第175話

「じゃあ早速調べよう。まずは────」

「ちょっと待ちなさい! 私の勇者よ!」


 調べようとしたところ、破壊神エイカが乱入。さっきタービュラったのを感じとったのだろう。少し慌てている。


「どうしたよ破壊神」

「あなた方は今、なにをしようとしていたのですか!」


 えらい剣幕だ。これはいろんな意味で怪しい。双弥は少し突っ込んでみることにした。


「さっきタービュラント・シンボリックをハリーがやったんだけど、なんか別にシンボリック相手じゃなくても使えそうだったからちょっとやってみようかと……」

「はあ? で、できるわけないですわ! 絶対に空撃ちはしないでくださいまし!」


 とても怪しい。挙動が不審になっている。


「お前、なんか隠してるだろ」


 じっと正面から目を見る。

 すると破壊神エイカの目が泳ぎまくっている。誰がどう見てもおかしい。

 双弥はさらにプレッシャーを与えるためじっと見つめる。これがエイカの体ではなければつねって引っ張り上げていただろう。


「……仕方ないですわ。できれば教えたくなかったのですが」


 観念したのか、破壊神がタービュラント・シンボリックについて語り出した。



 タービュラント・シンボリック。それは破壊神の破壊神による破壊神のための破壊魔法である。その特徴とは『目的のものを完全に破壊する』といたものだ。

 つまり対象をシンボリックであるとすれば、シンボリックを破壊することができる。だが例えば『森の木』としてしまうと、全ての森にある木を破壊してしまう。

 もちろん継続時間があるため世界中のとはいかないが、少なくとも見える範囲のものは崩壊してしまう。



「──つまり、シンボリックにしか使えないよと言っておけばシンボリックにしか使わない。だから他への被害が抑えられるというわけか」

「ええ。私はあまり破壊行為は好まないから!」


 それで破壊神が務まるのかと皆突っ込みたくなるのを堪えた。彼女はあくまでも自称癒し系破壊神なのだ。他人から畏怖られるような存在ではない。

 という破壊神のことはさておき、ハリケーンの威力を見てしまったら他の影響を考えなくてはならなくなる。あんな危険な魔法をホイホイと使うわけにはいかないからだ。


「色々と腑に落ちないけどわかった。みんなにはそうそう使わせないようにする」

「なにリーダーぶっているんだい双弥は。きみは魔法も使えなければロクに戦うことすらできないんだよ」

「ぐっ……。お、俺は司令塔なんだよ!」

「なにを言ってるんだ。フットボールでは率先して戦うのがリーダーなんだよ」


 双弥はその場で体育座りをし、塞ぎこんでしまった。ジャーヴィスの言うことなんて聞き流せばいいのに、蓄積されていた悔しさが爆発してしまったようだ。

 もちろんこの余計なことをする男はみんなから袋叩きにあった。


 本人からしてみれば別にリーダーという意識はしていなかった。だけど好き勝手やる他の勇者や魔王たちをまとめている────というよりも、まとめざるを得ない立場であるということは理解していた。それに対し不満を言いつつも皆従ってくれていた。

