第38話 魔人現る

廊下の先に現れたのは気色悪い生物だった。


暗闇の中。ヌラヌラと粘液を纏わせた緑色のトカゲだった。見ているだけで寒気がする外見だ。


「な、なんだ。あいつ……。どこかで見たことが。は!」


俺は青ざめる。奴に見覚えはある。


あれは、あれは……。


予知夢に見た奴だ。 


すると、そのトカゲは喋り出した。


「おお?子供かぁ?いや、こいつからはいい匂いがするぞぉ?これが龍人の子かぁ?」


「しゃ、喋ったぞ!」


俺が驚いていると、リリスが焦ったような声で俺に警戒を促す。


「魔人じゃ。あいつは魔人じゃ!ヤマト!!」


やはり!


赤ん坊のとき感じた危険が今さら?


誕生日の日の夜じゃなかったのかよ!


こいつがそうなのか?


「そ、そんな……。予知夢は回避したはずでは……。」


「むぅ……。なぜじゃ。対策は万全に近かった。」


俺は魔人を凝視する。


ヌラヌラと月明かりに光る肌は鳥肌を誘う。


キモいな……。キモすぎる。


すると、俺の隣のリカオン夫婦の部屋の扉が開き、そこからリカオンがパジャマ姿で飛び出してきた。


手には剣をもっている。さすがに異変に気がついたらしい。


リオオンも魔人の存在にすぐに気がつく……。


そして驚きの表情を浮かべた。


「な、なんだ……。こいつは……魔物?いや、魔人!?」


左を向き俺の姿も認めるリカオン。


リカオンは必死の形相に変わる。家族の危機だと認識したようだ。


「なんで魔人が人里に……。マリーシア!!ヤマトを連れて逃げろ!」


「う、うまそーだぁ!食う!絶対、心臓食う!」


魔人が腰を低くして俺に飛び掛かろうとしたとき、リカオンが動いた。


「ヤマト部屋に戻りなさい!!化け物め!!」


リカオンは叫ぶなり剣を抜刀。


高速で踏み込むと、トカゲ魔人に高速接近。


そして斬りかかった。


居合にも似た剣技だった。


素人目に見ても、目にも止まらぬ早技だ。さすがリカオンである。剣士としても一級だ。


リカオンは、Aランクまで上がった男。普通の魔物では話にもならないだろう。俺は一刀両断される魔人を想像していた。


しかし……。


ドカ!!


斬りかかったリカオンが逆に吹き飛ばされていた。


「え?」


俺はトカゲ野郎のあまりの速さにリカオンが殴られたのか、蹴られたのかも理解できていなかった。


リカオンはゴムボールのように飛ばされ、減速することなく俺とスレ違い。廊下の突き当たりまで吹き飛ばされた。


「ぐは!?」


「父上!!」


リカオンは倒れ込むと、腹ばいになり起き上がらない。


俺は大声でリカオンに声をかけてみる。


「父上!!」


「う……。うぅ……。」


(良かった……。生きているようだ。)


なんという威力だ、リカオンも相当な使い手なのに一瞬で……。


「一体どう攻撃したんだ、魔人のやつ……。」


そこまで言いかけて俺は魔人の姿をみて固まる。


なんと魔人の口から、赤い長い舌が出て空中にうごめいていた。


「舌……。あれに殴られたのか。父上は……!」


俺がリカオンに走り寄ろうとすると、視覚化したリリスが叫んだ。


(ヤマト!何してる!魔人から視線を逸らすな!)


しかし、忠告むなしく。俺もリカオンの二の舞になっていた。


急速に接近していた魔人に反応できず、俺は緑の舌に腹を殴られた。


廊下の壁に叩きつけられる。


メリ!メリメリ!


あまりの衝撃に壁ごとメリ込む。


「がは!」


血を吐きながら、床に倒れ込む。


(く……。くそ。)


(ヤマト!)


リリスが叫ぶが、俺の意識は遠のく。


(脳を揺らされた……。ああ…意識が落ちる……。)


落ちていく意識のなか。マリーシアが部屋から出てくるのが見えた。


「ヤマトちゃん!あなた!」


(……母上!ダメだ。来ちゃダメだ。)


マリーシアは魔法の杖を片手に、俺に駆け寄り、そして魔人の前に立ち塞がった。


そして勇敢にも魔人を睨みつけながら戦闘体勢を取った。


(は、母上。逃げ…て。)


そこまでの思考で、俺は気絶した。

(ヤマト!! 起きるのじゃ!)


リリスが頭のなかで叫ぶ。


「う、うーん……。」


瞬間、俺はなんとか意識を取り戻した。


どれくらい意識が飛んだんだろう、何秒か?何分か?


「く、くらくらする。俺はどれくらい意識を?」


(10秒くらいじゃ、それより逃げろヤマト!)


リリスが叫ぶ。


(そ、そうだ!母上を!)


(もう助からん。お前だけでも逃げろ!)


(……こ、殺されたのか!)


しかし、周囲にマリーシアは居ない。


(魔人につかまり、そこの部屋にもつれ合いながら入って行った。今なら逃げられる!)


(……母上!)


俺はリリスの忠告を無視した。


ガクガクとする足をもつれさせながら、マリーシアの部屋に飛び込んだ。


「母上!」


部屋に入るなり、その光景に息をのんだ。


魔人はカメレオンのように長い舌を数メートル出して、マリーシアの首を締めつけていたのだ。


マリーシアはクビに巻き付けられた舌を手で握っている。


部屋に入ってきた俺の姿に、マリーシアは気がつき声を絞りだすようにした。


「ヤマトちゃん……。逃げ……ぐぅ……。」


マリーシアの苦しそうな部屋に響く。


彼女は自分の身が危険なのに、俺のことを逃がそうと声を上げていた。


この危機的状況に、マリーシアが俺をどう思っているのか……。それに強い愛情を感じた。


しかし、状況は最悪だ。


(母上は妊婦だ。このままではお腹の赤ちゃんも危険だ。何とかしなくては。)


リカオンは気絶していて動けない。


俺が守るんだ!俺が家族を守らなければ!!


リリスが俺に警告をする。


(マリーシアとリカオンのことは、辛いが諦めろ。今なら逃げられるぞ!!ヤマト!逃げるのじゃ!)


「……嫌だ!母上は俺のことをまだ守ろうとしている。あんな状況なのにだ。」


(ヤマト!!)


「やっと……。やっと出来た家族なんだ!」


リリスはしきりに逃げろと警告するが、俺は無視した。


そして……。俺が取った行動は、逃げるものとはまるで逆のものだった。


「うぁぁ!!」


俺は何も考えず、魔人めがけて突っ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る