第60話

「あの……これはまたどういう……」

「双弥殿。今度こそバッチリでしょうぞ」


 ドラゴンを倒し、町へ戻った翌日、双弥は再び拉致監禁されていた。

 前回と同じ部屋。そしてまた椅子に座らされている。


 違いといえば、周りにいる少女たちだ。


 年齢は恐らく12から14くらい。少々似合わない大人びたセクシーな服を恥ずかしそうに着ている。

 どうしても双弥の何かしらが欲しいらしく、この国の上層部は獲得するためになりふり構っていられないようだ。


「えっと君たちは……」


 声をかけたらビクッとなり、顔を赤くしてもじもじしている。双弥のドストライクである。

 鼻をふんごふんご鳴らしつつ辺りを見回す。ロリコンにとってはパラダイスだ。


 だが双弥は無意識に伸ばしてしまった右手の手首を左手で掴み、それ以上いかないよう食い止める。

 欲望に支配されてはいけない。彼はティロル公団の人間だ。少女は眺め慈しむものであり、決して手を出してはいけないのだ。


「悪いんだけど……この子らは駄目だ……」


 息苦しそうな声で拒否する。

 これは仕方のないことなのだ。例えこの国が許そうとも、同志たちが許してくれない。


 そんな双弥の横へ1人の女の子がやって来、しゃがんで肘掛けに両手を乗せる。

 そして顔を赤くし、潤んだ目で見上げる。


「お兄ちゃん……私じゃ、駄目?」


 ──────死ぬ寸前であった。


 据え膳食わぬは男の恥とはよく言うが、女の子に恥をかかせるような男は最低だ。

 双弥はもがき苦しんでいた。


 だがそれでもなんとか理性が打ち勝ち、女の子に目を合わせず断った。


「ごめん……。本当に、ごめん……っ!」


 双弥は誠心誠意謝った。この少女はきっと勇気を振り絞ってここへ来たのだろう。あまり裕福な家庭ではないのかもしれない。

 ここで双弥を、あるいは双弥の子供を手に入れることができれば家族も楽に暮らせる。

 或いは落ちぶれた元名家の娘で、家の再興のため自らを犠牲にしているのかもしれない。


 突き放してしまうのはとても酷なことだ。しかし双弥は自らの心を鬼にし、少女のため断ることにした。


 それに対し少女は──


「ちっ、これだから童貞は」

「えっ」


 少女は苦々しい表情で双弥から視線を外した。


「あんたを落とせば毎日好きなもの食べ放題、欲しいもの買い放題っつーから来たのによ、とんだふにゃチン野郎じゃん」


 最悪の返事がきた。年端も行かぬ少女に一番言われたくない台詞を吐かれた。

 今度は逆の方向へ死にたくなり、双弥は泣きながら部屋を飛び出した。





「お兄さんおはよっ」


 翌朝、なかなか起きてこない双弥を見兼ね、エイカが起こしに来た。

 しかし双弥の部屋からは返事がない。物音ひとつしないのだ。


「お兄さぁん、朝だよぉーっ。起きてよぉーっ」


 やはり何も答えない。


 昨日ドラゴン討伐の成功を祝すパーティーが行われ、そこへ参加しに行ってから様子がおかしいのだ。

 宿に戻るなり飛び込むように部屋へ入り、それ以来全く出てこようとはしない。


 何かあったのだろう。エイカが困っていると、急用でもあるのか慌ただしくオファーがやってきて双弥の部屋の扉を叩いた。

 扉の横にいたエイカにも気付かなかったようなので相当焦っているのだろう。


「双弥殿! 昨日は本当に申し訳ありませんでした!」


 やはり何かあったのだと確信し、オファーが落ち着いたら話を聞こうとエイカは黙ってそこにいた。


「今一度! 今一度チャンスを下され! 今度は大丈夫ですぞ! 皆純真無垢な少女! 汚れを知らぬ箱入り娘たち! 処女ばかりを集めておりますぞ!」



 エイカは無言でその場を去り、少しした後戻ってきた。愛用の槍を持って。


「……邪魔」

「うぐごっ」


 槍の柄頭でオファーのみぞおちを突き、悶絶させる。そして槍を半回転させ槍先をドアノブに叩きつけ破壊。震脚を用いて背中で扉に体当たり。無理やり開けて中へ入り込んだ。


 まるで無意識の頃のエイカに戻ったかのような表情のない冷たい目で部屋の中を見回し、双弥が踞っているであろう膨らんだ布団を確認した。


 エイカは槍を投げ捨て、双弥の棍を掴み膨らんだ布団目掛け思い切り突く。


「ぷげあ!」


 中から奇妙な声が聞こえた。

 だがそんなものお構いなしに突く、突く、突く。


 いくら布団がクッションになっているからといって痛くないはずがない。だがエイカはそこを無言無表情のまま突き続ける。


 暫く続け、布団の中が動かなくなったころハッと我に返り、慌てて布団を剥ぐと痣だらけで失神していた双弥がそこにいた。




 双弥は現在ベッドに腰を掛け、膝に肘を乗せ頬杖をついた状態で不機嫌そうな顔をあさっての方向へ向けていた。

 正面にはエイカとオファーが正座させられている。


