第48話
────そしてまた馬車の中は沈黙に包まれた。
みっともないほど隙だらけになった双弥は自分を情けなく思い、そこを攻撃したエイカは自分を卑怯な人間だと嫌悪している。
戦いとは試合ではないのだ。戦う意志を見せた時点から隙を見せるほうが悪い。始めも終わりも採点もない。
あれはもはや隙ではない。油断だ。殺されてもおかしくはない。いや、あそこで双弥は死んだのだ。
今いる双弥は……仮に双弥マーク2としておこう。いずれマークXになることを期待して。
しかし結局双弥は双弥であり、なにも変わることなく2人で気まずい空気を出していた。
(こういうときこそほれ、アルピナ。空気を読まずに……)
馬車に揺られながらも気持ちよさそうに寝ているアルピナを恨めしそうに見ていたが、さすがにこれは八つ当たりに近いために窓の外を眺めることにした。
双弥とエイカはまるで喧嘩をしているようにお互い逆の窓から外を見る。
『ご主人、なにやら面白いものが接近しているぜ』
その空気を変えたのは意外にも刃喰であった。
双弥はまずアルピナを見る。すると何かに反応をしているのか、耳がピシッピシッと動いている。
「ねえ、あれなにかな」
次に声を出したのはエイカであった。どうやら後方を気にしているらしい。
そちらへ双弥が目を向けると、遠くのほうから夥しいほどの砂埃が舞っていた。
どうやらその正体は馬車の群れのようだ。双弥は前方をノックし、御者へ合図を送り後方から馬車がやってくることを伝え、広くなっている道の端に停めさせた。
「なんでしょうかねぇ、あれ」
「さぁ……。どちらにせよ先に行かせたほうが面倒がなくていいんじゃないか」
御者と双弥が話している間にもそれはどんどん近付いて来、やがて双弥の乗っている馬車の手前で減速。通り過ぎたかと思ったら停車し、囲うかたちになった。
「なっ、なんだぁ!?」
よく見ると箱馬車は先頭の3台だけ。あとは荷馬車に大量の人間を積んでいた。
一瞬盗賊かと思われたが、馬車で盗賊とかありえない。そしてその荷台の男たちを見て双弥は大量の汗をかいた。
見たことのある軍服に、見たことのある紋章。そして……よく知る軍旗。
わかったときはもう既に遅い。前方の箱馬車の扉が開けられ、中から現れたのはキルミットの公族──リリパールであった。
「双弥様? おられますよね? 双弥様!」
双弥は外から見えないよう、床にうずくまった。
(なんでだ!? なんでリリパールがここにいる!?)
今までにないくらい双弥は狼狽えている。
それも仕方のないことだ。本当に何故こんなところにいるのか。ひょっとしたら双弥に何かしらのチップでも埋められており、GPS的なもので監視されていたのだろうか。
「そっおやっさまぁー。リリですよぉー」
かわいい感じに叫んでいる。だが双弥はダマされない。
何が起こっているのか不安でキョロキョロしているエイカはこの際放っておくつもりだ。リリパールはエイカに決して危害を加えようとはしないはずだから。
「はぁやっくしっないーと……この御者、殺しますわ」
急なトーンの落ち方に、ガタガタッと双弥が震えた。
双弥は知っている。リリパールが本気であることを。他国の人間であれば誰だろうと容赦はしないのだ。
「エイカ」
「う、うん?」
「あいつらはエイカになにかすることはないから安心してくれ」
「えっ、あ、うん……」
「だけど俺とアルピナはまずい。わかるな?」
「……うん」
「だから俺が合図をしたら扉を開けてくれ。アルピナを連れて一気に逃げる」
「……わかった」
小声でこっそりと打ち合わせをし、双弥は妖刀と刃喰を装備し、アルピナをそっと抱いて飛び出す準備をした。
呼吸を整え姿勢を低くし、足の裏を扉と逆側の壁に付け、前を見据える。
「今だ!」
叫んだ刹那、エイカは思い切り扉を開ける。その空間へ一気に体を放り込む。
「ぶっ!? げっ」
その作戦は完全に見切られており、飛び出した瞬間、文字通り網にかかってしまった。
「くっ、うっ」
