第185話

 双弥は頭を握り潰されたような錯覚を受けたが、実際には掴んだ指や手は双弥の頭をすり抜け、手首から先が顔に埋まっているような状態になっていた。

 しかしそこから体へ流れ出す神の気は、握り潰されたほうがマシだったと言えるほどの苦痛を双弥の全身に行き渡らせる。

 普通の人間だったら触れた瞬間弾け飛んでいただろう力だ。その程度の苦痛で済んでいるだけいいと考えられるかもしれない。


 双弥は苦痛の中、自我を保とうと必死にもがく。それでも次から次へと流れてくる力に脳が支配されていく。

 気が狂う寸前まで行き、一気に引き戻され、そしてまた気が狂う寸前まで連れて行かれる。拷問のほうが楽だ。今ならなんでも吐いてしまいそうである。



『ミナカ! それ以上やったら私の勇者が!』

『まだだ。まだこれからだ』

『肉体は作り替えたけど、精神は人間のそれのままなのよ! 崩壊してしまうわ!』

『この小童、一度壊してから作り直したほうがいいと思うのだが』

『駄目よ! 私はもとよりミナカだって直せないでしょ!』


 それもそうかと納得した天之御中主神は双弥から手を引き抜く。



 双弥は知識の中を漂っていた。全て天之御中主神から流れ込んできたものだ。どうやら神の気と共に入ってきてしまったらしい。

 人塁が未だ到達していない知識が多く、それはとても魅力的なものだが、捨てねば脳の容量が耐えられない。だがそれでも一部だけは手土産程度にさらっていく。


 小指の先に掠めたバター程度の量といえど、生物の進化の歴史ほどもある。双弥が行ったのはミクロン単位の情報収集だ。それでもいろんなことがわかった。



 破壊神が呼ばれていたレイという名前は、MMORPGで使っているキャラクター名で、ブレイクから取ったものであるとか、天之御中主神が言う「チュウ」とは一人称── 一神称であり、柱を読み替えたものだということ。そしてエクレアが好物であるらしいということ。

 あと双弥をセミと言っていたのは比喩で、人間に天之御中主神の力を入れるということは、セミの抜け殻に人間が入り込むようなものであると言いたかったようだ。



 折角の神の知識だというのに、双弥はなんの役にも立たぬものだけ拾っていた。実に残念な男である。せめて宇宙の始まりとかでも見ておけばよかったものを。


 そして双弥は自分の両掌をじっと眺め、ぐっと握ってみた。なにも変わった気がしないのだが、先ほどまで確かに神の力を感じていた。となると、神の力が全身へ行き渡った為、全ての力が上がっており、比率が変わらないため変化がないように感じているのかもしれない。


「……いける!」

『いやどこもいけんぞ』


 双弥のつぶやきを天之御中主神は即座に切り落とす。


「でも俺には神の力が──」

『さっき全部引っこ抜いておいた。だからなにも変化はない』


 双弥は顔を手で覆った。なにが「いける」だ。なにも変わっていないのに。これは恥ずかしい。


「じゃあなんでさっき俺は苦しい思いをしたんですか!」

『精神体をほじくるためだ』


 精神体。アストラル体や霊体とも呼ばれる、物質とは異なる双弥の根本を司る部分だ。天之御中主神は先ほど、それの内側をほじくり出していたのだ。例えるならトマトに指を突っ込み中身をほじくり出して空っぽしにしたような状態である。


「そんなことして俺は後でちゃんと元に戻れるのか……?」

『知らんよ。初の試みだ』


 なんということか。宇宙創成以来行われてこなかった初めてを双弥に……そうではなく、天之御中主神のやったことは前例がなく、この先どうなるかは誰も知らない。

 では何故そのような暴挙を行ったかというと、天之御中主神の都合がいいからだ。今の双弥を例えるならばハンドパペットであり、人の手を突っ込むには中身が空の方が入れやすいからだ。


 そして人が元に戻れるかどうかなんて知ったことではない。これぞ神クオリティ。


「俺、だんだん人間じゃなくなっていくんだな……」

『いいではないですか私の勇者よ。あなたの強さはもはや人間如きが到達できない位置にいるのですから』

「いやそこまでの力いらないし。というか人並みの幸せみたいなのが欲しかった」

『あなたの言う人並みは贅沢なので無理ですよ。それではこれから創造神を探してみますが、そちらも気を付けて下さいね』


 破壊神の言葉が終わるとともに天之御中主神は消え、時間が動き出した。



「──で、俺が思うに、やはりみこみーは天使で……おい聞いているのかク双弥」

「えっ? あ、ああ。髪を下したみこみー最高だよな」


 とっさに話を合わせる。

 そして鷲峰に先ほどの話をしようか迷う。だが言ってしまえば更なる深みへ巻き込むことになる。今更な話だと思うかもしれないが、神と戦うなんて話になったら流石に異なるだろう。


 大体、鷲峰を含む勇者たちは所詮神から力を借りているだけの人間だ。神の頂きに手をかけている双弥とは次元が違う。そんな彼らがこの世界の最高神である創造神とまともに戦えるはずがなく、それどころか盾にされたら戦えなくなる可能性もある。


 しかし必ずしもお膳立てされた状態で戦わせてもらえるわけではなく、巻き込んでしまう可能性がある。だからといってみんなから離れていれば、そちらを狙われた場合全滅してしまうかもしれない。現状、受け身になるしかない。


 そして破壊神との力の差は未だ歴然で圧倒的。だから彼女がなにかしてくれるのを期待できない。完全に天之御中主神頼りだ。


 とはいえ天之御中主神は他世界の神。創造新と直接戦うわけにはいかない。神は別世界の神と争ってはいけないというルールがある。それを破ってしまったら全異世界の神々から粛清を受けてしまう。基本不可侵であることが望ましいのだ。


 だが仲良くする分にはある程度黙認くらいはしてくれる。破壊神はそれを利用して神脈じんみゃくを作り、『代理だから問題ない』というほぼ黒なグレーゾーンによる支援を受ける。

 今回そのダークグレーを受け持つのが双弥だ。


 神により造り変えられ、闇の住人となった彼は考える。創造神との戦いのことは、やはり伝えるべきだと。そのうえで戦いに参加しないよう働きかけたほうがいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る