第2話 神崎の過去
俺の名前は神崎龍二。
35歳独身。年収なんて他人に言えたものではない底辺サラリーマン。
俺の過去はあまり良いものではない。
……ちょっとだけ俺の幼少期の話をしよう。少し我慢して聞いてくれ。
7歳までの俺は平穏な生活を送っていた。
7歳までは。
両親は、とてもやさしい人達だった。
俺は両親のことが大好きだったし、両親も俺のことを愛してくれていた。とても幸せな家族だったと思う。それほど裕福ではなかったけど、毎日が満ち足りていたし、そんな生活がずっと続くと思っていた。
そんな両親が、俺に繰り返し言っていた言葉がある。
それは、
「人の悲しみや喜びを理解できる大人になりなさい。」だ……。
正直、幼い俺にはどういう意味か理解できなかったけど、とにかくそういう大人になろうと心に決めていた。
しかし、俺が7歳のときに、両親は衝撃的な事件に巻き込まれて亡くなった。二人同時にだ……。
家族での登山旅行中に、山から出てきた大きな熊に襲われて死んだのだ。それも他人の家族が襲われていたのを見て庇ったのだ。
熊は幸いにもすぐに駆け付けた猟銃を持った狩人たちによって倒された。俺とその家族だけが助かった。
正義感の強い二人だったし。そういう行動を取った両親の気持ちを俺は理解できないわけじゃなかった。ただ、俺は絶望と不安でいっぱいだった……。生きていて欲しかった。
まだまだ一緒に居てほしい年齢でもあったしね。
その事件は、7歳の俺には正直辛すぎる出来事だった。
しかし、惚けてもいられない。両親を亡くした俺には辛い生活が待っていたのだ。
その時に知ったね。
”信じられるのは肉親だけである”と……。
両親の遺産を相続した俺は、結構な相続金を手にしていたと聞いている。
聞いているってなぜに他人事?と、思われるかもしれないが、すべて唯一の親戚である叔母夫婦にかすめ取られたのだ。
両親が健在のときに良くしてくれた叔母夫婦は、表向きは優しい顔をしていた。しかし、俺の手にした遺産目当てに俺を引き取ったのだ。
引き取られてからは酷かった……。
どう酷かったかと言うと……、まず俺の銀行口座をすべて自分の管理下において金を奪った。
金を奪えば用無しである。俺を召使いのように扱い出した。飯だって満足に与えてくれなかった。虐待に近いこともされていた。
叔母夫婦から金を取られたという感覚も幼いながらあって、理不尽さを感じていた。しかし、俺はじっと耐えていた。
子供にできることなんか少ないし、訴える方法すら知らなかったから耐える以外できなかったのだ。
それに幼い俺は心細かったんだ。大好きな両親が突然居なくなった状況に……。あんな叔母だけど、良い子にしていれば優しくしてくれるって信じていたんだ。
その叔母には同年代の息子二人が居たのだが……。いわゆる俺の従兄弟ってやつだが……、そいつらも酷かった。
毎日毎日、俺をいじめてきた。
叔母や叔父は、それを面白そうに見ているだけだった。
辛かった。寂しかった。本当に苦しかった。
それでもいつか報われると信じていたが、転機が訪れる。9歳のときに養護施設に預けられたのだ。
ある日「これ以上お前に払う金なんかないよ!」と、叔母に宣言された。
要は捨てられたのだ。
小学生の学費は義務教育内のはずだから、給食費程度のものだったはずで、それほど負担になるようには思えなかったのだが……。要は、一銭も俺には金を出したくなかったのだろう。他人の金を奪っておきながら……。
養護施設での生活は不安だったが、実はそれからが平穏だった。
養護施設の人達は俺に優しかったし、いろいろ俺が寂しくないように心遣いをしてくれていた。
そこで出来た友達は、もはや友達ではなく兄弟という感覚で、皆が皆を支え合って生きていた。
そう。その施設が俺の家族になったのだ。
