第127話
「だけど迅、どうするつもりだ?」
「どうって何がだ?」
「家族のことだよ」
いい雰囲気だったところに水を差すようだが、双弥はそれが気になっていた。
双弥も当然、家族のことは心配している。
今戻ってもきっと家族は大喜びして迎えてくれるだろう。それと同時に半ば諦めている点もあると思っている。
あと、帰ってきて喜んでもらえるのも最初のうちだけだ。長い月日を社会から取り残された双弥を同級生に追いつかせるため、かなりの負担を強いてくるだろう。
本人も最初のうちはなんとかしようとがんばるかもしれない。しかし1年もの差はそうそう埋められるものではないのだ。
やがて双弥は落ちこぼれ、家族もそれを疎ましく思う。そんな未来が見えているため帰れずにいる。
「わかっている。だけどな、ここでチャーチを置いて戻ったら、それこそ俺は一生後悔する」
どちらが大切かなんていうのは質問にならない。
言い方は悪いが、家族は選べない。しかし彼はチャーチストを選んだ。
手段のひとつとしてチャーチストを地球へ連れて行くというのもある。聡明な彼女ならば日本語も覚え、そう遠くないうちに普通の生活もできるだろう。
だが現代日本の法に情はない。国籍も戸籍もない彼女は学校へも行けず、何もできない。
友達もできず味方は鷲峰しかいない。そんな状態にならないとは言い切れないのだ。
それにチャーチストの特殊な目はこの世界でのみ使えるものだとして、ひょっとしたら地球では使えない──ただ使えないのではなく、見えなくなってしまうかもしれない。
それでもいいと彼女は言うかもしれない。しかし鷲峰がそんなことを許せるとは思えない。
だからこそ鷲峰はここに残る。家族を想う以上に、ここでできる新たな家族を選ぶのだ。
「そっか。じゃあこの話はもうナシだな。これからもよろしくな、迅」
「ああ、チャーチも一緒にな」
こうして今回の勇者パーティーで初の妻帯者ができた。
「鷲峰さん、かっこいいなぁ……」
うっとりするようにエイカが鷲峰とチャーチストを見ているのに双弥は気付き、驚愕する。
エイカはずっと自分のことを好きだと思っていたのに、鷲峰へときめいている。これは事件だ。
では今までのはなんだったのか。ひょっとすると自惚れなのかもしれない。これは相当恥ずかしい。
それとも先日のことでヘタレっぷりを見せすぎて呆れられてしまったのか。
実のところ、別にエイカは鷲峰に恋心を抱いているわけではない。ただ男らしい決断がかっこいいと感じ、それを素直に言っただけだ。
しかしそんなことに双弥が気付くはずはない。彼は女心を理解できないのだ。
「あ、あいつだってダメなところあるぞ。そうだ、昨日なんか屁こいてたし……」
最悪だ。
相手を下げても自分の株が上がるわけではない。そして下がった相手が自分に近付くわけでもない。何故ならば『この人は他人を悪く言う人だ』というレッテルを貼られ、自らを貶める結果になるからだ。
故に! 双弥が行ったことは愚の骨頂!
エイカは双弥にジト目を向ける。当然双弥は己の浅はかな言動に嫌悪する。脳筋ではないが戦闘以外とことんダメ男である。
「あっ、いや、そういう意味じゃなくて……」
どういう意味なのか、会話の着地地点が行方不明になっている。
これ以上口を開いたところでロクなことにならない。そう感じた双弥は鷲峰のことをぐぎぎと睨む。
双弥も鷲峰が羨ましいのだ。双弥自身、彼女とコミュニケーションが取れるとは思っていないが、見た目ではなかなかの美少女レベルであるチャーチスト。妬んでも仕方なしである。
そこでふとなにかを思い出た双弥は辺りを見渡し、発見する。アセットだ。
彼女もまたジャーヴィスと共に旅をしてきたのだ。
更に言うなら、彼女はこの旅でかなり性格が変わっていた。最初はふてくされているワガママなお嬢様だったのに、今ではこうやってチャーチストの結婚に対し、我がことのように喜んでいる。これも一緒にいたジャーヴィスによる変化だと思ってもよいのではないか?
