第136話

「ど、どどどどういうことです!? 相手は!?」


 リリパールは一瞬にして取り乱した。愛国心の塊のような少女にこの言葉は脳を麻痺させるのに充分であったようだ。


「ファルイとルートンの連合じゃ。戦火が上がったのは3か月前。キルミットはよくもっておると思う」

 それを聞き、リリパールはギリッと奥歯を噛み締める。

 その獣のような殺意が隠った表情からは、憎悪と共に自らの失策を悔やんでいるのが伺える。


 ファルイは大陸トップクラスの強国だ。そんな国が建前上弱小国であるキルミットへ戦争を挑むなどと思っていなかった。

 リリパールにはちょっかい出していたとしてもそれはそれだ。王者にはそれに相応しい風格というものがある。雑魚同然の公国ごときへ無駄に牙を剥いたりしないだろうと高を括ってしまっていた。

 だがそんなものはただの理想であり、実際にはそういかぬものである。どれ程強かろうが野獣に理など存在しない。それと然程変わらないのだ。


「……ごめんなさいイコ。少し取り乱しました。とりあえず詳しい話をお願いします」


 リリパールは旅を経て成長していた。いつまでも取り乱したままのあのころとは違うのだ。今ではすぐ冷静さを取り戻すことができる。

 そんなリリパールの変化にイコ姫は気付いたが、今その話はどうでもいいため話を進める。



 3か月前、ファルイが突然の宣戦布告。国境付近は現在膠着状態に陥っている。

 公国如き簡単に落とせると思ったのだろうが、キルミットはへたな王国よりも広大かつ強大なのだ。よもや侵攻しようとした軍が跳ね返されるなんて思ってもみなかったらしく、現在国境付近にて睨み合いとのこと。


 これはイコの予想通りであり、キルミットはリリパールにより弱小国家と見なされているだけの強国だ。なにせそこは公国の皮をかぶっただけの王国なのだから。



 昔、キルミット公が仕えていた王が崩御し、王子が即位。しかしここに問題があった。

 まだ若き王が残した子供は1人だけ。これから増やそうという矢先のことだった。

 しかもその王子は生まれつき体が弱く、王となってから1年ほどで倒れる。ここで王の血統が途絶えてしまった。


 そんな混乱を抑え、国内をまとめたのが2代前のキルミット公。キルミット公爵家は昔から王家へ強く忠誠を誓っていたため、いつか隠れた王の血統を持つものが現れたとき国を明け渡せるよう、この国を自らの国とはせず暫定公国としていた。

 ようするに王国と中身は何も変わらない。むしろ豊かな国土にて食料や木材、鉱石などの輸出を行い、蓄えた外貨で軍力をあげている富国強兵政策を行っている国なのだ。



「い、イコは! タォクォはなにをしているのですか!」


 やはり堪えきれず再び取り乱すりりっぱ。多少成長した程度で本質がそう変わるものではなかった。所詮りりっぱは小童こわっぱである。


「……すまん、わしの力じゃ加勢を止めることしかできないのじゃ……」


 リリパールの激昂にイコ姫は申し訳なさそうに答える。


 実際イコ姫はよくやっている。ファルイ、ルートンとタォクォは四カ国同盟を組んでおり、表面上の仲は良い。

 ここでキルミット西側にある2国に加え東側のタォクォが挟撃すればひとたまりもなかっただろう。


 といっても同盟だから参戦しなくてはならないということはない。総意を持って攻撃した、或いは先方キルミットから攻めてきたわけではない。ファルイが勝手に攻め、ルートンがそれに便乗しただけだ。

 ちなみにデオヴァエ王国が参戦していないのはキルミットから遠いからだ。国をまたいだ遠征はメリットよりもデメリットのほうが大きい。行きに時間がかかり、戻りにも時間がかかる。それだけの長期間国内の兵を減らしてしまうのはよろしくないし、かといって少数しか送らないと無駄に兵を失う結果となる可能性が高い。そのうえ勝ちを得ても手柄は参戦した同盟で分割。土地を手に入れても長距離の輸送が必要になるし他国を跨ぐ際に税金が必要となる。分けた土地も戦果に応じてであれば手に入る面積も少ないだろう。これでは戦い損となってしまう。


 そもそもファルイの理不尽な言い掛かりから始まった戦争だ。強国の行いだからとはいえ周辺国に不信感を与えてしまうことは避けられない。便乗しているルートンもそうだが、チンピラ国家というレッテルが貼られてしまうのだ。