 昨日に続き踏んだり蹴ったりである。いつになく双弥は苛立っていた。


「…………で? お前ら俺に何か恨みでもあんの?」


 2人のことは一切目に入れず、イライラして呟くように言った。

 エイカとオファーは突然の言葉にビクッとしたが、気まずそうにお互いを見る。


「……申し訳ありませんでした、双弥殿。しかし、しかしこれだけは聞いて下され!」

「嫌だよ」

「……くっ」


 ばっさり切られ、オファーはぐぬぬと口を閉ざした。


「わっ……、私は悪くないもん! お兄さんがいけないんだよ!」

「……小さい子が性的な方向で迫ってきたのを断ったのがいけないことなのか?」

「ちっ、ちが……」


 エイカも一刀両断である。



「そもそもさ、俺、言ったよな。好きな子としたいって」

「わかっております。しかし色々な女性を見れば考えが変わったり好きになれるものも見つかるやと思い……」

「あんな、おっさん。好きな子くらい自分で見つけられないほど俺はガキじゃねぇの。そういうのを余計なお世話っつーんだよ」

「うっ、ぐ」


 全くもってその通りである。まるでしょっちゅう見合い写真を持ってくる親戚のおばちゃんのようだ。


「で、エイカ。お前はなんなんだよ」

「な、なんなんだよって……」


 この双弥、あまりにもふてくされすぎである。


「俺がどこで誰と何しようがお前に迷惑かかんないだろ? 何でこんな目に合わされないといけないんだよ」


 エイカは俯き黙ってしまった。何かを言いたげに口が小さく動いているが、声は聞こえない。


「言いたいことははっきり言え。聞こえないんだけど」

「…………違うもん……」

「何がだよ」


「…………違うもん! お兄さんはそんなことする人じゃないもん!」


 突然叫ぶエイカにたじろぐが、すぐに気を取り直す。


「エイカに俺の何がわかるんだよ」

「わかるもん! ずっと一緒にいたもん! 私のお兄さんはそんなことしない!」


 エイカはがばっと頭を上げた。その顔は真っ赤になっており、涙で酷いことになっている。


「わ、私のって、俺はエイカのものじゃないぞ」

「私のだもん! 私のお兄さんだもん!! ふあああぁぁぁあぁぁぁ!」


 大泣きしてしまった。ふてくされている場合ではない。双弥はおろおろとしはじめた。なんだかんだで少女の涙にはとことん弱い。


「え、お、俺、俺、悪くないよな? な?」


 同意を求めるように双弥はオファーへ情けない顔を向ける。しかしオファーは目を瞑り無言で顔を横に振る。

 何がどうなっているのかわからない双弥は頭をがしがし掻く。それに対しやれやれといった感じにオファーが立ち上がる。


「双弥殿、色々と申し訳ありませんでした。さすがにこのような場面を見てしまったら退かざるをえないですな」

「ど、どういうことだよ」

「ご自分で考えるのがよろしいでしょう。では」


 と言ってオファーは部屋から出ようとしたが、足に強烈な痺れが襲い、その場で倒れもがき苦しんだ。

 それでもさすが軍人と言えよう。立てぬならと這いつくばって部屋から出た。


 そしてその場には双弥と泣きじゃくるエイカだけが残された。



 双弥は考えた。一体自分の何が悪かったのかを。


 エイカは妹や娘みたいな存在。そして弟子的な繋がりでしかない。それ以下はあってもそれ以上ではないのだ。

 だがふと気付いた。それは双弥にとってそうというだけであり、エイカも同じとは限らない。

 いや、そもそもエイカの気持ちは置き去りにしている。


 もしエイカが自分のことを好いていたとしたら──。双弥は立場を逆に考えてみた。



 自分をいつも見守っている大好きな姉のような存在がいたとする。

 常に一緒におり、様々なことを教えてくれ、自分のために戦ってくれているのだ。


 そんな女性があるときショタコンであることが発覚し、更に他者から押し付けられたとはいえ、自分と同じくらいの男をたくさんはべらせると知ったら…………。


 (なんで俺じゃねぇんだよ、って思うわな……)



 再び双弥は頭を掻き立ち上がるとエイカの傍へ行き、そっと抱きしめた。


「…………駄目だな、俺は」


 エイカの耳元でそっと呟いた。


 それから暫しの間、無言でいると、少し落ち着いたのかエイカが涙声のまま、小さく言った。


「……そんな、こと……ない……」


 双弥はエイカが泣き止むまで胸を貸していた。




 1時間もするとすっきりした顔でエイカが立ち上がる。


 そして間もなくして一行を乗せた馬車はトレジャリーを出、スポットレートへと向かった。



 エイカは意外にも笑顔であった。

 少しだけ、気持ちが伝わった気がしたから。

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