「なあジャーヴィス」
「どうしたんだい?」
「お前はアセットと結婚しないの?」
「ナイスジョーク」
たったひとことでジャーヴィスは切り捨てた。彼にしてはあまりにもドライな返事に双弥は一瞬たじろぐ。
「な、なんでだよ。お前、ずっと一緒に旅してたんだろ」
双弥の言葉にジャーヴィスは双弥の正面に立ち、掴みかからんとばかりに寄ってくる。
「ああそうだよ! 僕はアセットとずっと旅してたさ! 双弥たちよりも長くね!」
「だ、だったら……」
「でもね、アセットは双弥が好きなんだよ!」
ジャーヴィスの言葉に双弥の頭の中は一瞬真っ白になる。彼は一体なにを言っているんだと。
そんな呆気にとられている双弥に対し、ジャーヴィスは言葉を止めない。
「彼女はいつもこうだ! なにかあるとすぐ、『ソーヤだったらそんな風にしない』とか『ソーヤならもっとうまくやる』とかね! 彼女の言葉に僕はいないんだ!」
ふと我に返った双弥はジャーヴィスの言葉を吟味し、なんとなく理解してしまった。
誰が言い出したわけでもなく、双弥は勇者パーティーのリーダー、まとめ役としてここまでやってきたのだ。そしてアセットの言う『ソーヤ』とは、つまり『リーダー』という記号の代わりに用いていたのだろう。
いつもふらふらしているジャーヴィスにしっかりして欲しかった。だから常に誰かと比較し、奮起させようとしていたのだろう。
やっていることはかなり不器用だ。そして不器用な少女の想いは不器用な少年に届いていなかった。それだけの話である。
なにせアセットは魔物が跋扈する町で走り回り、
自分に関係のない恋愛であれば冷静に状況を見ることができる双弥であった。
「ジャーヴィス、それは勘違いだ」
「勘違い? なにを言っているんだ双弥は。僕はあのアーサー・コナン・ドイルが生まれた国の人間だよ。勘違いなんてするはずがないさ」
その発想が既に勘違いであると突っ込みたくなる衝動を抑えつつ、双弥は自分のことを棚に置いてジャーヴィスに説明しだした。
「お前にはみんなが黙っていることを教えてやる。アセットはお前のことが好きなんだ」
「それを双弥は証明できるのかい?」
「できる」
「う……」
双弥の即答にジャーヴィスは呻く。その態度で気付いてしまった。
「ジャーヴィス。お前、迷ってるな?」
「なっ、なななにを言っているだい? 迷う? 僕が? まさか──」
「じゃあ言い換えよう。お前は俺に、そして自分にも嘘をついている」
「変なこと言わないでくれ!」
ジャーヴィスが声を荒げる。
地球に、イングランドへ帰りたい。ジャーヴィスが常々言っていたことだ。
彼は英国に、そして英国人であることに誇りを持っている。だから帰りたい。
しかしここでアセットがジャーヴィスに抱いている感情、そしてジャーヴィスがアセットに抱いている感情が枷となっている。
もしこれでアセットが自分の気持ちをはっきりさせてしまったとしよう。それに対しジャーヴィスはどう答えたらいいのかわからない。
アセットというひねくれた
自分よりもずっといい人がいる。ふさわしい人がいる。なんて都合のいい言葉なのだろうか。
では聞こう。その人物はどこにいる? 自分と出会えるのか? それはいつごろなのか? 答えられやしない。
少なくとも今、ここにあなたがいる。相手にとってそれが現実だ。現実の話をしているのに夢物語を言っても意味がない。
だからジャーヴィスは逃げる。いや英国紳士が逃げ出すなんてもってのほかだ。彼は自分に嘘をつく。
双弥はジャーヴィスの肩をぽんと叩く。
「ねえ双弥。僕はどうしたらいいと思う?」
「それだけは自分で決めてくれ。まあ、まだ時間はあることだしな」
果たしてジャーヴィスはどういう答えを出すことか。
「それで双弥。お前はどうするんだ?」
「どうもこうもなんの話だよ」
鷲峰の問いに対し、言っている意味がわからないという返しをする。先ほどからの流れで察せるような気もするのだが。
「お前は結婚とか考えないのか?」
「えっ!? いや、その、相手がいないような気もするし、それにまだ若いし……」
「なんだ? まるで俺が歳をくっているみたいな答えだな」
「そっ、そういうわけじゃないよ。ただ…………」
ただ、なんだというのか。
人にたきつけておいて自身は全力で逃げる。なんというチキンっぷりだろう。
「ここまで一緒に来てくれた、最後までお前を信じてくれた少女たちの気持ちに報いようとは思わないのか?」
「……まあ、相手にその気があれば……」
あればなんだ。
双弥は散々逃げ回る。
彼は怖いのだ。振られることが。
エイカはここ数日で自分に呆れ、以前ほどの好意がないのではと感じ、リリパールとはつい先日なかったことになった。
動物的本能で強いオスを求めるアルピナは、ひょっとすると子供ができた途端双弥を捨てるかもしれない。
そこへ調子に乗った自分が3人のうち誰かに告白する。振られるはずがないと思って。
しかし現実は非情である。嫌な顔をされ断られるかもしれない。
すると今までのような付き合いができなくなり、互いに目も合わせられず、いつの間にか会わない時間が増えていき、最終的に……。
こんな風に考える双弥は、超が付くほどの恋愛ネガティブ男である。
「俺が見る限り、リリパール姫もエイカもお前に気があるのは確かだ。どちらを選ぶのかと」
まさかここにアルピナも混じっているなどと思っていない鷲峰もまた、どちらを選ぶか興味があった。
ちなみに彼の見立てでは4対6でエイカが有利だと思っている。
「もし俺に選択肢があるとして…………選ぶのはきっと……」
双弥はぽつりと答えた。
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