第119話
「ここでいいか? 日本人」
「あ、ああ。だがここは……」
双弥が案内されたのは城から離れた場所にある、石畳の広場。まるで天下◯武道会の会場のような場所であった。違いといえばそこらじゅうに武器が落ちていることくらいか。
王はその上へ飛び乗ると、中央付近まで歩きストレッチを始める。それで双弥も慌てて上り同じくストレッチをする。
「なあ、本当に戦わないと駄目か?」
「臆したか日本人。それともお得意のみんな仲良くか? 喰う気がないならば喰われろ。戦わず死ね」
完全に殺る気だ。双弥も覚悟を決めなくてはならない。
しかし双弥にはわかっている。王の実力は格段に上であることを。
この相手に対し、自分がどこまで通用するか。確かめたい気もあるが、そんなことで命を散らせるわけにはいかない。約束したのだ。生きて帰ると。
だから双弥は帯刀し破気を取り込み、棍を握る。
「ほーお、日本にも棒術はあるのか」
「いや、これは日本の技じゃない」
そこで双弥は棍をブンブンと振り回す。
「舞花棍か。それも北拳の」
「ああ」
「それはいい。殺りあおう、日本人!」
王もまた棍を拾い、双弥へ向けて構える。
双弥がその棍に自らの棍を合わせた瞬間、王が体ごと一気に前へ突いてくる。双弥はそれと同時に棍を引き戻しつつ捻り、王の突きを逸らす。
王が棍を引き戻す動作と同時に今度は双弥が突きを繰り出す。だが王も双弥と同じ動作で弾く。
王は棍を振りかぶり双弥へ叩きつける。が、双弥はそれをかわしたため勢いよく地面を叩いた。
その隙に双弥はまた王へ突きを繰り出す。しかし王は地面を叩いた自らの棍を蹴り上げ、双弥の棍を下から叩く。そこで双弥は棍から手を離してしまった。
「ふん、なかなかだな日本人。だが全然功が足りん」
「ちっ、おめーはどんだけ積んでんだよ……」
少し離れたところでカランカランという音がする。破気で強化していた双弥の手から飛び出した棍が落ちたのだ。どれだけ出鱈目な力を持っているのか。双弥はしびれる手をぐっと握り、素手で構える。すると王も棍を捨てて構えた。
「合わせてくれるってか? おやさしいことで」
「勘違いするな日本人。実力差をしっかり思い知らせるためだ」
余裕やなめているわけではない。全力で潰しにきている目をしている。双弥は流れる汗を拭えなかった。
王の構えからそんな余裕は見せてもらえない。一瞬でも他に気を逸らせたら殺られる。それも恐らく一撃で。
破気は取り込んでいる。これで王が魔王──勇者と同じように肉体が強化されていなければそれなりの勝負ができていただろう。
もっと破気を取り込み、目にも止まらぬ速さでかく乱して攻撃するという手もある。だが双弥はそんな技を知らない。
相手から遠く、自らから近い位置で最速最短の攻撃をする。それが双弥の習ってきた技だ。余計なことをして自らの動きまでをも崩す意味がない。
「余計なことを考えすぎだ日本人。いくぞ!」
王は左足を半歩踏み込み、地面を搔きあげまた半歩踏み込むという不思議な動きをした。それでも前へ進んでいるため双弥はカウンター気味に右足を踏み込み右中段突きを放つ。
王は待ってたと言わんばかりに双弥の突きを上から押し下げる左突きを放った。
「しまっ──」
慌てるように後ろへ下がるがもう遅い。王の突きは双弥のわき腹を捕らえた。
瞬間、激痛が脳の天辺まで貫き双弥はわき腹を押さえる。
「ふん、浅かったか」
「……てっめぇ」
浅かったとはいえ双弥のあばらは2本ほど折られた。
それでも双弥にだって収穫はあった。王を睨みながら呟く。
「今のは崩拳……。形意拳か」
「ちっ」
王が舌打ちをする。
崩拳は独特な技で、相手が突いてきた腕に自らの腕をこすりつけるようにカウンターを放つ。そのため見れば一発でわかる。
恐らく王は今の一撃で決めるつもりだったのだろうが、破気による体の加速が双弥を助けた。
昔と違い、今は様々な情報がそこらじゅうに溢れている。そのため武術家は自らを守る意味でもなにを修練しているのかバレたくない。知られることによって対処法までもが引き出されてしまうからだ。
それでも最後はやはり修練──練功の差だ。双弥は決して有利になったわけではない。マイナスがゼロに近付いただけである。
(やつの流派がわかったのはいい。だけどまだ、まだ足りないのか……っ)
双弥は苦々しく顔を歪める。
破気は取り込めば取り込むほど無制限に肉体が強化されていく。今以上に速く、強くなることくらいわけないのだ。
だが体の動きに目がついていかないし、破気の吸収に意識を持っていかれるため反応が鈍る。今現状が双弥の最高状態なのだ。
だというのに勝てる気がしない。王は次元が違ったのだ。
「気を抜くなよ日本人!」
王が手を下げ無防備な状態で踏み込んでくる。しかし双弥はそこへ打ち込むと自分の突きが下がっている王の手によって跳ね上げられ、がら空きな胸に掌打を叩き込まれることを知っていた。そのため迎撃はせず足を横へ滑らせかわし、背中合わせの状態になった。
「くっ」
「はぁっ!」
踏み込んだため一瞬足が止まった王に対し、双弥は両手を前に突き出し、背中からぶつかる。 貼山靠だ。
だが王も踏み込んだ足とは逆の足を引き寄せて体を双弥に叩き込んでいた。
中国武術の超至近戦はぼちぼち、体の軸と軸とがぶつかりあい、相手の地を奪ういす取りゲームみたいな状態になる。特にお互い背を向け合い、振り返る隙がないときには。
そして超至近戦にはめっぽう強い双弥ではあるが、今回のこれは悪手だった。折れたあばらから痛点が暴れだし、刹那的にでも動きを止めさせてしまった。
「ハァッ!」
もちろん王がそこをつかないはずがない。体を捻り双弥とのわずかな隙間に手を突っ込み、発勁を叩き込んできた。
その姿勢のままお互い微塵も動くことなく数秒が経過したのち、双弥は静かに膝を地面に着け、その場に突っ伏した。
「フン、久々に楽しませてもらったぞ日本人」
王は双弥に背を向け、石畳の闘技場から降りようとした。
「…………ぐっはっ。げほっ、ごほっ」
「……なにっ!?」
王は驚き振り返る。不完全な姿勢とはいえ勁を叩き込んだのだ。相応の手応えもあった。普通の人間であれば生きているはずがない。
それは逆に言えば普通でなければ耐えられるということだ。双弥は少なくとも普通ではなかった。
発勁は発勁で防ぐことができる。だが双弥はそれができるほどの力はなかった。それでも双弥にできることがひとつだけあった。
王が発勁を打ち込む瞬間、双弥は妖刀から破気を吸い尽くさんばかりに取り込んでいた。そのおかげで体は究極に近いほど硬化され、ほぼ固体と化していた。
人間の体を液体と考え、衝撃を内部へ伝える技がある。王の発勁はそれを目的として打ち込んだため、固体化していた双弥の肉体へのダメージは弱まっていた。
それでも体内へ直接打ち込まれたような打撃は受けており、双弥は一瞬気を失ってしまったのだ。
「まだ生きていられたか。面白い」
「……約束があるんでね。簡単には死ねないんだよ」
武術では勝負にならない。それを痛感させられても双弥は気落ちしなかった。
そんなことは最初からわかっていた。だが双弥は他の勇者と異なり戦う術は限られている。相手が上であっても使わざるを得ないのだ。
居合いのほうが習っていた期間が長い。しかしこの世界へ来て最も練習をしたのは棍であり、武術だった。エイカと共に毎日かかさず続けてきたのだ。そのため双弥の最も頼れる武器とも言える。
しかし通じない。全く足りない。それでも折れぬのは、心の奥にまだ頼るものがあったからだ。
「やっぱ……俺にはこれしかねぇか」
双弥は腰を落とし、妖刀に手をかけた。
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