第78話

「双弥、共に戦おうよ!」


 ジャーヴィスが今思いついたように提案してきた。

 実は最初からそのつもりがあった。だが様々な要因があったせいでうやむやになってしまっていたのだ。

 そこへセィルインメイでも出来ごと。あれが単独行動の引き金となってしまった。


 元々ジャーヴィスは寂しがり屋だ。アセットと共に動くまでかなりストレスがあったようだ。

 それと魔王が複数いるらしき供述は不幸であるが幸ともとれる。

 共闘しても自分の分はあるし、戦いやすくなる。それになんといっても1人じゃない。


「それはいいんだけどさ……冷静に考えるときついよな」


 今更なことで双弥は悩んだ。


 殺さなければ殺されてしまう。ここがそういう世界だということはよくわかった。

 だが先程の魔王──ハリーはアメリカ人で、同じ地球から来た人間だ。倒すのは精神的にきついものがある。

 あのときは突然のことに驚き、そんなことを考えていられる余裕はなかった。しかし考えてみれば躊躇せざるを得ない相手だ。

 もちろんこの世界の人間だったらいいというわけではないが、少なくとも地球人相手よりはマシだと考えられる。



 前回の召喚は500年も昔であり、地球は世界中どこででも戦争が起こっていた。人々は武器を持ち、そこらじゅうに死体が転がっていたのだ。

 日本、アジア、ヨーロッパ、中東、アフリカ、南北アメリカ。人がいるところ全てでだ。

 他国の人間は基本敵であり、ここへ来た勇者は魔王である地球人を敵として屠ったであろう。


 しかし今は違う。日本以外の先進国には確かに軍人がおり、遠くまで出向いて戦っている。でもそれはあくまで軍人が行うことであり、大多数である一般人には関わりがない。

 殺意をもって敵を倒すなんてそうそうできるものではない。当時の人々が気軽にやっていたとは言わない。だが今の人々の命よりもずっと軽かった。


 現代日本人である双弥にとってそれは更に重たいものだ。いざ戦えば殺しはしなくても本気で挑めるが、そこに至らぬよう努めるだろう。


「その気持ちはわからないでもないよ。でもやらなきゃやられるんだ。双弥は自分を犠牲にして彼らを助けるつもりかい?」


 ハリーが言っていた。彼らが帰るためには勇者を倒さねばならないと。帰りたいと思っている以上、勇者を殺そうとするのは明白だ。

 当然双弥も殺そうとするだろう。しかし双弥は別口勇者であり、殺したところで戻れはしない。

 逆に双弥は魔王を倒すことにより地球へ帰れる。本人にその意志があるかは別だが。


 それともし戻ったとしたら、ジャーヴィスたちはどういう状態でいるのか。

 ここへ飛ばされた時間にそのまま戻れると考えたこともあったが、それはないとわかった。

 この世界と地球の時間軸は一緒である。だから500年前に呼ばれた勇者たちは500年前の人間だった。今戻ってもここへ来てもう数ヶ月経っている。学校からも取り残され、世間からは死んだと思われているかもしれない。そんなところへ戻ってどう生活するのだろうか。


 双弥は既にそこまで考え、諦めもついている。だが他の勇者たちはどうなのか。


 帰れるか帰れないかわからない、ただそこから消えるという曖昧な情報で同じ地球人を殺す。

 魔王たちはどうやら創造神から直々に帰れるよう言われていた風だった。でも勇者は創造神から一切コンタクトがない。多分戻れるんじゃないかな、程度のものかもしれない。



「──それでも、ジャーヴィスは魔王たちを倒すか?」

「う、んー、確かにそれは厳しいね。だけど諦めてこの世界で暮らすのも難しいと思わないかい?」


 ジャーヴィスの問に双弥は悩む。皆何もせずここで暮らすという選択肢も有りだとも思っていた。


「魔王は人をたくさん殺さないと自分が死ぬんだろ? てことはいつまでも仲良くなんてできないことくらいはわかるよね」


 ジャーヴィスの指摘にやっと気付く。結局選ばなくてはいけないのだ。自分たちだけ平和ならそれでいいというものではない。


 それでもボクは全部救いたいんだー、なんてふざけたことを言うほど双弥もガキではない。やるしかないんだと改めて覚悟を決める。


「そうだな。俺もいい加減どうしたいか決める頃だと思う。ジャーヴィス」

「どうしたのかい?」


「……一緒に魔王を倒しに行こうぜ」


 ジャーヴィスは嬉しそうな笑顔で頷いた。





「で、双弥様。私たちはコレなんですか?」

「まあ、これはこれでいいんじゃないか?」

「私はこれでいいよ」


 双弥たちはジャーヴィスの作ったキャンピング用牽引トレーラーに乗っていた。シートがないせいで居心地は悪いが、ベッドがあるだけマシである。アルピナなんかもう丸くなって寝ている。

 とはいえ馬車よりも快適だし小型とはいえキッチンも付いている。停車状態であれば料理も充分にできる。今までの旅とは比べ物にならないくらい楽だ。


「これならばヒマの度を越したら寝たりできるし」

「さ、最低です双弥様! 暇つぶしに寝るだなんて!」


 リリパールは顔を真赤にさせ、鼻をふんふん興奮させている。


「ね、寝るって睡眠だよ! 破廉恥なことじゃないからな!」

「ですよね。双弥様が女性に手を出せないことくらい充分にわかっていますし」

「そんなことねーし! 俺だっていざってときにはなぁ!」

「そうだよリリパール様。お兄さんはたまにとんでもないことするんだから」

「あら、そうなんですかエイカさん」

「う、うん。胸とか……揉まれたし……」


 刹那、今まで感じたことのないほどの殺気が室内を支配した。あまりのことにアルピナが飛び起きたほどだ。

 出現場所はもちろんリリパールだ。


「どぉいうことですか? そぉや様」

「あの、その、いや……、お、俺そんなことしてないだろ!」

「したよ! えっとね、タォクォの森の中で……」

「や……やっぱりあのとき怪しいと思っていたらそんなことを!」


 双弥は必死に記憶をほじくり回した。森だというのだから鷲峰に捕まってからの話だろう。

 あのときはエイカとずっと修行を行っていた。いやらしいことなんて思っていても行ってはいなかった。

 それでジャーヴィスたちが集まり、スタートをした。それからリリパールをうまくまいて旅立ったのだ。


「……あああああっ」


 思い出してしまった。あの森で確かに双弥はエイカの胸を揉んだ。しかも太ももにまで手を這わせている。

 事案である。たまたま起こったラッキースケベではなく、自らの意志で行ってしまった。


「どおやら心当たりがおありのご様子ですねぇ」

「ちっ、違うんだ! 聞いてくれ!」


 とりあえず言い訳くらいは聞いてやろうとリリパールは睨みつつも大人しくなった。彼女も少しは成長したらしい。

 得られたチャンスは逃さない。双弥はがんばって自己弁護を図った。




「そうでしたか。ついてきて欲しくなくてわざと嫌われるようなことを……」

「そうなんだよ。リリパールならわかってくれるだろ? 危険な旅になるから連れて行きたくない気持ちが」


「わかりますが……何かおかしくありませんか?」

「え?」


 何かおかしな点があっただろうか。双弥は頭を捻り考える。

 自分が行ったことは間違っていたが間違ってはいなかったと双弥は解釈している。正しく言うと手段は間違っていたが意味合いは間違っていなかった。

 あのときのエイカは無意識状態であったし、人の言うことをなんでも聞き入れていた。なのに逆らうようなマネをしており、どうしたらいいか思案にくれていた。


「……ん? 確かエイカってあの頃の記憶がなかったはずじゃ……」


 双弥とリリパールはエイカを見る。するとエイカは申し訳なさそうな顔をしていた。


「いつから思い出してた?」

「んっと、無人島にいたときかな。ふと思い出したんだよ」


 双弥は心底ほっとした。もっと酷いセクハラをやらなくてよかったと。


「なんで今まで言わなかったんだ」

「だってほら、あのときはそれどころじゃなかったし……」


 本当にそれどころではなかった。この世界に来て最も厳しい状況であったのだ。

 そんな状態で思い出したというのはひょっとしたら走馬灯的なものだったのかもしれない。口に出してないだけでエイカはかなり限界だったのだろう。


「あれは仕方ないか……」

「そうですね……」


 思い出すのもうんざりのようだ。3人はうつむいてしまう。


 空気を変えるため、という意味もありリリパールは本題を告げるため、軽く咳払いをして双弥を見据えた。



「双弥様。いつまでジャーヴィス様と旅を続けるつもりですか?」


 それはどのような意味合いがあるのか。双弥はリリパールの意図が伺えなかった。

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