める。賢さは2の次だ。
理由は単純で、賢さが求められる仕事というのは軍師や大臣、学者に教師と、どれもあまり女性に縁がないものばかりだからだ。
アセットの実家は商売をしているから賢さは必要と感じるが、単純な計算ができれば店番くらいは問題ない。
それに仕入れなどはセンスであり、賢さとはまた違う。
もちろん賢さが必要な場合も多くある。情勢を読みつつ売買を行う場合など。
だがそれは大きな商会ともなると重役が考えることであり、アセットのような末娘の夫などが進言したところで煙たがられるだけだ。買い物しかしたことがないような人間に口出しして欲しくないという、長年商売人をやってきたというプライドもある。
「男らしさというのは紳士らしさとは違うのかい?」
「ジャーヴィスさんの言う紳士っていうのがよくわからないんだよね」
エイカの疑問にジャーヴィスはうまく答えられない。
彼は英国人ということに誇りを持っているため、それにふさわしい紳士であろうとしている。
しかし実のところ、紳士とはどういうものか具体的には知らない。映画などを見てクールだと感じたものが彼の中の紳士であり、そのベースはジェームスボ○ドなのだ。
「え、えーっと、紳士っていうのは常にレディへ気を配り、それでいて自主性を尊重し……」
「そんなんじゃ家族を養っていけないよ。それに女の人にだけやさしくするのは下心しか感じられないし」
「……ウゥプス」
ジャーヴィスは少し痛そうな顔をする。彼の紳士らしさは偏っており、主に女性への対応ばかりであった。
「だったら2人にとって双弥はどうなんだい?」
「あの、こういうのもどうかと思うのですが……」
リリパールは申し訳なさそうな顔で正直に答えた。
「双弥様を城塞都市とするならば、ジャーヴィス様は魔物の巣、ですね」
双弥の懐に飛び込めば、無骨ながらもその強大な壁でやさしく護ってもらえ、安心できる。対してジャーヴィスの懐には不安しか見えない。
「それは贔屓目で見ているからだよ! きみは双弥が好きだから偏った意見になるんだ!」
「ええ、そうですよ。好きなので贔屓しています。では何故私がジャーヴィス様を贔屓しないのか、好きにならないのかを考えてください」
「えっ……、それは先に双弥のことを好きになったから……」
「違います。人の心は変わるものです。ですが変わらないのは、双弥様が私の理想であり魅力があるからです」
「と、ということは?」
「ジャーヴィス様には理想が見えませんし、魅力も感じないということです」
ジャーヴィスは泣き叫び走り去ってしまった。
ショックだった。いつもおもちゃのように遊んでいた双弥より自分が劣って……いや、それどころか比較対象にすらなっていなかったことを知り。
「こんなところでしょうか」
「うん、そうだね。これで少しは懲りてくれればいいんだけど」
「なんていうか、その、悪かったね。悪役を押し付けたみたいで」
一部始終を物陰から見ていたアセットが出てきて2人に謝った。
「いえ、そんな。それよりもアセットさん、ジャーヴィス様を追ったほうがいいのではないですか?」
「うん、じゃあいってくる。ありがとう!」
エイカとリリパールはジャーヴィスをぼろくそにした。しかしこれは別に双弥の恨みを晴らすとか、先ほどなだめた手間賃代わりに鬱憤をぶつけたわけでもない。
彼女らはアセットから頼まれていたのだ。ジャーヴィスに他人の心の傷を知ってもらいたいと。
彼はきっと他人の心の痛みを知らないから平気で傷つくことを言えるのだ。だから自分が傷つけば他人の痛みを知り、やさしくなれるのではないかと。きれいなジャーヴィス製造作戦だ。
まあこの程度で性格が変わる英国人は恐らくいないだろうが、生憎彼女らはそんなことを知らない。
「アセットさん、変わったよねぇ……」
「変わったというよりも、彼女は本来あのような感じなのでしょうね」
初めて会ったときは、ただのクソ生意気な小娘だった。しかしそれはあくまでも不貞腐れていただけだった。