しかし、養護施設の人達は優しかったが、資金的な援助はほぼ無い。生活は保証してくれるがあくまでそこまでだ。皆、大体が中学を卒業すると働きに出ていた。
俺もそのルートだった。
中卒という学歴で働けるところは限られる。ただ、俺は運が良いことに何とか一般企業に就職できた。
しかし、そこが超ブラック企業だったのだ。
土日出勤?それは通常のこと、月に一回休めば良いほう。
残業?月100時間を超えてからが残業である。
労働基準?そんなもんは定刻で退勤打刻してる俺たちには関係ない。
徹夜が辛い?徹夜なんて社会人の嗜みの一つである。
そんな会社が、俺の会社だった。
実際、その日の俺は三日ぶりに会社から解放されて帰宅の途についていた。
時刻は日曜の深夜0時である。
「三六協定とか?それって美味しいもの?」って感じだ。
繁華街を缶ビールを片手に歩く俺の足取りは重かった。
「ふぃ~。さすがに二徹はキツかったな。」
何せ50時間以上寝て居ないのだ。そりゃフラフラにもなる。
残業大会で会社に寝泊まり二日間。風呂にも入っていないので、何だか体から異臭がする。それだけで気分が滅入る。
言っては悪いが、本当に超ブラック企業だ。
上司いわく。
『ホワイトでもなくブラックでもない。当社はグレー。』と言っていたが、間違いなくブラックだ。うん。
超低賃金。超残業体制。低品質福利厚生。鬼上司と鬼役員。それが俺が務めている会社の実態だ。
おまけに年収も低いので、ローン関係の審査が通らない……。
会社を辞めて転職も考えたが、中卒の俺を雇う会社がそうそうあるとは思えない。この会社で生きていくしか方法が無いのだ。
(世間は休日モードか……。)
繁華街で楽しそうにしているカップルを横目に、俺はフラフラと重い体を前へと進めていた。あぁ……歩くのもしんどい。
35歳にもなって彼女の一つでも作りたいとは思うが、生活がそれを許さない。
会社に行って馬車馬のように働き、帰って寝る。
それが俺の生活ルーティンだった。
恋愛なんかしている時間が無い。
金も無いしね。
こんな俺だけど夢がある。
それは”マイホーム”を建てることだ。
施設出身で社員寮暮らしだからか、俺は自分だけの家を持つことに夢を抱いていた。
ローン関係の審査が通らないから、本当に難しい夢だが。小さいながらも”自分の城”である家を建てることに憧れる。
(マイホーム。小さくても良いから庭付きの家。犬なんかも飼ってみたいなぁ)
それこそ俺の目標だ。自分だけの家が欲しい。
こんな俺だが趣味がある。唯一の趣味は、ラノベを読むことだ。
ラノベは良い。特に異世界転生ものは良い。
最近すたれてきたと言われているが、いやいや……。
異世界ものは夢がある。
ネットではたくさんの異世界もののラノベが落ちている。それらを丁寧に、一つ一つ読んでいくだけで時間が過ぎさって行く。
(さーて、今日はどんなラノベを読もうかな。)
そんなことを考えていたときだった。
大型トラックにぶつかりそうな女の子を目のあたりにしたのは。
「お、おい!」
考えるより先に体が動いていた。
俺は女の子を庇ってトラックに轢かれた。
薄れゆく意識。
そんな中、俺は最後に思った。
「マイホーム……。建てたかったな……。」と……。
そして、俺は白い空間に立っていた。
そこから先は先の通り、見目麗しい女神様に豪炎で焼かれ中。
「ぎゃぁぁぁ!俺はステーキ肉じゃねーぞぉぉ!」
・
・
・
・
※※視点が変わり第三者時点※※
神崎にとって永遠にも感じられた時間も終わりを迎えようとしていた。
「う、うぅ……。」
女神オステリアは目の前に横たわったまま気絶している男を見つめていた。
その美しい顔に微笑を浮かべながら呟いた。その顔は、神と言うより悪魔に近かった。
「……ふーん。なるほどね。」
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