第154話

「ん? お兄さんが帰ってくる気がする。あと2……3時間かな?」


 双弥がエクイティと出かけて2週間後、エイカはなにかを感じ、棍を振り回す手を止める。そしてゴスロリ少女たちにも稽古を止めさせ、風呂へ先導する。

 風呂に入って着替えさせてもまだ時間が余る。その間にご飯でも作って待とう。だが一緒に出掛けたのは料理人のエクイティだ。それより美味く作るのは無理だが、おいしいと言ってくれるだろうか。不安と期待、そんなことを考えながら待つことにした。


 まさか双弥が変わり果てた姿になっているとは思いもせず。



「ただいま……」

「おかえり、お兄……大丈夫!?」


 そこにはやつれ果て、ふらふらとしている男がいた。

 一体なにがあった。エイカは横にいるエクイティを見た。しかし彼女はいつも通りであった。

 エイカは慌てて双弥を部屋まで支えながら連れて行き、横に寝かせてから再び玄関まで戻ってきた。



「お兄さん、なにかあったの?」

「……さあ?」


 そう、驚くほどなにもなかった。

 1週間前に目当ての花を手に入れたのだが、それ以前からなんとなくおかしくなっていたことにはエクイティも薄々気付いていた。だがその原因についてはよくわかっていなかった。


「目当てのものは手に入ったんだよね?」


 エイカの問いに、エクイティは瓶に入った花を取り出すことで答えた。

 水のような膜で覆われているその花はキラキラと輝いており、エイカは一瞬見惚れる。

 だが今は双弥の心配が優先だ。顔を左右に振り気を取り直す。


「とりあえずお兄さんのことは私が見ておくよ。エクイティさんも疲れたでしょ。休んでく?」

「……大丈夫」


 エクイティはそう言って手を振り、帰って行った。

 さてこれからが大変だ。エイカはまた双弥の部屋へ向かい、様子を見る。すると双弥はやっと気を緩められたのか、爆睡していた。

 わざわざ起こしてまで食事をさせるのも可哀そうだと、エイカは部屋を出ることにした。




 双弥が再び目を覚ましたのは、それから2日ほど経ったころであった。


 様子を見に行ったエイカは、双弥がベッドから上半身を起こして窓の外を眺めているのに気付き、駆け寄る。


「お兄さん、おはよ。もう大丈夫なの?」


 すると双弥は振り向きエイカの顔を見、そして少し目線を下げると大きなため息をついた。


「ど、どうしたのお兄さん」

「…………なあ、エイカ」

「なに?」

「少女って……切ないな……」


 なに言ってんだこいつという表情を一瞬したエイカだが、すぐに意味を理解した。

 ずっとエクイティと一緒にいた双弥が、いままで好きだった少女に対して突然の批判。エクイティにあって自分たちにないもの。それは肉弾だ。


「お、お兄さん……エクイティさんとなにがあったの……っ!?」

「…………はぁー……」


 双弥はエイカの首の下辺りを見てはため息をつく。そしてエイカはだんだんそれが腹立たしく感じてくる。


「お兄さん、言いたいことがあったら言ってよ! さっきからなんなの!?」

「……いや、エイカは悪く無い。悪くないんだ。ただ……」


 再びため息をつこうとした双弥の目には、信じられないものが映っていた。

 エイカの首の下はフラットウォールだと思っていた。いや、事実以前はそうであった。しかし今よく見てみるとりりっぱさんにはない膨らみがそこにはある。


 リリパールはもうそれなりに体の成長が済んでいる。しかりエイカはまだ育つ途中だ。そして短期間でここまで膨らむということは、これから先はどんどん大きくなるに違いない。

 双弥はエイカに未来を見出したのだ。


「エイカ……立派に育つんだぞ」

「えっ、やだ」


 きっぱりと拒否した。しかしこればかりは意志とは無関係だ。どうにもならない。



 ★☆★☆



「────なんてことがあったんだよ」

「あー、ソーヤは結構クズ野郎だしねぇ。そこらへんはまだジャーヴィスのほうがマシだね」

「どっちもどっち」


 双弥が帰ってきた翌日、エイカは女子会で愚痴をこぼしていた。ちなみにメンバーはエイカの他にアセットとチャーチストがいる。


「どっちもどっちは酷いよ。そんなこと言ったら鷲峰さんだってさー」

「迅はそこがいいの」


 チャーチストは新婚なため、今絶賛ラブラブ中なのだ。彼の一挙手一投足が愛しいのだと思われる。それでもゴスロリだけは着てくれないのだが。


「んー、でもやっぱソーヤのほうが真面目……というよりやるときはきっちりやってるし、多少はね」

「そうなんだけど、油断しているとすぐ狂っちゃうんだよね」

「迅はいつも同じ」


「そんなことないよ。鷲峰さんだって自分の趣味のことになると眼の色変わるもん」

「……よく見てる。でもあげない」

「べ、別に私は鷲峰さんのことなんて欲しくないよっ」


 隙あらば惚気を挟んでくるチャーチスト。幸せそうで何よりだ。


「だけどあのソーヤが今更胸に興味持つっていうのもねぇ」


 そう言うアセットの胸を見てエイカは少し顔を渋らせる。彼女もまたそれなりのものを持っているからだ。


「女の価値は胸じゃない」

「そう、そうだよねチャーチさん!」


 鷲峰はガチの貧乳好きなのだが、だからといってもしチャーチストの胸が育っても彼は嫌な顔をしないだろう。なにせ彼は今、新婚モードなのだから。

 それでもやはり多少は気にするのが乙女心。鷲峰に「小さくてもいい。いやむしろ小さいのがいい」などと言われていようがもう少しくらいは欲しいと思っている。


「アセットさんはその、どうやってそんなに膨らませたの?」

「えっ、そんなこと言われても……。食事は好き嫌い結構あるし、運動も好きじゃないし……」


 世の中とは理不尽なもので、苦労しても手に入らない人がいれば、特になにもせす手に入る人もいる。そして恵まれている人に限っていらないという。世界は何故これほど残酷なのか。