豪邸に戻れないどころか、見ず知らずの勇者だとぬかす男に連れ回されていたのだ。そんなもの不貞腐れてもおかしくはない。
特に双弥と並ぶほどの特級不貞腐れ師である彼女が、よくここまで皆に馴染んだと感心するべきだろう。
「それでもさ、もっとうまくできると思うよ」
「仕方ありませんよ、アセットさんの性格ではこれが手一杯なのですから」
リリパールも散々迷走しまくっていたため、なんとなくアセットがどうこんがらがっているのかが大体わかる。
それを慌てて解こうとすると更に絡まり締め付けることになるのだが、ゆっくりと時間をかけて解くのが一番だとわかりつつも、それができないもどかしさ。だけどこれは周りが解いてしまってはいけない。自力で解かなくては今後も絡まるたびに他人の手を借りなくてはいけなくなってしまう。
それでも彼女は友達だ。だから例え間違っていても本人の出した答えに手は貸す。そこで間違っていたことに気付き、再び出した答えにも手を貸す。だけど正解は教えない。
「ですが少々双弥様を褒め過ぎましたね」
「私は本気だったよ?」
エイカの答えにリリパールは目を見開きエイカの顔を見つめる。
「し、しかしエイカさんは先日あれほど双弥様に失望していたのに……」
「お兄さんにがっかりするのはいつものことだよ。でもそれは私が悪いんだ。だからもう迷わない」
がっかりする、失望するのはエイカが過度な期待をしていたせいだ。
でもそれは理想の押し付けであり、双弥の本質を見ていないということになる。それは本当の双弥を好きになったとは言えない。
だからエイカはありのままの双弥を受け入れることにした。
「……本当にそれでいいのですか? エイカさん」
「もう決めたよ。そりゃあお兄さんは大きな胸が好きだしジューカニストだし優柔不断で恋愛チキンでゴスロリキチだけどさ」
更にロリコンでヲタクで一級不貞腐れ師だ。
「でも私、今、幸せだよ。これは誰にもできないこと。お兄さんにしかできなかったことだよ」
「そんな! それなら私でも…………」
私でもできた。そう言いかけて口を噤む。
町が襲われたとき、リリパールにはなにもできなかった。エイカも見つけられなかった。
もし荒廃した町で先にエイカを見つけたのが兵で、他の町へ避難させたとする。
そこへ恐らくリリパールも慰問へ訪れただろう。そこで彼女がなにをするか。
生き残った町人たちの手を取り、大変でしたねと共に悲しむことくらいはできただろう。
だが、それだけだ。
そこでエイカを見つけたとする。しかし彼女はなにもしない。せいぜい施設の人にくれぐれも丁重にと頭を下げる程度だ。
いつしかエイカが意識を取り戻したとする。施設の中で、リリパールから頼まれたこともあり腫れ物のように扱われ、そこで生きていたことに幸せを見出せただろうか。
リリパールもきっと『あの子は元気でやっているかな』程度に思い出すくらいしかなかったかもしれない。
今エイカが感じている幸せは間違いなく双弥がもたらせたものだ。自分にもできたというのは驕りで傲慢、屑みたいな言い訳だ。
「……私にはできませんでしたね。それは間違いなく双弥様の力です」
「うん。だから──」
「それでも私だって負けませんから!」
リリパールもエイカの理由を知ったからといって譲れるほど双弥の想いは軽くない。
だが今回はジャーヴィスの話なため、女の盛り話は割愛。
「はぁ……」
ジャーヴィスは土手に座り、流れる川の水面を見ながらため息をつくというわかりやすい落ち込み方をしている。
こんなはずじゃなかった。ジャーヴィスの予定では、自分が今の双弥の立ち位置にいたはずだった。どうしてこうなった。
……答えは簡単だ。面倒なことを全て双弥へ押し付け、周りをおちょくってばかりいたからだ。その分双弥は働き、周囲はそれを評価していたのだから。
働き双弥アリと遊び人ジャーヴィリス。彼には理想どころか未来も見えない。
「こんなところでなにをしてるのさ」
「や、やあアセット」
ジャーヴィスの背後からやってきたアセットは、その隣へ座る。ジャーヴィスは一瞬彼女を見るが、すぐまた川へ顔を向ける。
