第172話
「よし、見えてきたぞ! ジャーヴィス、やれっ」
「任せてよ! タービュラント!」
こちらへ勢いよく向かってくる電車に対し、手を突き出しジャーヴィスが叫ぶ。それに呼応するかのように空気が震える。
……が、なにも起こらない。
「お、おい! どういうこったこれは!」
「わからないよ! 第一これは一体どんな効果があるんだよ!」
ジャーヴィスたちが狼狽する。正体不明であるがとりあえず使ってみようという発想が悪かったのではないのか。
とはいえ試しているような猶予がなかったのだから仕方がない。
そしてぼけっとしていられる状況ではない。すぐさま次のアクションを起こす必要がある。
「よ、よし! 次はオレがやる! タービュラント!」
ハリーが叫ぶ。すると空から雲が棘へと変貌し、勢いよく地面へ突き刺さる錯覚をするような光景を目の当たりにした。
現れたのは巨大な竜巻だ。それが3つ。
やがてそれらは衝突しあい、ひとつの超巨大竜巻へと姿を変えた。
「つ、ツイスターだと!?」
ハリーはその姿に驚愕し、恐れ
「……なるほど、これが
鷲峰はその概要をなんとなく理解した。
タービュラント・シンボリックは自らの国の脅威、破壊の象徴を召喚するのではないかと推測。
アメリカの場合はツイスター。そうなると日本は地震か噴火であると思われる。
これが正しければジャーヴィスが使えなかったのも納得だ。なにせイングランドはほとんど脅威と呼べるものがないのだから。
そして超巨大ツイスターはやってくる列車と衝突。易々とその車体を持ち上げ巻き込み、粉砕していく。いくらなんでもやりすぎな気がするほどその威力は凄まじかった。
「……オオゥ、まるでブレンダーだね」
「おぞましいこと言うなよ。……あいつら生きてるかな」
もう既に車両はバラバラになってしまっている。これで生きていたら奇跡だと言わざるをえない。
実にあっけなかった。もう恐らくはテンペ◯ンス博士ですら修復できないほど粉々になっていることだろう。
しかし見るからに危険な大規模魔法だ。これならば対シンボリックでなくとも使えそうな気もするのだが、ほかの用途を伝えていない辺りなにか裏があるのかもしれない。
使用は慎重に行うべきだ。なるべく頼らないようにしたほうがいい。
「と、とにかく僕たちのタービュラント・シンボリックの勝ちだね。これなら炒めてないピーマンのほうがまだ手ごわかったよ」
「なにをさらっと自分にも手柄があるように言ってんだ。てめーは──」
「黙れ、前をみろ!」
じゃれあっているジャーヴィスとハリーに向かって鷲峰が押し殺した声で伝える。
この程度で死ぬはずがない。あまりにもあっけなさすぎてマンガにもならない。
巨大竜巻は消えた。だがまだたちこめる砂埃は消えていないため、目視による確認ができない。敵は今、どこにいるのだろうか。空か、陸か、地中か……。
「空だ!」
なにかに気付いたジークフリートが叫ぶ。全員が目を凝らして砂埃の隙間から空を見ると、そこにはこの世界に似つかわしくない航空機の姿があった。
「あ……あれはツポレフ154だよ!」
「知っているのかジャーヴィス! てか名前からしてロシアっぽいな」
ジャーヴィスの叫びに双弥が推測する。レフとかコフが最後についているとロシア語っぽく感じるという安易な発想だが、それはあながち間違っているとも思えない。
「そう、ロシアの飛行機だよ! そして通称はケアレス……」
なんてことだ。ジャーヴィスがシンボリックにより出現させるヘリはケアレス航空の貨物機だ。こんな奇異な偶然もあるのか。
いや奇遇でもなんでもない。そもそもケアレス航空なんて存在しない。ピアノ専門の輸送業なんて成り立たないのだから。
「攻撃されて脱出したか?」
「いや、恐らく最初から車両には誰も乗っていなかったんだろう。要するに囮だ」
ハリーの予想をムスタファが否定する。あれほどの竜巻の中脱出し、飛行機に乗り移るなんて全員で行えるとは思えない。勇者は体が強いだけで空を自由に飛べるわけではないのだから。
「航空機か……まずいな。あの高度から爆撃してきたら対処は難しい」
「それは大丈夫だと思うよ。あれは人員輸送機だから武装はしていないはずさ」
新勇者の人数を考えたら戦闘機や爆撃機では乗り切らない。ヘリでは高度や速度に問題が出てくる。実際のところシンボリックで出現させたものに関しては物理法則を魔力で覆すことができるのだが、ここへ来てまだ日の浅い彼らにはまだ理解できていないのだろう。
隙があるとしたらそこしかないのは以前から話し合っていることだが、それをどう活かすかはまだ誰もわかっていない。
「とりあえず……撃ち落としてみるか?」
「そうだ、アメリカには確か右翼ミサイルがあったよね! あれを使おう!」
「だからいちいち言い方が悪いんだよおめーは!」
ペトリオットミサイルのことだ。
「とにかくこの場で撃つのはやめよう。少し離れた場所がいい」
「なんでだ?」
「ここに降りられてもまずいだろ。もっと町から離れないと」
アーキ・ヴァルハラは文字通り生命線だ。
なにせこの町の住民は破壊神信仰者がほとんどで、しかも全世界の破壊神信者の中でもそこそこの割合である。ここを攻撃され住民に被害が及べば破壊神が弱体化してしまう。
鷲峰たちは地球の神から力を得ているとはいえ、それは破壊神を媒介している。つまり破壊神が弱れば彼らの力も弱まってしまう可能性が高い。
「その必要はなさそうだ」
鷲峰が上空を見ながら言う。飛行機は旋回し、高度を下げている。
迎撃を恐れたのか、それとも町への被害を考慮してかはわからない。それでも双弥たちには都合がいいことだ。これで心置きなく戦うことができる。
とにかく向かわねばならない。鷲峰はDDNPを再び出現させ、全員が乗り込み移動した。
「なあー迅」
「なんだ?」
「……ああいや、なんでもねえ」
ハリーは口を噤む。
DDNPは2人乗り4両の定員8名だ。だから全員で乗ることが可能である。
しかし鷲峰の召喚するDDNPは8両編成。つまり16人乗りということになっている。
今更の話であるが、これはおかしい。きっと鷲峰の記憶が間違っているのだろう。
だがそれを今言うわけにはいかない。余計なことを言ってしまい、また出現させられなくなったら困るからだ。世のアトラクションを愛する遊びのハリーとしては、こういう細かいところに気付いてしまうのだが、言えばいいというわけではないことくらいもわかっている。
それに正したところでこれから先不便になることも理解している。だったら逆に実は10両編成なんだと嘘を教えるのも手であろう。
飛行機が着陸したのは、町から外れた場所にある開けた草原だった。
そして機内から降りてくるのを見守る双弥たち。
「このまま飛行機ごとぶっ壊したほうが早いんじゃねえか?」
「一応話し合いみたいなことができればいいという期待があるんだよ」
「あんな派手なことしといて今更だけどな」
ジークフリートの返答に双弥は眉間にしわを寄せる。確かにあれだけ激しい迎撃をしておいてこちらに敵意がないなんて誰も思わない。むしろ殺意すら伺える。
「開いたぞ」
飛行機の扉が開かれた。双弥たちはいつでも剣を抜ける姿勢、だがあからさまな敵意を見せぬよう慎重に構えた。
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