「きっとなにかある」

「うん、私もそう思う。秘訣っていうか、そういうの」

「だからさあ……、もうソーヤを元に戻したほうが早いんじゃない?」

「そういう問題じゃない」

「お兄さんが戻るんじゃなくって、私ももう少しなんていうか……」

「だけど今は目下そっちのほうが重要じゃないかなぁ……あっ、そうだ」


 なにか思いついたようにアセットはチャーチストを見る。そしてもちろんチャーチストはアセットがなにを言いたいのか瞬時に理解し、嫌そうな顔をする。


「チャーチ」

「だめ」

「まだなにも言ってないから」

「言いたいことくらいわかる」


 アセットが言いたいのは、鷲峰を使うという話だ。双弥へんたいには鷲峰へんたいをぶつけるんだよ。つまりそういうことだ。

 そしてチャーチストも嫌がってはいるものの、大切な友人の頼みとあっては強く反対できない。彼女にとって友人というのは本当に掛け替えのないものだから。

 それでも一度断ってみたのは、えーっ、わたしはぁー、やりたくなかったんだけどぉー、みんながぁ、どうしてもっていうからぁー、しかたなくぅー。をやりたいのだろう、多分。


 そして行動は本日中に行われることになった。



 ☆★☆★



「おいク双弥」

「なんだよロリコン野郎」


 鷲峰は双弥の部屋へ半ば殴り込みのように入り込んでいた。


「……貴様よりマシだ。とはいえ五十歩百歩、変わらぬはずだ」

「悪いけど俺、ロリコンやめたんだわ」


 鷲峰は驚愕の表情を浮かべる。双弥、ロリコンやめるってよ。

 いやあれはやめるとかそういうものではない。一度ロリコンの領域へ足を踏み入れたものは永久にロリコン迷宮ラビリンスへ囚われてしまうのだ。


「一体なにがあった。なにが貴様をそこまで惑わせたんだ!? 答えろ!」


 不本意ながらも鷲峰は双弥にシンパシーを感じていたのだ。だというのに今の彼からは同属の匂いがしない。


「俺さあ、やっぱ女の子はおっぱいだと思うんだ」

「おっぱ……っ!? お前、最低だな……」


 胸基準で女性を選ぶなんて最悪の極致である。胸なんてあろうがなかろうが大したことではない。いやむしろないほうがいい。


 鷲峰は流石に呆れた。今の双弥は相容れない存在となってしまっているどころか、人としての道を踏み外しかけているのだから。

 だがここで鷲峰は諦めない。なんとかして双弥を更生させなくてはならないのだ。家でゴスロリを着て待っているチャーチストがいるのだから。


「いいか双弥。女の価値は胸ではない。胸だけ見ていたらロクなことにならんぞ」

「迅は若い。若いなぁ」


 自分は大人だと言わんばかりの双弥をぶん殴りたくなる衝動を鷲峰はぐっとこらえる。

 結婚するのが大人だとは言わないが、男としての責任と決断をした鷲峰のほうが双弥よりもずっと大人であり、未だ決め兼ねない双弥のほうがむしろ子供だ。


「大体、お前は大切なことを忘れている」

「なんだよ」

「巨乳にゴスロリは似合わない」

「ぐっ」


 痛いところをつかれる。

 正しく言うと、胸が大きいと自然に服のサイズが上になるため、胸以外の部分がだぶついてしまうのだ。そのせいでシルエットが美しくならない。それはデザインが重要なゴスロリとしては致命的である。

 もちろん体型に合わせたオーダーメイドであれば問題ないのだが、そこまでの技術を技術班は持ち合わせていない。


「だからお前は選ばねばならない。巨乳か、ゴスロリか」

「う、ううう……」


 双弥はがっくりと項垂れる。彼は今、究極の選択を強いられているのだ。

 彼の中では今、巨乳が熱い。胸熱というやつだ。しかしそれは言うなれば新参者。古参のゴスロリを上回れるとは思えない。瞬間的に熱くなったものは冷めるのも早いのだ。


「双弥、世の中っていうのはな、取捨選択なんだ。全てを手に入れることなんてできない」

「迅……俺は、どうすればいいんだ」

「答えはもうわかっているはずだぞ。お前と巨乳の間になにがあったかは知らん。だがな、それによって失うものは少なくない」


 正しくは双弥は巨乳の間にいたのだが、それは割愛。双弥が失うものはあまりにも大きく、一時の過ち程度で切っていいものではない。


「……悪いな、迅。俺は目が覚めた。やっぱゴスロリ最高だよな!」

「ああ、おはよう双弥」


 2人はがっしりと握手をし、別れた。




「────そんなわけでエイカ、ゴスロリ着てください」

「嫌だよ」



 頑張れ、双弥。

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