第194話

「ようやく終わったか……」

『ぬ、なかなかであった』

『凄いわ! さすが私の見込んだ私の勇者!』

「いや俺最後、なにもしてなかったんだけど……」


 創造神は滅んだ。実にあっけなく。

 しかしこれで下らない勇者召喚のループは終わる。この世界も勇者だの魔王だのといった存在は現れなくなるだろう。本当に終わったのだ。


 そう思ったとき、地面が突然激しく揺れ始める。


「なっ、なんだぁ!?」


 地震のようだが、なにかが違う。これはまるで全てが震えているようだった。

 今は神の時間であり、通常であれば地震が起こっても揺れないはずなのに影響がある。とすれば、これは────世界の崩壊。


『なるほどなるほど、こうなるのか』

「ど、どういうことだよ! 創造神がいなくなってもこの世界は壊れないはずじゃなかったのか!?」

『いやはや、ついうっかりしておったわ』

『なにを!?』

『この世界はバランスで成り立っておる。つまり創造神と破壊神のつり合いだな。だが創造神がいなくなったことで破壊の力だけが残ったわけだ』

「つ……つまりどういうこと!?」

『止まることのない破壊が始まったということだ』

『いやあああああぁぁぁ!!』


 破壊神は絶叫した。


 この世界は創造8割、破壊2割というバランスで循環していた。生み出された文明は破壊され、だがそれを更に発展させまた破壊されるというのを繰り返し世界は回る。しかし今は破壊10割だ。これでは塵すら残らない。


「ミナカたん、どうすればいい!?」

『チュウは知らんよ。まあチュウができることはせいぜい……』

「せいぜい?」

『巻き込まれる前に帰ることだ。達者でな』

「あああああっ! そんなああぁぁ!」


 御無体なことに、天之御中主神はさっさと自分の世界へ戻り、時間が動き出した。



「な、なにが起こった!?」


 鷲峰が驚く。突然地面が揺れたのだからこの反応は普通だろう。


「駄目だ! もうこの世の終わりだよ!」


 英国は基本的に地震がないから少しの揺れでも恐怖で慄く。

 とはいえこの揺れは地震に慣れた日本人ですら恐怖を感じるものである。



「おいク双弥! これは一体なんなのだ!?」

「あー……どうも創造神を倒したせいで破壊神の力だけが残っちゃって壊れていく方向になってるみたいなんだ」

「話が違うではないか!」


 鷲峰の怒りもわかるが、双弥だって困っているのだ。


「破壊神様ああぁぁ!」

『……はっ。どどどどうしましょう!?』


 破壊神は放心から戻り、狼狽える。彼女もどうしたらいいのかわからぬようだ。

 ちょっとどころではない、かなりの一大事に双弥は考える。


 魂の中に少しだけ残っていた天之御中主神の残骸。そこから知識を少しでも絞り出そうともがいたところ、ヒントのようなものを見つけた。

 神は元々神である純神と、自らを器とし、神になったものがいる。

 ようするに後付けの神でも神と称されるのだ。


「ちょっと待って! 確か創造神もそうだけど破壊神様も元々は人間だったんだよな!?」

『え? ええ、もう遥か昔のことだからあまり覚えていませんが』

「てことはだ! 新しい創造神を仕立てれば崩壊を止められるんじゃないか!?」

『そ、そうね! そのはずよ!』


 双弥の咄嗟なアイデアに破壊神は飛びつく。創造神がいないのなら新しく据えればいい。これでまたバランスが保たれる。


『ですが、知っての通り、神になるということは肉体を捨てるに等しい行為で、もしなったとしたらその人は易々と人の世界へ来られなくなりますよ』


 破壊神もエイカなどの依り代があるから可能なのだ。創造神ならばこの世界にあるものを依り代とできるが、それでも頻繁に訪れないところを見ると容易いことではないのだろう。



 双弥は振り返った。物理的にも、そして精神的にも。


 この数年、たくさん旅をしてきた。嫌なこともあったが、楽しかったことも多い。多分普通に地球で暮らしていたら得られなかったことばかりだ。

 様々な人と出会い、仲間も増えた。全てが心の中で宝石のように輝いている。


 そして見渡すと、共に戦ってきた仲間がいる。不安と恐怖、そして期待を持った目で双弥を見ている。

 そして目の前には破壊神──いや、エイカがいる。


 皆を救わなければならない。双弥の腹は決まった。


「よ、よし。俺が創造神になる!」

「駄目だよ!!」


 叫び声に双弥は顔を向ける。


「え、エイカ!? 破壊神様は!?」

「黙ってもらってるよ! それよりなんでお兄さんが創造神になるの!?」

「みんなを救うためだ! このままじゃこの世界は滅んじまう!」

「なんでみんなのためにお兄さんが犠牲にならないといけないの! おかしいよ!」


 エイカに強く言われると双弥はたじたじになる。だが今回はそうしていられない。


「みんな……というか、エイカ。俺はエイカを幸せにしたいんだ。でも幸せになるためにはまずこの世界を戻さないと……」

「だからそんなのおかしいんだよ! 私にとって一番の幸せはお兄さんと一緒にいることなんだよ! お兄さんがいない世界で幸せなんて手に入らないよ! お兄さんがいないくらいなら、こんな世界滅んじゃえばいいんだ!」

