第177話

「おーいアルピナー。競争しようぜー」

「いやきゃ!」


 慢心双弥は己の力がどれほどのものか試すため、アルピナを利用しようとした。

 しかし当たり前のように拒絶。アルピナは安い狐ではないのだ。


「そう言うなよ。あっそうだ! 俺に勝ったら干し肉あげるよ!」

「いらないきゃ!」


 拒否されている。これは手ごわい。


 最近アルピナはアーキ・ヴァルハラでお気に入りの肉屋を見つけ、更にそこからいい部位ばかりを拝借しているのだ。おいしい生肉を食べられるのに今更干し肉なんて食べる気が起こらない。彼女は贅沢狐である。


「あの、双弥様。そんなことをやっている場合では……」

「多分大丈夫だって。りりっぱさんは心配性だなぁ」


 甘っちょろい反応をする双弥。

 なにせ今の状態はなにもしていなくても最大破気を纏っているのと同じだけの力、防御力を得ているのだ。しかもその状態にも関わらず指ポロするほど新しい刀はよく切れる。

 今の彼は例えるならばスーパーサ◯ヤ人ゴッド状態であり、更に破気を取り込めばスーパーサ◯ヤ人ゴッドスーパーサ◯ヤ人のようなものになれる。もはや双弥に勝てるものはいないだろう。



「おいク双弥。今後の方針を話し合うぞ」

「ああ、いいのいいの。敵対することになったってどうせ俺がひとりで倒すから」


 あまりにもなめた態度に、鷲峰はかなりイラッとした。双弥はリーダーという名の雑用係なのだ。雑用係リーダーとしておこう。

 みんなの代表や先頭に立って率いる存在ではなく、全て押し付けられてやらされるというくっそ哀れな存在でしかない。

 そんなパシリが偉そうになにをほざいているのかと。


「あまり調子に乗っていると痛い目に合うぞ」

「迅は心配性だなぁ。だーいじょうぶだって」

「……勝手にしろ」


 鷲峰は双弥に愛想をつかす。少々甘やかせ過ぎたようだ。




「──というわけだ」

「ふん、半人前の日本人の分際で生意気な」

「おーし、いっちょやってやっか?」


 鷲峰は双弥を除いた他の勇者たちと相談していた。もちろん双弥とかいうダメ人間のことについてだ。

 あれはどうにかしなくてはならない。このまま増長を続ければいずれは彼が魔王扱いとされ、討伐対象になってしまう。

 いや、さすがにそれはないだろうが、とにかく元の双弥へ戻すべきだ。


「では一体どうするのか」

「幸い双弥には弱点がある。そこをつけば崩せる可能性が高い」


 双弥には最大の弱点があるのだが、それ以前に彼は弱点が多すぎる。

 それはさておき、双弥最大の弱点、それはエイカだ。彼女さえこちらに迎えてしまえば双弥なんてものの数ではない。いくらでも潰しようがあるのだ。


 そして更に幸いなことがある。それはエイカが今のような双弥が嫌いなのだ。彼女にとって双弥とは理想的で素敵なお兄さんでなくてはならない。そこから脱線した途端に彼女は双弥をSEKKYOUする。いつものパターンだ。


「よし、では早速行こう」


 鷲峰たちは双弥回帰作戦を決行させた。




「……えっ、またなの?」

「ああ。またなんだ」


 呆れ顔で伝える鷲峰に、エイカは深いため息をついた。


「それで今回の原因はなに?」

「ジャーヴィスだ」

「……それもまたなの……」


 大体ジャーヴィスのせいである。

 もちろんこのことはアセットに伝えられたうえ、ジャーヴィスは既に逆さ吊りの刑が処されている。


「わかっていると思うが、今は時期が悪い。新勇者たちは一旦引き返してくれたが、いつ戻ってくるかわからない。そして好戦的な方もいつ向かってくるかも不明だ」


 彼らもアホではない。守株なんてことを選択するとは思えないのだ。そうなるともちろん攻撃してくるはずである。他の新勇者たちとどのような絡みがあるかわからないが、もし通じていてここのことを話されたらまずい。