勢いがよすぎたため、完全に絡まってしまっている。もがけばもがくほど深みにはまってしまう。
「チクショウ、ばくら……」
「そぉやさまぁ? お久しぶりですねぇ」
悍ましいほどの笑顔で双弥の前に立つのはもちろんリリパールだ。
腕を組み仁王立ちしている姿は恐怖の一言でしか言い表せられない。
「や、やあ……ひさしぶり、りりっぱさん……」
「探しましたわよぉ。お元気そうでなによりねぇ」
りりっぱさんの一声一声にびびりながらも、なるべく刺激をしないような言葉を選び喋る。
双弥にとっては会ったこともない魔王よりもりりっぱさんのほうがずっと恐ろしいのである。まさにラスボス級。
「そそそそれでなななんのようでしょうか」
「すっとぼけなくても結構ですよ、そぉやさま。それはあなたが一番よく知っていることではないでしょぉか?」
思い当たるふしはいくらでもある。だがなにに対して怒っているのかはわからない。藪をつつくより確実そうなものを選んだほうがいい。
その前にまず言い訳だ。
「だけどほら、俺、勇者って認められたじゃないか」
「うふふふふ。おかしなことをおっしゃいますねそぉや様は。なにをもってお認めになったと思っているのかしら?」
「そりゃ……見せただろ。シンボリック……」
「あはは、愉快なことを。シンボリックは数日で消えることくらい私も知っていますよ」
イコ姫伝いに聞いたのだろう。双弥はこの場にいないジャーヴィスに対して舌打ちをした。
そして双弥の立派なシンボリックは未だタォクォの地にそそり立っているのがわかった。酷い話だ。
「それで……俺はどうすればいいんだ?」
「大人しく捕まり、一生地下牢で過ごしてくれるだけでいいんですよ。ええ、ただそれだけです」
嫌の度を越した願いを叶えるわけにはいかない。双弥は激しく顔を横に振る。
途端、りりっぱさんの顔は不機嫌になり、顔を斜に構え見下した。
これ以上好きに言わせるわけにはいかない。双弥は網に絡まりつつも土下座した。
「お願いです! 俺がこの手で魔王を倒したいんです! やらせてください!」
「ふぅん。倒してどうなさるおつもりですか?」
「……もし倒したら地球へ帰してくれると神が言ったんです。だからっ」
それを聞いてりりっぱさんの顔色が変わる。
先ほどまでの能面のような血の通わない顔から一変、少し赤みを帯びたようになった。
「ま、まあ。双弥様はお帰りになりたいのですか」
「あ、ええ、一応……」
厄介者である双弥には早いところ退場して欲しいのだろう。
「ええっとそれは……。いえ、ならば仕方ありませんね……とてもよろしいことだと思います……」
少々煮え切らぬ言い方だが、今度は逆に応援してくれる感じになった。ともあれこれは好機である。溺れる者は藁をも掴む。双弥はすかさずその流木にしがみついた。
「で、ですよね! 俺が帰ればりりっぱさんも安心して暮らせるわけですし」
「そうですね……。私としても異議はありません」
リリパールは少し考えているようだ。その間双弥はなんとか網から抜け出し、そっとアルピナを馬車の中へ隠した。
「そ、それじゃ俺はこの辺で……」
「ま、待ってください!」
話を切り上げようとする双弥を慌てて引き止めるリリパール。このまま行かせたくはないらしい。
「ちゃんと監視する人がいなくてはいけないと思います。義務です」
「いや、それは別に……」
「仕方ありません。世界のため、キルミットのため、私が犠牲となり双弥様がちゃんと魔王を倒すのか見届けます」
最悪である。
この少女は双弥が好きなのか嫌いなのかあまりにも不明だ。嫌っている風には見えるが、ならば共に行動しようなどと思わなければよいのに。
「無理しなくていいからね。りりっぱさんにだって仕事はあるでしょうに……」
「私は末っ子ですし継承権はないのでやらねばならぬことはありませんよ。さあ、早速参りましょう」
リリパールが同行することになってしまった。
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