アセットもまた川へ顔を向け、2人で暫しその流れを眺めていた。
「ねえアセット」
「ん?」
川のせせらぎ音を遮るようにジャーヴィスがアセットに言葉を聞かせた。
何を言わんとしているか
「僕はきみにとって頼りないだろう。シンボリックがなければただの町人で、なにかができるわけでもなにかをしようとするわけでもない。それでも僕は──」
「──僕は、もしもなにかができるとしたら、アセットと共にやっていきたい」
ジャーヴィスの言葉にアセットは黙る。ジャーヴィスは焦らせぬよう、視線をまた川へ向ける。
暫し2人は川を眺め、無駄に時を進める。
そして日が沈み始めたころ、アセットはとうとう口を開く。
「ごめん。それはできない」
冷たい川と共に流れる風が、ジャーヴィスから熱を奪うかのように吹き去っていった。
「ど、どうしてなんだい!?」
ジャーヴィスは慌ててアセットに答えを求めた。彼女ならきっと了承してくれると思っていたため予想外な出来ごとだったのだ。
「どうしてって……。うーんと、ワタシとジャーヴィスの相性の問題、かな」
「相性だって!? 僕はアセットと似た性格をしていると思うんだよ。つまり相性はいいってことだよね?」
「ワタシも性格は近いと思っているよ。だけどね、ワタシはワタシと相性が悪いんだ……」
アセットは他人に皮肉を言ったり挑発したりなんてことはしない。だが根底はジャーヴィスと同じで、努力を怠り逃げ回り、他人になすりつけたりする。そんな2人がうまくいくはずがない。磁石の同極なのだ。
だから最近なるべくアセットはがんばるようにしていた。しかしジャーヴィスはいつもと変わらないでいる。これでは自分だけがんばっているみたいでくやしいのだ。
「だ、だったら僕は変われるよう努力するよ! 誓うよ!」
「駄目だよ。ジャーヴィスが努力しても意味がないんだ」
「え?」
どういうことなのか理解できず、ジャーヴィスはきょとんとする。
簡単に説明するため数値化すると、普通の人の努力を10としたら、ジャーヴィスの努力は5くらいでしかない。
更に言うと、普段の人の日常生活が7でありジャーヴィスは3だ。彼が努力したところで常人の日常生活にも及ばない。
「そんな! 僕だって僕なりに頑張っているんだよ!」
「だからジャーヴィスなりじゃ駄目なんだ。他人が見ても努力しているとわかるくらいじゃないと」
「ええーっ」
露骨に嫌そうな顔をするジャーヴィスにアセットは顔をしかめる。こいつ本当に駄目な子なんだなと。
「みんな頑張りすぎなんだよ。もっと程度を知るべきだと思うね」
「ジャーヴィスが頑張らなさすぎなんだってば! そんなだから馬鹿にされるんだよ!」
「────えっ、僕、馬鹿にされてたの?」
「…………気付いてなかったんだ……」
アセットがっかり。
お人よしの双弥とばかりつるんでいたため気付いていなかったのだろうが、その他の人からの評価は軒並み低い。
それでもジャーヴィスはやればできる子だ。アセットは彼が戦っている姿を何度も見ている。アセットを守るため、勇敢に魔物へ挑んでいったのだ。
戦いだけでなく発想力も優れている。決してアホの子ではないことが伺える。
だからこそなんとかして欲しかった。鷲峰とチャーチのペアまでいかなくとも、勇者グループでそれなりに羨ましがられるカップルの立ち位置は欲しい。己がプライドにかけても。
「とにかくジャーヴィスは他人以上に頑張ること! それができないんだったら今以上の交際なんて考えられないから!」
「そんなぁ! ……って、それって頑張ればOKしてもらえるってことだよね!」
「だから今後次第だってば。ワタシだって頑張るんだからさ」
「……わかった。そのとき改めてまたプロポーズをすることにするよ!」
「あ、あれプロポーズだったの……」
「えっ!?」
その後、時間はかかるが人並みに努力ができるようになったジャーヴィスはアセットと結ばれることになるのだが、それは未来の余計な話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます