第125話
「────いい加減話を進めたいんだけどいいか?」
苛立つような双弥の台詞に全員激しく頷く。みんな双弥の本気の怒りに恐れを抱いたようだ。
もちろんエイカの目はキラッキラと輝いている。今なら子作りもOKしてくれそうなほど双弥に見惚れていた。反動とは、げにも恐ろしいものである。
辺りが静まり返ったのを確認した双弥はエイカの横に立つ。
「じゃあ紹介しよう。この子が破壊神の巫女、エイカだ……エイカ?」
「あぅんっ」
夢見心地といった感じでぼーっとしているエイカを肘で軽くつつくと少女とは思えぬ悩ましい声がし、双弥は慌てて肘を引っ込める。
「だ、大丈夫?」
「ななななんでもない!」
どう対処したらいいかわからぬ双弥はなるべく触れぬようエイカを気遣うが、思わずはしたない声を出してしまったエイカは両手で真っ赤になった顔を隠す。
もちろんフィリッポから「ちっ」と舌打ちされる。彼にとってじれじれ展開はうざったいのだ。恋愛はストライクゾーンど真ん中への直球勝負。それがフィリッポだ。
「まあえっとその、とりあえず彼女に呼びかければ大抵の場合破壊神は来てくれる」
双弥の言葉に魔王らはしかめた顔を向ける。エイカの反応に毒気を抜かれたせいもあるが、大抵の場合とかアバウトなもの言いから胡散臭さが漂っているせいだろう。
しかし破壊神も忙しい身であり、双弥にばかりかまっていられないのだ。致し方なしである。
それでも双弥からしてみれば破壊神の都合に合わせてばかりもいられない。遊んでいるわけではないのだ。
とりあえず疑っている3人に証明しなくてはならない。双弥はひとつ咳払いをし、エイカへ呼びかけた。
「破壊神よーい!」
当然のことながら、辺りは静寂に包まれた。破壊神は金○雲のように従順ではないのだ。そんな呼び方をしたところでやってきたりはしない。
「あ、あれ?」
「おぅい日本人。何も起こらねぇじゃねえかよ」
先ほどまで泣いてたハリーが何故か強気に言う。戦闘モードではない双弥なんてただのガキにしか見えないため、このような態度を平気でとれるのだろうか。
「えっとその……おい破壊神やい破壊神! 聞こえてるんだろ! 知ってるんだぞ!」
双弥はエイカの両肩を掴み前後にゆする。これにはエイカも困った顔を返すしかない。
当然、魔王3人は頭の残念な人を見る目で双弥を見る。それに対し双弥は焦りエイカに叫び続ける。
「うっさいわよ私の勇者!」
「やっと出てきたか……」
急に不機嫌そうな顔をするエイカ。これは破壊神が入り込んだと見ていいだろう。
「やっとじゃないわ! 私の! この! INTとLvがカンストしている私の僧侶のパーティーヒールがなければ仲間たちが死んじゃうのよ! わかってるの!?」
この
「破壊神が回復役なんてやってんなよ」
「いいじゃない! 破壊神だってたまには他人を回復させたいのよ! 癒し系破壊神! あると思います!」
本当に知ったことではないことをべらべらとしゃべるものだと双弥は呆れてしまう。
だがそんな話を悠長に聞いていられる暇はない。こうしている間にも破壊神がここにいられる時間は減っていくのだ。双弥は大きく息を吸い込むと破壊神エイカを見据えた。
「いいか、単刀直入に言う。魔王を倒した」
「え!? ま、まあ! まあまあまあ! さすが、さすがですわ! 私の勇者よ!」
それを聞いた途端不機嫌そうな顔が感動を伴った笑顔に変わり、少女のように飛び跳ねはしゃぐ。チョロイン系破壊神はありなのだろうか。
「んでまあ取り急ぎ元の世界に戻らせたい奴がいるんだけど……」
「あらぁ、元ハゲの勇者改め私の信者ですか? 今の信力では1人しか無理ですがどなたかしら?」
「いや、頼みたいのは俺たちじゃないんだ」
4人の勇者ではないことを聞かされた破壊神は怪訝な顔をする。以前の話では4人を戻すはずだったのだが、その間に何があったのか。
「あのですね、私の勇者よ。こちらの人間をあの世界へ送るのは関心しませんわ。あまりにもルールが異なるのですから」
「その点なら大丈夫。送りたいのはあいつらだ」
双弥が指した方向にいるのは魔王。しかし破壊神は彼らのことを見知らない。
「あの方たちは?」
「魔王だよ」
「は? えっ? はああぁぁぁ!?」
破壊神は驚きの声をあげ、双弥を、そして魔王3人の顔を見る。
そしてがっくりと膝から崩れ落ち、俯いてしまった。
「私の勇者が……私に嘘をつくなんて……」
「いやいやいや、ちゃんと戦って倒したってば」
「だったらなんで生きてるんですか!」
「その倒すイコール殺すって発想どうにかならないのかな……」
突然顔をあげて叫ぶ破壊神に双弥は困惑する。今まで散々味わってきたことであるが、やはりこの世界は物騒だ。
それはさておき、双弥は魔王の状況を簡潔に説明し、地球へ帰してやりたい旨を伝えた。
「──まあ話はなんとなくわかって差し上げますわ。で、そいつらを返してやって欲しいわけですか。ほんと私の勇者は甘っちょろいですわね」
「一応改宗も認めたんだからあんたの信者でもあるんだぞ」
「なっ……、ハゲの勇者どころかハゲの魔王までも!? ああ、今日はなんて良い日なのでしょう! ざまあみなさいあのクソッぱげ!」
「破壊神、口が悪くなってるぞ」
破壊神は慌てて口を手で軽く押さえる。双弥としては体がエイカなため品のない行動を謹んでもらいたいのだ。未だ女の子に夢を持っているのである。
「ところでどうやって元の世界に戻すんだ」
「あなた方の世界とこの世界を隔てている理の壁を破壊して穴を開け、一時的に繋げてその間に通すのですわ」
破壊神がどのようにして元の世界へ送るのか理解した鷲峰は、ふむ、といった感じに納得し割り込んできた。
「……なるほど。つまり1回で多人数も可能というわけだな」
「無茶を言いますわね。今の信力で開けられる大きさはせいぜい直径2メートル、時間だと2、3秒くらいなものですわ。これでは1人通るだけで精一杯よ」
確かにそのサイズと時間では1人通るのがやっとだ。
「ようするにそこへ一辺に突っ込めればいいんだな」
「何かいい手でもあるんか?」
「魔力が回復次第、俺のDDNPで一気に突っ込む」
鷲峰の強化版DDNPの超加速ならば確かに可能だ。ゼロからの加速でも1秒で30メートル以上進める。
「言っておきますが、この世界の恩恵はあちらの世界では得られませんわ」
その言葉に鷲峰は顔をしかめる。
時速200キロで突っ込み、あちらに行った瞬間シンボリックは消え生身で放り出される。しかも肉体強化も失った状態で。これでは事故とかいうレベルではない。自由落下のような衝撃が体に刻まれてしまうのだ。
しかし自由落下と違い、横方向の力だ。運が良ければそれほどダメージはない。そしてその可能性が最も高い場所といえば……。
「砂漠……ムスタファもいるし、中東ならば生存確率は高いか……」
「おいおい、それは無茶だ。そこの中東人ならまだしも俺たちはあらゆる意味で生存率が低い」
突然砂漠のど真ん中に放り出されてどうしろというのもあるし、社会情勢的な意味もある。できるだけ安全に元の世界へ戻りたいというのが皆の希望なのだ。
そのため雪山も却下。遭難する可能性が高すぎる。
「地面はアスファルトじゃないほうがいいな。砂漠でなければ草原とかで……。速度は60キロくらいならば……」
鷲峰がぶつぶつと呟きながら考える。しかし彼は大切なことを忘れていた。DDNPはハリーによって潰されてしまったのだ。一度揺らいでしまったイメージを回復させるのは容易くない。少し時間がかかる。
「そうだ! 全員を一気に送る方法があるよ! 僕らの足元に開けてもらうんだ!」
床が抜けて一瞬で人が消えるという、お笑いなどでよくあるやつだ。あれならば全員が完全に通過するまで2秒もかからない。
だがそれには難があった。
破壊神の説明によれば、異世界間接続にはルールがあり、いくら空間破壊とはいえそれを捻じ曲げられないという。
そのルールというのは、接続させる場所の状態は同様でなくてはならないということだ。
つまり空中で接続したら空中に、水中で接続すれば水中にそれぞれ繋がる。だから地面に開けても繋がるのは向こうの世界の地面であり、通過することができないということになる。
「ならば我々が飛び降り、着地する前に通れるようにすればいいだろう」
しかしそれには問題がある。タイミングを合わせて同時に行うとずれる可能性があるため、いっせーのせでやるわけにはいかないのだ。
そうなると全員で固まってどこかから落ち、その落下地点に開いてもらうのが一番いい。
この場合、破壊神に目測で確認してもらう必要がある。つまりある程度の高さから落ちなくてはならない。
「そうなると海……、いや、川に落としてもらうのが良さそうだ」
「だったらテムズ川がいいよ! ロンドン橋もタワーブリッジも見れるからとてもラッキーだと思うね!」
「いやここはハドソン川だろ。飛行機も犠牲者なく着水できたんだ。きっと俺たちも安全だ」
それぞれが自分の国を主張していたらいつまで経っても決まらない。
皆すぐに帰りたいというのもあるし、安心したいのだ。そして最も安心できるのはやはり自分の国である。他国はどちらかといえば異世界に近い。
「多数決じゃ埒があかないな。どこかで妥協点を見つけないと」
「オレはテムズ川でいいぜ」
「意外だね。フィリッポならセーヌ川だって譲らないと思ってたのに」
「川に落ちてずぶ濡れの姿でパリを歩けって? 冗談じゃねぇよ」
どういう経緯で落ちたかなんて周囲の人間には関係ない。そこにいるのはセーヌ川を泳いでいたマヌケなのだ。そんなことで笑いものにされることをフィリッポが許すはずがない。
ちなみに雨で濡れるのはアリである。仏国人男性は滅多に傘を差さないし、そもそも持っていないという人も少なくないのだ。
「だったら俺もテムズ川でいいや。英語が伝わりゃなんとかなるからな」
ハリーもそこに妥協点を見出す。国へ帰るために大使館へ向かうにも、やはり言葉の壁というものが大きい。
「へー、米国人って英語が話せるんだ! ColourをColorと書くくせに!」
「英語だって進化してんだよ。いつまでも原始的な言葉使いやがって」
「伝統や国の文化がない移民たちはこれだから……」
「あなた方は何か勘違いしているのではないですか?」
ジャーヴィスとハリーが言い合っているところで破壊神が水を挿してくる。
「どういうことだ?」
「私はあなた方の国を知りません。なので送ることはできませんわ」
「だ、だったら僕たちはどこへ送られると言うんだい!?」
「日本の世◯谷区ですわ」
「俺の地元じゃねえか!」
自分の地元を言われ反射的に吠えてしまった双弥だが、考えてみれば納得がいくものだ。
破壊神は双弥をこの世界へ引き込んだのだから、双弥が住んでいるところくらい知っていてもおかしくはない。
「わ、私は私の勇者のことをもっとよく知るため、あちらに居を構えてですね……」
「しかも住んでんのかよ! んでネトゲ三昧とか良いご身分だな!」
「私だって大変なんです! 毎週区域の掃除当番が回覧板で回ってくるし、ゴミの分別は細かいし──」
「こっちのほうが何千倍も大変だったわ!」
「あらあら、私の勇者はご近所付き合いの大変さがわかっていないようでいらっしゃる」
「だったらとっとと帰ってこいやあぁぁ!」
そもそも破壊神が自分の条件に見合う人物を異世界神ネットワークで検索して見つけたのが双弥であり、そのため双弥の周囲しか調べていない。いくら神だからといって異世界の国の全てを把握するのは容易ではないのだ。
もちろんネトゲにハマって自堕落な生活に溺れていたせいというのもある。彼女にとってよその国の情勢よりも効率のいい狩場を調べるほうが重要だった。
「嫌ですわ! せめて再来週の大型アップデートを堪能するまでは!」
「さっさと俺の世界から出て行け!!」
怒りマックスの双弥の叫びに対し、破壊神はよよと泣く。自分だって好きでいるわけではない。双弥のことをもっとよく知りたかったのだと。
もちろん双弥はそんな嘘泣きなどお見通しだ。日本にいたときの双弥はゲーム好きであったが、MMOなどは滅多にやらなかったため、ネトゲでは双弥を理解することができない。彼はせいぜいがキッズ相手にお山の大将を気取れるポータブルゲーム機で慣らした程度である。
