第50話

「なあ、ルーメイー王国に行ったことあるか?」

「あぁん? なんだおめぇ」

「いやぁ、これから行こうと思ってんだけどさ、情報ないかなって」

「ああ、仕事か?」

「まぁ、そんなところだ」



 双弥は今、酒場にてルーメイー王国の情報を仕入れているところだ。

 鎖国をしているわけではないため、ある程度の話くらいは聞けるだろうと踏んだのだ。


 リリパールは国交がないから知らないと話していたが、それはあくまでも国同士の話であり、商人やホワイトナイトの場合はまた別である。ならば情報は集められると思い、現在情報を収集中というわけだ。

 そのため見た感じ商人っぽい人や剣士風の人に絞り話を聞いている。



「はあ……」


 10人ほどに聞いた内容を吟味し、双弥は早まったことに後悔している。

 もう既に南東──ルーメイー王国にほど近い町へと移動してしまったのだ。今更ルート変更をするには距離がありすぎる。

 ワンクル帝国には海がない。南へ行っても再びヴェーウィン帝国に入るか、それともルーメイー王国へ行くしか海に出られない。

 しかもワンクル帝国は今戦争中のため、航海することができない。結局ルーメイー王国へ行かねば海路は使えないのだ。


 そして双弥が後悔している理由。それはルーメイー王国にある山脈のせいだ。



 ルーメイー王国にはドラゴンの巣窟がある。


 いやっほー、ドラゴンだぁぁ、きゃっふぅぅ! なんて最初はファンタジーの王道が見れるとはしゃぎそうになったが、ドラゴンなんて基本最強クラスの魔物だ。もし襲われでもした場合、戦って無事で済むとは思えない。

 特に今は御者含め4人も守らなくてはいけないのだ。いや、いざとなったらアルピナ1人で逃げ出すだろうから実質3人か。双弥と刃喰だけでは厳しいだろう。

 このことは伏せておこうと決め、双弥は宿へ戻った。



「いかがでしたか? 双弥様」

「ああ、ええっと……トラブルさえ起こさなければ特に問題はない、至って普通の国っぽいよ」

「そうでしたか。どうやら私の杞憂のようですね」


 リリパールは少しほっとしたような顔をする。

 双弥の言ったことは概ね間違いはない。ただドラゴンがいるだけだ。

 そして魔王が現れた影響により魔物が活性化している。ただそれだけなのだ。


「まあ悪い国って感じじゃなかったかな」

「それで他の情報はどうなのですか?」


「他の?」

「国勢とか、税とか、軍備とか国民の不満度とかです」

「いやそういうのは聞いてないけど……」


 リリパールは『ちっ、こいつ使えねぇな』と言いたげにしかめた顔を逸らした。

 そんなもの双弥もそうだが、旅商人やホワイトナイトが知るはずもない。


 商人が知っているのは国外の人間から取る税くらいだし、ホワイトナイトも軍と共同で動くことがあってもごく一部の兵だ。全体なんてわかるわけがない。

 それに余計なことを詮索したせいで命を落とすものなんていくらでもいる。『知ろうとするバカに知らぬ賢人』、という言葉がこの世界にはある。知識だけが賢者の証とは限らない。

 仮に知っていたとしても教えるのは愚者の行いである。無駄に知識をひけらかし、拷問にかけられたものもいる。そのため皆知らぬ存ぜぬを突き通す。そういう意味でも『知らぬ賢人』なのだ。


「仕方ないですね。他の情報はどうなのですか?」

「え? まだあるの?」

「魔物の動向です。これならば商人やホワイトナイトの方々でも知っているはずですし」


 あまり聞かれたくない話をされてしまった。


「た、大したことはないらしいよ。……が、ちょっと、たまーに出るくらいで……」

「何が出るのですか?」

「え? ちゃんと言ったよ」

「すみません、聞き取れませんでした。もう一度お願いします」

「ふぉふぁふぉん、が出るくらいだよ」

「は? え?」

「ま、まあいいじゃないか。それより……」

「よくありません。命に関わることですから」


 真剣に真っ直ぐ見るリリパールと、視線を逸らす双弥。あからさまに怪しい。


「えっと、俺、この世界の魔物とかよく知らないし……」

「本当にですか?」

「ほ、ほんと」


 嘘とも本当とも言える答えである。

 この世界のドラゴンがどういったものか双弥は知らないのだ。

 ファンタジー系としての10メートルはありそうな巨大生物かもしれないし、現実にいるコモドドラゴン程度かもしれない。

 後者ならば危険とはいえどうにかなる。だが前者だった場合……。


「先日も言いましたが、私は戦闘においてだけ双弥様を信頼してあげています。裏切る結果にならないことを祈っていますので」

「わ、わかってるってば」


 キルミットで騎士相手の試合、タォクォでの大群相手の戦闘に、初見である鷲峰のシンボリックを凌いだことも評価されているのだ。それにエイカを無事にここまで連れてきているという実績もある。今のところ疑いようがない。

 自業自得とはいえ双弥には多大なプレッシャーがかかっている。


「お兄さん。もしもの場合、私も戦う?」

「いや、その場合はない。もし俺が死ぬことになったらアルピナに頼ってくれ」

「あら双弥様はこんな小さく愛くるしい子になんとかできるとでも思っているのですか?」

「ああ。先日助けられた。呪文を詠唱してくる魔物数体倒すのに2秒くらいだった」

「は……へ?」


 リリパールは驚いてアルピナを見る。

 この世界には呪文を使う魔物など存在しない。ということは双弥が言っている魔物が、魔王の配下と呼ばれる連中であることが窺える。

 彼らの力は大隊クラスなら安々と全滅させられ、さらに魔法も強力であるため倒すならば1000人くらい犠牲にする覚悟が必要だ。


 双弥が嘘をついているかもしれないとエイカを見るが、彼女も無言で頷く。見聞きではなくその場にいたからわかることだ。


「なっ……なんてことでしょう! こんなに可愛いのに強いだなんて! もう双弥様が行く必要ないですよね! 牢屋に入ってください!」

「意味わかんねぇぞ!」


 これはキレてもいい。あまりにも意味不明である。


 (いつまでこんな……)


 いつまでこんな姫連れて旅をしないといけないのかと思う途中で、ふと気付いたことがある。

 このメンバー、自分以外全て女である。ハーレムなのだ。


 ……しかし悲しいかな、ここに双弥へ好意を持っている人物が1人もいないのだ。あまりにも絶望的過ぎる。




 いずれ、いずれはと未来に希望を持ちつつ、双弥たちはワンクル帝国を後にするのであった。

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