 その理由は双弥が最強だからというわけではない。むしろそんなもので恐怖政治的なことはしたことがなかった。


 ならば何故皆が双弥に従っていたのかというと……面倒だったからだ。

 決断というものはとても大変なことである。責任がつきまとうし、失敗したときの罪悪感もあるだろう。

 誰かに従っていただけならば、言われたとおりにやっただけだと自らに言い訳ができる。全員がそれを双弥に擦り付け、楽に生きてきた。

 そんな双弥を失うわけにはいかない。鷲峰たちは双弥をおだてる作戦に出る。


「双弥、お前の立場は……あれだ、戦隊の長官的な存在だ」

「おっ日本のアレだな! ええと……そうだパワーレ◯ジャーだ!」

「アメリカではそういう名前だったな。そうだ、お前は皆からおやっさんと言われて親しまれるアレみたいなものなんだ」

「……おやっさんはただの喫茶店のマスターだ……」


 不覚、鷲峰はあまり戦隊などに詳しくなかったのだ。



「私の勇者はいつもこんななのですか?」

「大抵こんなだ」


 呆れ顔をしている破壊神の質問に鷲峰が答える。大体の場合こんなである。

 そして一度ふてくされるとなかなか戻ってこないという、実に面倒くさい男なのだ。


「……はあ、わかりました。少し甘やかせ過ぎたようですわね」

「なっ!?」


 破壊神がため息をつき項垂れたところ、双弥が急に消えてしまう。鷲峰は一瞬驚いたが、神がなにかしらやったのだろうと思い素に戻る。

 神直々のSEKKYOU。一体どんなことをされるのだろうと鷲峰はぼろぞうきんのようになった双弥を想像し、フッと笑う。





「えっ!? な、なんだ!?」


 突然辺りが真っ白になり、双弥は唖然とする。塞ぎこんでいるなか、急に体が軽くなったかと思ったら見慣れぬ場所にいた。

 とりあえず立ち上がる。しかしだからどうなるというものでもない。


「────剣を抜きなさい」

「えっ」


 突然放たれた声に、双弥は辺りを見渡す。しかしなにもない。


「いいから剣を抜かんかい! くそぉぼけぇはんかくさいしぇからしかぁごみぃくずぅ」


 なにを言っているのかわからぬが、罵っているつもりらしい。よくわからないが仕方なしに双弥は妖刀を抜いた。


 すると目の前には様々な色が沸き立つように現れ、混じり合い、混沌カオスが生まれる。

 その光景を暫く眺めていると、やがれそれらは人の形を成した。


 女性だ。齢にして20過ぎくらいの、闇のような長い黒髪をまっすぐ下したなかなか悩殺的な体の美女が、髪と同じような漆黒の刀を持って構えている。


「それでは参りますわ──」

「ちょ、ちょっとストップ!」


 双弥は慌てて止めた。

 妖刀を抜かせ、あちらも構えている。これから戦おうというのはすぐ理解できた。しかし誰だかわからない人から突然戦いを挑まれるというのは、あまりいいものではない。

 特に相手は綺麗な女性だ。双弥でなくとも戦いたくないものだろう。


「問答無用! いざ──」

「だから待ってって! その、ええっと、こういうのはもっとお互いによく知り合ってからのほうが……」


 なにを言っているのかこの処男チェリボーは。そんな感じの視線で女性は双弥を見る。ちょっとモジモジしている様が若干キモい。


「いい加減になさい、私の勇者よ! 覚悟──」

「あーあーあーあーあー!」


「……今度はなにかしら」

「私の勇者って……お、お前、いや、あなたは破壊神!?」

「なにを今更……って、この姿を晒すのは初めてでしたわね」


 目の前の女性、破壊神はジト目の顔を傾げ、片手で後髪をファサッとなびかせた。

 とうとうエイカではない本当の破壊神の姿を拝むことができた。

 今まで散々エイカの体じゃなければ殴ってたとか、エイカの姿をしていなければ蹴っ飛ばしていたなどと考えていたのだが、それらが全て吹き飛んだ。


 目の前の女性が朝ジャージ着てゴミ出ししていたり、嬉しさのあまり悶え転がっていたのだと想像すると、双弥の心になにかくるものがあったようだ。


 ……かわいい。双弥の破壊神への認識がそうシフトされた瞬間だった。


「まあ、納得していただいたところであなたの性根を────」

「まいった! まいりました! 俺……いや、僕の負けです!」


 双弥は安い頭を地面へつけ土下座し、その姿勢のまま横に転がり腹を見せる服従のポーズへ移行する。あまりにも流麗なその動きに破壊神は一瞬見とれる。


「な、なにをなさってるのですか?」

「いやその、僕は破壊神様の下僕ですから」

「でしたら命令です。戦いなさい」

「そんな、もしその美しいお顔に傷なんてついたら……」

「えっ!? う、美しい!? やだもう、私の勇者ったら口が上手いですわっ」


 赤らめた顔を手で覆いながらテレッテレになっている破壊神。チョロい。


「それで、できたらお姉さまって呼ばせてください!」

「ええそれはもうやぶさかではないですが……それよりも私の勇者はロリコンだと認識していたのですが?」

「あ、はい」


 素直にロリコンであることを認める。だがロリコンとはいえ年上の女性の魅力を認めないわけではない。美しいものに惹かれるのは世の常であり、更に言うなら双弥は胸の育った女性にも好意を持てるハイブリッドタイプなのだ。

 そもそも、双弥がこの世界へ来てからもう2年。まだ幼さが残っていたリリパールも今では立派なレディになっているし、エイカもとっくに大人の階段を登っている。だから双弥もいつまでもロリにこだわっていられない。


「……私はそれに対して良し悪しを決めませんが……そうですわ。私と勝負し、もし私の勇者が勝てたらなんでも言うことを聞きますわ」

「えっマジで!? ……ああいや、でもなぁ……」


 一瞬喜びの声をあげるが、すぐに顔をしかめる。

 理由は簡単だ。なにかやらかした場合、エイカにバレる可能性が高い。彼女は破壊神の巫女なのだから。

 それで及び腰になっていると破壊神はなんとなく理解をし、にやりと笑う。


「もちろん他言無用ですわ」

「よっしゃコラいくぞおるあぁぁ!!」


 双弥は妖刀を構え、神をも滅ぼすのではないかというほどの速度で襲い掛かった。

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