「じゃあ、うーんと……うん。丁度いいタイミングだから私がお兄さんを懲らしめておくよ」

「頼んだ。やはり双弥のような奴にはエイカのような良妻が必要だな」

「ええっ!? そ、そんなぁ、鷲峰さんったらぁ」


 鷲峰はもはや妻帯者であり、女性の扱いを学びつつある。こうしてエイカのやる気を刺激してやることも忘れない。





「ふふーんふーんふーん……ただいまーっと」


 上機嫌な感じで双弥は我が家へ帰り着く。しかし返事はない。

 いつもならエイカが向かえ出てくれるのだが、今日に限っては無反応。

 夕食の買い出しにでも行ったのかもしれない。ならば戻ってくるまでいつもの部屋でゴスロリ娘たちを愛でようと入っていった。



「…………ど、どういうことだこれ」


 双弥は驚愕した。ゴスロリ娘たちがエイカを囲って懐いている。


「あっ、お兄さんおかえり」


 ゴスロリ少女たちに擦り寄られながらエイカは双弥をちら見して雑な挨拶をする。


「か、彼女たち、意識戻ってたの?」

「そうだけど?」


 本来ならあの場所、エイカの位置にいるのは自分のはずだ。なんでこんなことになっているのか理解できない。双弥の心には妬みが湧き出す。

 しかしエイカもエイカで甘ロリ姿。ロリータたちの共演。これはこれでアリだ。

 それでも今の双弥はいつもと違う。普段の彼ならばそれを見ているだけで幸せを感じられていたであろう。だが今の双弥はそれで満足できなかった。


「よし、じゃあ俺も混ぜて──」

「あの、ちょっと気持ち悪いので寄らないでもらえませんか?」

「えっ」

「あなたのような男にお姉様を触れて欲しくないんですけど」

「あ、あの……」

「ああ、エイカお姉様、素敵です。あんな汚い男なんて放って私たちとずっと一緒にいてください」


 双弥は泣きながら部屋を飛び出した。

 エイカが双弥を好きになったのは、ずっと一緒にいてエイカのことを大切にし、面倒を見てくれていたからだ。だが彼女たちの面倒を見ていたのはエイカ。つまり彼女らにとっての双弥ポジションはエイカなのだ。

 完全にしくじった。双弥は己の間抜けさを呪った。



「──それで、こんな感じで良かったのですか?」

「あー……うん。お兄さんはたまにガツンとお仕置きしないといけないんだよ」

「お姉様も苦労なされてるんですね」

「まあー、うんー。でもね、お兄さんはいつもならほんとかっこいいんだよ」

「そうですかー」


 先ほどのあれはもちろん演技だ。双弥不在の間に意識がはっきりとした彼女たちに頼み、双弥の心をへし折ってやったのだ。

 そして大抵の場合、双弥は自分のことを色々考え直し、もとに戻ってくれる。彼には火傷するほどのお灸が丁度いい。


「だからもう演技しなくていいからね」

「いえ、折角ですし、もう少しこうしていていいですか?」

「あっ、私も」

「お姉様の体、あったかい……」

「ええっ!?」


 ……どうやら彼女たちは全てが演技というわけではなかったようだ。





「ここにいたのか」

「……迅」


 夕日に輝らされる町を一望できる丘の上、黄昏れていた双弥はDDNPに乗った鷲峰に発見され、腕で顔を拭った。泣いていたのだろうか。

 鷲峰はDDNPを降り、双弥の横に立ち町を眺める。



「……世の中、思い通りにならないもんだな」


 暫く見ていたら、急に双弥がそう呟いた。


「ああ。だから俺たちは常に慢心せず努力しなくてはならない」

「なんか随分と実感のこもった口調だな」

「最近ちょっとな……」


 鷲峰はチャーチストと婚約し、有頂天になっていた。世の中自分の思い通りにいくような気がするくらいに。

 しかし世の中はそう甘くない。実際に結婚となると世間からは現実の壁を突きつけられることになる。

 これは鷲峰の物語ではないため割愛するが、なかなか思い通りにいかなかったりし、努力してようやくその壁を越えることができたのだ。


「まあ俺のことはさておき、お前だ」

「俺?」

「そうだ。強い力を得たからといって、それで全てうまくいくと思うなよ。力だけではどうにもならないことこそが世界の真髄だ」

「……そうだな。悪い、俺はちょっと図に乗ってた」

「ジャーヴィスよりはマシだけどな」

「ああ、ジャーヴィスよりはな」


 2人は思わず吹き出す。そしてがっしりと握手をし、それぞれ家へ向かった。


 双弥は途中、逆さ吊りにされ頭に血が上りすぎて死にかけていた男を見かけた。

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