第26話
「へー、ここが獣人の……集落?」
双弥が辺りを見回すと、家らしきものは全くなかった。
あるのは草や枝を固めたようなテントらしきものと穴だ。
ここが集落であると前もって言われていなければ気付かないようなものであり、山奥にあるのも相まって人間からは完全に隔離されているのだと伺える。
「お前ら普人族からしたら住めるようなものではないだろう。だが獣人はこれが普通なんだ」
「へ、へぇ」
野生動物だと考獲ればおかしくはない。しかし彼らの場合、姿はほぼ人間だ。このような場所で寝食できるとは考えにくい。
気になった双弥は手近な穴の中を覗きこもうとした。
「おい、勝手に覗くな」
「え?」
「他人の住処だぞ。お前ら普人族は他人の家を勝手に覗くのか?」
「あ、ああ。すまん」
失念していたという感じで双弥は穴から離れる。
そしてキョロキョロと辺りを見回す。
先ほどからずっと監視している連中以外からの視線は感じられない。かといってこの集落総出で見ているわけでもないだろう。
となると他の住人たちは穴の奥深くにいるということになる。
普人族が来ても気にならないのか、怯えて震えているのか。
「他に誰もいないのか?」
「出てこないよう命じてある」
「何故だ」
「危険だからだ」
双弥は武器を全てエイカに渡し、何もしないよとアピールした。
だが双弥の無手での強さを先ほど味わった虎柄はそれを無視する。
「じゃあどうしたらいいんだよ!」
「どうもこうも、とっとと去れ」
「俺が何しに来たと思ってんだ!」
「アルピナを運んできただけだろ」
双弥はエイカから武器を毟るように取り、威嚇するように構える。
そして一気に破気を放ち周囲を覆った。
「てめぇ、何を……」
「いいからとっとと出せ!」
獣人たちに戦慄が走る。
多分あの虎柄がこの集落で一番強いのだろう。それをいとも簡単に倒した双弥が本気で暴れたら手の打ちようがない。
後はもう玉砕覚悟で全員特攻をするか、大人しく降参するしかないのだ。
そのとき唸り声が聞こえた。アルピナだ。
足を広げ、地を這うくらい姿勢を低くし、双弥に向かって睨みつけている。
「何すんのきゃ! ここはアタシの縄張りきゃ! 勝手なことしないできゃ!」
「あ、いや、これは……」
これには双弥もたじたじだ。
アルピナに手を出せないというのもあるが、もし本気で戦うようなことがあった場合、双弥が勝てるか怪しい。
双弥が限界としている破気の量ではアルピナの速度に到底追いつけないからだ。
破気は肉体性能を上げることができる。だが聴力からわかるように、上がるのはあくまでも力と速度だけ。動体視力などは元のままだ。
つまり現状でアルピナの動きが見えない以上、破気を取り込んでも意味がない。
とはいえもし対峙することがあったとしたら、双弥はすぐに降参するだろう。
「申し訳ありませんでした!」
再びの頭割り土下座である。といっても地面が土のため、額を割ることはできないが。
突然の行為に獣人たちは何が起こっているのか理解できずにいるが、虎柄は何かしらを悟り、にやりと笑う。
「おいアルピナ。そいつを捕縛しろ」
「うるさいきゃスターリング。偉そうにするなきゃ」
どちらが偉そうなのかわからないが、アルピナに睨まれ虎柄──スターリングは頬がひきつった。
見た感じ力はスターリングのほうが圧倒的に上だろうが、アルピナの速度を捉えることはできそうもない。
僅かな差であれば光明を見つけることもできるが、明らかな差は縮めることができない。
「ならばどうするんだ? アルピナよ」
「お腹空いたきゃ。ごはん出してきゃ」
どうやらアルピナは空腹で気が立っていたようだ。
「おいしくないきゃ! ふざけんなきゃ!」
理不尽な怒りでスターリングに蹴りを入れつつアルピナは用意された謎肉を食べていた。
その姿を見て双弥は恐る恐る干し肉を出すと、アルピナがもの凄い勢いで飛びつき奪い食っていった。
「おい普人族」
「なんだ虎柄」
「どうしてくれるんだ! アルピナが余計な味を覚えちまったぞ!」
「うっせえな、俺のアルピナにロクなもん食わせてなかったのが悪いんだろ!」
先ほどまでの張り詰めた空気が吹き飛び、双弥とスターリングは並んで干し肉を貪るアルピナを見ながら話していた。
完全に毒気が抜かれたような状態である。
「んでいつまでここにいる気だよ。見るモン見たらとっとと帰れよ」
「まだだ。まだ望みが叶っていない」
ここでのやりとりから、双弥はきっと少女らに危害を加えることはないとわかっている。
しかし変に餌付けされたり、妙な癖を付けられたらたまらない。
だが双弥に逆らえる術もなく、堂々巡りを続けるつもりもない。仕方なしにスターリングはひとつの穴へ双弥を案内した。
「狭い穴だな。本当に住んでるのか…‥ってなんだこりゃ」
穴の奥に下へ伸びる穴があり、そこへ入ると木枠で覆われた部屋があった。
12畳ほどの広さに、どこから取り入れているのか陽の光が入り込んで明るい部屋。
人目に触れても気付かれないよう、このような構造で住んでいるのだろう。双弥も騙された気分になり、先ほどから気配があるベッドのような寝床に目を移す。
そこにいたのはアルピナと同じくらいの猫耳少女。
「ふ、ふおおぉぉぉぉっ」
飛びつこうとした双弥をスターリングは蹴り飛ばした。
「いってぇな、何すんだよ!」
「頭を冷やさせてやったんだ」
「わ、悪い…‥」
双弥は落ち着き、怯える猫耳少女にそっと手を伸ばした。
「ほーら怖くないよー……ってぇ!」
ひっかかれた。
「ったく、何やってんだか。こいつは普人族で変態だけど大丈夫だ。少し触らせてやってくれ」
少女はビクビクしながらも双弥に目を向けた。
動いたら怯えさせてしまうと思い、双弥はその場で手を伸ばし、じっとすることにした。
少女は何故かそれに興味を持ち、近づいてきた。
双弥は知っている。猫は指をつきつけると匂いをかぎにくるのだ。これは習性を利用した卑怯……もといファインプレーといえるだろう。
獣人とはいえ野生の習性は消えていないようだ。
「って、お前は呼んでねぇよ!」
つられて寄ってきたスターリングに双弥は思わず蹴りを入れてしまった。彼もネコ科らしい。
「ち、違う。オレはこんな…‥こんな…‥くっ」
スターリングは走り去ってしまった。
暫くして戻った頃にはもう遅く、双弥は猫耳少女の撫で奴隷として働いていた。
「それでお前よ、結局何しに来たんだ?」
「そりゃケモミミ少女を愛でにだな」
「正直なところ話してみろ。それだけのためにここまで来たとは思えん」
スターリングは双弥のことを見透かしていた。双弥かてわざわざケモミミを触るためだけにこんな山奥まで来るほど高度な変態ではない。
「ああ。長老というか、ここのリーダーと合わせてくれ。聞きたいことがある」
再び戦慄が走る。
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