 イコ姫はその件を強調し、なんとか王を止めている。



「な、なんでですか! あなたは第一王女じゃありませんか! 四カ国同盟を破棄させキルミットにつくくらいの進言──」

「冷静になれリリパール! ここはキルミットじゃないんだ! 姫の言葉に力がなくても仕方がないんだよ!」


 双弥が狂乱状態のリリパールの肩を掴み、言い聞かせる。

 継承権を自ら拒否した末娘のリリパールの言葉に皆が耳を貸すのは、国民、そして公のアイドルだからだ。他国に同じものを求めるのは酷というものだ。実際のところ通常の国では、姫如きに国へ対しての発言権など大してない。


 もちろん姫の発言権が強い国もある。その代表といえるのが女系女王制のファルイだ。


「だ、だったらどうすればいいんですか……。私は……。キルミットは……」

「そんなの決まってるだろ」


 泣き出したリリパールの後頭部に双弥はぽんと手を置いた。


「俺を頼れ。俺は破壊神の勇者だがキルミットの勇者でもあるんだ。敵部隊は軒並みキルミットから追い出してやるよ」


 双弥の笑顔を見たリリパールは、張りつめていた気が緩み崩れ落ちた。




 リリパールを抱き上げ、グリーン車のシートへ置くとすぐに新幹線を走らせた。向かう先はもちろんキルミット公邸。エイカとアセットにリリパールを任せ、双弥たちはイコ姫に現状を聞きつつ勇者会議を行うことにした。



「──よく言った、と言いたいところだが、実のところどうするつもりだ?」

「ええーん助けて迅えもおぉぉん」


 青狸と同様の扱いをされた鷲峰は思い切り双弥をぶん殴った。


「姫の前だけ格好をつけやがって。そのうえで俺に頼るな駄目勇者代表め」

「だ、だってよぉ」


 悲しみに暮れる姫に手を差し伸べる。勇者になったらやってみたいランキングで上位に入っているシチュエーションだ。これを逃す手はない。いやむしろ待ってましたというべきか。

 だからといって案も策もなしにやって他力本願とは言語道断であるが。


 それでも策があるからそれをしようなんて準備よすぎる展開もない。そして考えるから待っててなんて言うのも情けない。結局ああ言うしかなかった。


「わかっていると思うが、こちらの戦力は少ない。戦局をひっくり返せるなんて簡単にできると思わないほうがいい」

「いやまあそうなんだけどさ……」

「全く双弥はいつもそうやって先走って周りを振り回すんだ。もっとみんなのことを考えて行動するべきだね」

「おめーには言われたくねーよ!」


 遠心分離機のように他人を振り回すのはジャーヴィスのオハコであり、どちらかといえば双弥は分離寸前まで振り回されているほうだ。

 但し条件付きで双弥は周囲をハリケーンが如く巻き込む。だがこれはゴスロリ教の悲しいさがである。世間の人々にはそこらへんの理解を願いたい。



「とにかく今どうなっているか教えて欲しい」


 アホ2人の言い合いが始まったため、デキる男鷲峰はさっさと話を進めることにした。


「先ほども話したのじゃが、北西からファルイ、そして西側からルートンが攻撃しておる。キルミットは2箇所に兵を割かねばならん厳しい状況じゃ」


「なるほど。だが俺たちが分かれて戦うのは得策ではないな。どうしたものか……」

「戦について妾は詳しくない故助言はできん。じゃが勇者は1ヵ所――――ファルイに集中したほうがよさそうじゃ」


 ルートン側もアホではない。キルミットの兵士が洗練されており強敵なことくらい初突で感じていた。打ち破るにはかなりの被害を覚悟しなくてはならないだろう。

 ならばファルイにばれぬよう手を抜く。つまり直接な衝突を避けていると推測される。


 被害が少なくファルイに義理立てでき、ファルイが負けたとしても大した被害を与えていないため賠償も抑えられる。そのうえもし勝てたならば共に戦った同盟としてそれなりの権利を主張できる。かなりな狡猾さだ。


 そんな感じだと予想されるため、わざわざ勇者を分けずファルイに集中したほうがいい。


「稚拙な推測ですまないが、まあこんな感じじゃと思うぞ」

「イコ姫はあちらの姫と付き合いが長いだろうし、ここはそれを信じてみようと思う」

「なんだかんだ言って助けてくれるんだろ? 水くさいぞ迅えもん」


 迅えもんの高速フックは双弥のあごをかすめ、脳震盪をおこさせる。迅えもんは青狸ではないため助けてくれるとは限らないし不気味なポッケも持ってはいない。

 頭がぐらぐらしている双弥の意識がはっきりしたところで迅えもんは腕を組み、顔をそむけつつ言葉を続ける。


「まあ手を貸すつもりではある。試してみたいこともあるからな」

「試す? ……まさか」


 双弥の驚く顔を横目で見、鷲峰は不敵な笑みを浮かべた。


「ああ、新しく手に入れた力、“時代魔法ジェネレーション”のな」

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