第20話

「いいぞ。問題を起こさぬようにな」

「ははは。肝に銘じるよ」


 国境を守る役人から許可を受け、双弥はとうとう堂々と国境を越えることに成功した。


 ここはキルミットとタォクォに接しているオウラ共和国。国土は狭いが国力は高く、戦意こそ持たないが、海戦となればキルミットとタォクォが協力しても勝てないだろう。


 海に三方を囲まれた縦長であるこの国に双弥は長く留まるつもりはない。

 ここからは東へ進み、本来の目的である方へ修正しなくてはならないからだ。


「ところでここから東に向かって町はあるかな」

「かなり離れてはいるが、ある。しかし……」

「しかし?」


 役人が言いづらそうな表情をし、周りに誰もいないのを確認すると双弥にこっそりと告げた。


「東へ行くと帝国が近いからあまり勧めない。最近あちらは物騒だからな」


 物騒というのが何を指しているかはわからない。

 魔物が活発化しているか、テロや一揆の類か、何かしらの理由で犯罪者が増加しているか、最悪オウラかタォクォと戦争をしようと動いているのか。

 どれにせよあまり近寄りたくない状況だ。


「うーん、それだと困るんだよなぁ。東へ向かって旅をしているんだけど」

「ならば尚更だ。南に行って船に乗り、迂回したほうが利口だと思うぞ」


「船かぁ」


 双弥は悩んだ。


 南北に長いこの国で、南へ行くと更に無駄な距離が延びる。だが船には魅力がある。

 船というものは24時間休みなしで移動できるものだ。馬車などと違い休憩もないからとにかく早い。


 だがそれと同時に海の魔物や自然現象の脅威が高くなる。

 それでもなお船旅を薦めるということは、それだけ帝国との間が緊迫しているか安全な船があるかなのだろう。

 どちらにせよ船に乗ったほうが早いし安全ということだろうから、双弥はまた遠回りをすることにした。


「わかった、南に向かうとしよう」


「もしアイザーから船に乗るならアノマリー号という名の船を選ぶといい」

「へえ、最新の船とかなのか?」

「いや、ただ親戚の船でな」


 船を勧めていたのは商売のためだったようだ。

 なかなか商魂があるというか、親族思いだなと苦笑いがこぼれそうになった。


「まあいいや。ここから一番近い町はどこにある?」

「向こうに見えるだろう?」

「え?」


 役人が指した方向を見ても、特に何もない。

 目を凝らしてよく見ても、大量の岩が積んであるような場所があるだけだ。


「ありゃ一体なんだ?」

「あれが町だ。どうだびびっただろ?」

「えー……」


 いくらなんでも異様過ぎる。遠いせいもあり、どこからどう見ても町の感じがしない。


「あれはひょっとして壁か?」

「ご名答だ。ここから歩いて2時間もかからないぞ」


 ここから見えるということは、距離にして5キロくらいだろう。1時間くらいで着きそうなものだが、2時間かからないとはどういうことか。


「わかった。ありがとう」


 行ってみればわかるものだと双弥は役人と別れ、町へ向かった。




「改めて近くで見ると凄いなぁ」


 蛇行した道を進み、意外に時間をかけてやっと到着した。

 ここは隣国に近いとあって、破装要塞と呼ばれる構造をしている町だ。

 深くて大きな堀に巨大な岩を積んだ壁。橋を上げてしまえばそうそう占領できないだろう。


 そしてもし陥落してしまっても、町の中心にある魔方陣を発動させてしまえば壁の下の地面が爆発し、足場が崩れ岩が堀を埋めるようになっている。

 そうなってしまうと町はどこからでも侵入できるような丸裸状態だ。略奪したとしても拠点には使えない。

 つまり防衛戦にも使えるうえ、いざというときには容易く切り捨てられる。敵としては非常に厄介なものである。


 といっても現在は別に交戦中でもないし、それなりに平和なものだ。双弥も特に取り調べを受けることもなく町に入ることができた。




「はぁ、やっと落ち着けるよ」


 双弥は宿のベッドへ体を投げ出すように飛び込んだ。

 体を大きく伸ばし、大きく息を吐く。そこでふと自分の横に立っている影に気が付いた。


「おっとごめん。エイカも休んで」


 双弥に言われ、エイカもベッドの縁に座った。

 本当に言われないと何もしないなと、今更ながら苦笑する。

 だが文句ひとつ言わず言われた通りのことをしてくれるのはとても助かる。

 このまま眠ってしまいたいところだが、せっかくのベッドでべたついた体のまま寝るのは寛げない。

 それをわかっていて高級な宿を選んだのだ。


「そうだ、体を洗いたいな……エイカ、先に入っていいよ」


 イコ姫の屋敷から小さく且つ金になりそうなものをいくつか借り出してきた双弥は、それらを換金していたためそれなりに懐が潤っている。