「エイ──」


 エイカは双弥に飛びつき、キスをする。ほぼ衝突といえるほど激しいキスであったが、エイカは絶対に離さないと言っているかのように両腕を双弥の首へ回し、がっちり固める。

 双弥はそれを引き剥がせず、エイカの頬に流れる涙が自らの頬にも流れていく感触をただただ感じていた。こんなエイカを放ってここを離れることはできない。



「だったら僕が創造神になるよ」

「ジャーヴィス!?」


 突然の申し立てに双弥とエイカはジャーヴィスへ顔を向けた。


「これでも僕は誇り高い英国の紳士だ。なんでもかんでも双弥任せにするつもりはないさ。こんなときだし、せめてカッコくらいはつけさせてくれよ」

「冗談じゃないわよ!」


 叫んだのはアセットだ。つかつかと速足でジャーヴィスの前へ歩いてくると、目の前で立ち止まり睨むようにジャーヴィスの顔を見上げた。


「あんたワタシと結婚するんだって頑張ってたんじゃない! それを無駄にする気!?」

「……うん。僕が今までやってたことは無駄になるだろうね。でも今やろうとしていることは決して無駄じゃないんだ」


 ジャーヴィスは少しかがみ、アセットと視線を合わせて言った。その真剣な表情を見たアセットは顔をゆがめポロポロと涙を流し始めた。


「……わかった。もう止めない……」


 アセットはジャーヴィスの胸を押し、体を離した。そして両手で涙を拭き取ると、エイカへ向かって睨みつけ叫んだ。


「だけど……破壊神! いるんでしょ!?」


『なにかしら?』

「ワタシを……ワタシを破壊神にしてよ!」

『はぁ!?』


 突拍子もないアセットの言葉に、破壊神の声が裏返った。


「ワタシが破壊神になればジャーヴィスはひとりじゃなくなる。ずっと一緒にいられるんだ! だからお願い……」


『んー、別にいいわよ』

「いいんか!」


 双弥、思わず突っ込む。あまりにもあっさり答えられたからだ。


『いやね、さっきの話で、私はなんで破壊神になったのかなって思い出せなかったのよ。それでよく考えてみたら私はどうして破壊神続けてるのかって疑問に思っちゃって。なので代わってもらえるならいいのでは? と』


 かなり雑な考えだ。

 どうやら破壊神は気楽な仕事らしい。というよりも破壊神が忙しい世界なんて恐ろしくて住めたものではないのだろう。



「アセット……いいんだね?」

「ジャーヴィスと一緒だし、退屈はしないと思うよ」


 ジャーヴィスとアセットは手を繋いだ。そしてふたりを歪めた顔の双弥らが見守る。


「双弥、そんな顔をしないでおくれよ。僕は死ぬわけじゃないんだから」

「で、でもよぉ」

「こんな僕でもみんなの仲間として戦えたんだ。そして最後の最後で世界を救ったのが双弥じゃなくて僕なんだ。とても誇らしいじゃないか!」

「バカヤロウ!」


 双弥は涙を浮かべつつ、拳でジャーヴィスの胸を小突いた。そして一言。


「……わかったよ。一番おいしいとこだけ持ってけ!」


 ジャーヴィスは無言のまま、にこりとほほ笑んだ。



「アセットさん!」

「あはは、ごめんねエイカ。こんなことになっちゃって」

「ほんとにだよ! なんで!? なんでなの!?」

「ワタシさ、さっきのエイカの台詞に痺れちゃったんだよね」

「えっ?」

「ソーヤがいない世界なんて滅べばいいってやつ。エイカはほんとソーヤが大好きなんだなぁって」


 先ほど自分が言ったことはかなりとんでもない台詞だった。改めて聞かされたことであまりの恥ずかしさにエイカの顔が真っ赤になる。

 そんなエイカの頬にアセットは優しく手で触れる。


「恥ずかしがることじゃないよ。むしろ自慢できるって。すっごくかっこよかった。ワタシが惚れそうになるくらいにね」

「で……でもぉ……」

「それでさ、エイカはワタシの最高の友達なんだよ。だったらその友達の恋路を応援したいじゃん。ソーヤがいればきっと叶うよ。だからさ、エイカもワタシの……ワタシたちのことを応援して欲しいな」

「う……うん……うんっ」


 泣きながら頷くエイカを愛おしそうに見ていたアセットは、申し訳なさそうな印象を受ける笑顔を双弥へ向けた。


「ごめんねソーヤ。こんな形でセリエミニ辞めちゃって」

「じょ、冗談じゃない! アセット……アーセはずっとセリエミニの一員だ! ただちょっと遠くに行っちゃっただけで。……ずっと、ずっとみんなの仲間だ!」

「……うん! ワタシ、みんなと一緒ですっごく楽しかったよ!」


 次に見せたアセットの顔は、最高の笑顔だった。


 こうしてふたりは世界の揺れと共に消えていった。

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