そしてライトプレイヤーであるが故にテクニックが必要なゲームでは恐らくキッズ相手でも勝ち目はない。ならばと選んだのがポケ◯ンタイプの対戦可能型育成RPGである。
後に彼はこう語る。「ネトゲは偽りの世界で好きになれない。アドホックはいいぞ、相手がわかる。つまり偽れない」と。きっとネカマにでもひっかかったのだろう。
それはさておき、破壊神は世◯谷区周辺しかしらないということがわかった。正直なところ、これに大した問題はない。
そもそもの話、破壊神が招いたのは双弥だけであり、元の世界へ戻すのは双弥だけの予定であったのだから他の地域を知る必要がなかった。
「まあ戻れるなら日本でも妥協するさ。んで双弥、そのセタ◯ヤってのに川はあるのかい?」
「あるっちゃああるが……正直、深くはない」
一応隣県との境に大きめな川はあるが、大体のところで足がついてしまう。どの程度の高さから落ちるかわからぬが、下手したら骨折してしまう。そのまま溺れて水死でもしたらシャレにならない。例え腰くらいの水深でも足が使えなければ溺死するのだ。
「そんな! じゃあどうするんだよ!」
「覚悟を決めるか、或いは……おっとそうだ。近くに浄水場があったな」
「双弥、それはまずい」
鷲峰がそれをよしとはしない。
長く行方不明になっていた少年が浄水場で泳いでいた。もしそんなことが知れたら大ニュースだ。しかもほぼ言葉の通じない外国人同士数人で。
あまりにも謎が多すぎるこの不可解な出来ごとは世界中で取り上げられるだろう。そして「異世界に召喚された、などとわけのわからない供述をしており──」といった感じでアナウンサーが告げるのだ。
それに川ならまだしも、浄水場は人が管理している。バレる可能性がとても高い。更にはここから各家庭に水が届けられるため、世間から相当叩かれることだろう。海外勢はともかく鷲峰の今後が厳しい。
着地地点については後で話し合うとして、試しに直径2メートルほどの円を地面に描き、7人でその中に入ってみる。
これはかなり厳しい。鬩ぎ合い押し合い、とても空中でこの塊が綺麗に落ちるとは思えない。確実にはみ出してしまう。
「ところで空間と空間の間に触れたらどうなるんだ?」
「触れられませんよ」
「え?」
双弥は空間の境目に枠のようなものがあり、例えるならば普通のドアを通過するようなイメージを持っていた。だからその境目はぶつかると思っている。
しかし別の考えとして、その境界線は2次元──つまり厚さのない状態であり、鋭利な刃物のように切り落とされ、それぞれがこちらとあちらへ分かれてしまうという考えも持っていた。
「空間を無理やりこじ開けて維持するのですよ。どれだけのエネルギーがそこにかかっていると思っているのですか」
そこにあるのは超新星爆発程度では足りないほど莫大なエネルギーだ。なにせ超新星爆発のエネルギーでは異世界へ繋がらないのだから。ランクとしてはビッグバンに近い。
それほど高出力のものであるならば物体は接触する瞬間、蒸発するどころか原子核から崩壊を起こす。そこに気付いた皆は途端に顔を青褪めさせ、やはり全員いっぺんに帰るのは危険であると判断する。
全員が沈黙してしまい、このままここにいても埒があかないと破壊神はやる気のない顔をする。
「まあゆっくり考えて下さいな。私もあまりここへいると送り返すだけの信力を減らすことになりますから」
「そ、そうだな」
無駄に信力を使われるのも好ましくないため、双弥は破壊神にお帰り願った。そしてあちらの世界からコンタクトを取らず、こっちへ戻っていればもっと信力を抑えられるのではと気付き若干腹を立てる。
ともあれ今回は魔王たちと破壊神の目通し、そして元の世界へ戻る条件がわかった。これは進展と見ていいだろう。そう前向きに思うことにした。
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