 今まで苦労させられたのだから今日くらいリッチな生活をと思い、奮発して風呂付の部屋を借りていた。


 そもそも双弥が追い回される理由はないのだ。

 姫たちの勝手な取り決めで一方的に軟禁し、そこから出ただけで何故かお尋ねものにされる方が問題である。

 これは慰謝料のようなものだと双弥は気兼ねなく使うことにしている。

 だがそれがばれてまた捕まえに来られた場合、今度こそ言い訳がたたない。



「ん? なんだまだ入ってなかったのか」


 双弥はふと顔を風呂場のある方へ向けると、エイカはドアの前でじっと立っているだけだった。

 一体何をやっているのかわからない。が、ひょっとしてという考えが浮かんだ。


「あ、あの、もしかして自分で洗えない?」


 そして無反応だ。

 しかし双弥にはわかっている。この考えは恐らく当たっているのだろうと。


「屋敷ではどうしてたんだ……ってリリパールたちが洗ってくれてたのか……」


 今更ながらリリパールたちに面倒を見てもらっていたことのありがたみが理解できたようだ。


 双弥は知っている。女の子の体のやわらかさ、そして張りがよく且つすべすべなのを。

 先日エイカを脅した際に知ってしまったのだ。


 未だにあれはやばかったと感じている。両手にまだ残っているのだ。あの感覚が。

 道中何度触りたい衝動に駆られたことか。


 (駄目だ、次触ってしまったら俺は確実に理性が死ぬ)


 エイカの体は双弥をダメにするような構造をしていた。人をダメにするソファーなんぞ比べものにならない。

 麻薬ですら1度程度の使用でここまで禁断症状に似た状態にはならない。

 言うなれば女体中毒。双弥のチンボリックは新たな命を創造しようと活躍の場を待っている。


 (いけない! 俺は今、破壊神の使いなんだ!)


 慌てて意識を取り戻そうとする。

 するとどうだろう。今度は理性と箍が破壊されそうになる。


 (破壊神、貴様もか!)


 双弥は今、1人で脳内の神々と戦いを繰り広げている。



 結局双弥は宿付きのメイドに頼み、洗ってもらうことができた。





「よし、店へ行くぞ」


 ひとっ風呂浴びて充分な仮眠をとり、双弥は夕暮れの町を眺めつつエイカに言った。

 といってもエイカは返事もせず、ただついてくるだけだ。

 服を着替えて外へ出る。エイカもすぐについてきた。


「確か武器の金額は……よし、充分足りそうだ」


 キルミットの武器屋で大体の金額はわかっている。この国でも同じとは限らないが、往来が自由な国同士の価格差だ。大したことはないはずだ。


 大抵の商店は大通り沿いにある。そこそこに人の多いこの町ではぐれぬよう、双弥はエイカの手を握りキョロキョロと左右を見渡していた。


(あ、あれ美味そうだな)


 双弥はひとつの屋台に目をつけた。

 だが今は武器を購入するのが優先だ。


 飯屋は基本的に遅くまでやっているものだ。しかし武器屋は夕飯時には閉まってしまう。

 明日早くここを発とうと思っているだけに、いつ開くかわからない店を待ってはいられない。


「すみません」

「あいらっしゃい」


 武器屋には30過ぎの女性が店番をしていた。

 店長の奥さんだろうか。少しきつそうな印象を受ける。

 双弥は店内を見回す。武器揃えはなかなかのようだ。しかし剣よりも投擲用の槍や弓矢が多い。


 これは防衛用の都市の特徴だ。

 籠城する場合は剣士が前に出ることはあまりない。そのため遠距離武器で迎え撃つ必要がある。

 要塞都市の武器屋はただの店ではない。いざというときは武器庫になる。


 双弥はその中で使えそうな武器を探した。


「おっ、この槍は良さそうだな」


 双弥は壁にかかっていた槍を手に取ってみた。


「店の中で振り回さないでおくれよ」

「すみません。ちょっと手応えを知りたくて」


 双弥は軽く先端を回転させてみる。

 ヒュッと軽快な空気を切る音がした。

 音で切れ味が判断できるわけではないが、重さのバランスなどが丁度よいものだというのは理解できる。


「すみません、これと……あとこれをください」

「あいよ」


 双弥は自分用の槍と、エイカ用の槍を買った。

 エイカが戦えるなどと微塵も思っていない。だが技を教え、武器を持たせておけばいざというときには何かの役に立つかもしれないからだ。


「明日からは槍の使い方も教えるよ」


 当然エイカは何も答えない。だが何かしらのリアクションが得られるかもしれないと、双弥はなるべく話しかけるようにしている。


(いつか普通に会話できるようになるといいな)


 双弥は棍を1本処分し、槍を背負えるようにした。



 明日からの苛烈な旅へ向けて。

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