第3話 ドラゴンと青年

女神オステリアは気絶している神崎を見下ろしていた。


「やっとです。やっと見つけた。」


オステリアの表情は嬉々としていて、口元は笑みを隠しきれていない。


「まさか、地球に居たとは……。ふふふ。さっそくその力を頂戴しましょう。」


オステリアは手にもっていた槍を虚空に投げると、それは獰猛な虎に変化した。


虎。


それも光る金色の虎である。


かなりの大きさであり、大人3人分ほどの大きさだ。


「喰らえ。そして我が血肉とせよ。」


オステリアが虎にそう命令すると、虎は神崎に襲いかからんと跳躍する。


そのときだった。


神崎の体から強い光が溢れた。


その光に触れた虎は、まるで蒸発するように消えた。


「ぬぅ!?」


危険を感じたオステリアは、後方へ跳躍して神崎から距離を取る。


そしてオステリアは見た。


巨大なドラゴン3頭を。


山のように大きいドラゴンである。それぞれ、白い光。黒い光。銀色の光を纏っているドラゴンだ。


威厳を感じる美しいドラゴンだった。


その3頭を見たオステリアは忌々しいとばかりに呟く。


「白龍王。黒龍王。銀龍王。」


その名を呼ばれたドラゴン達は、オステリアを睨みつける。


ドラゴン達は足元に倒れている神崎をまるで守るかのように離れない。


ドラゴン達はいまにもオステリアに嚙みつかんばかりの殺意を込めた眼で睨む。


普通であれば死の恐怖で逃げ出したくなる光景だろう。


しかし、オステリアに焦った様子は無い。


青く輝く美しい髪を撫でると、手元に同じく青い色をした長剣が発生した。


それを手に握ると、オステリアは鼻で笑う。


「は。龍神族ごとき一瞬で……。」


そこまで言ったオステリアは、次の言葉を発することが出来なかった。


ドラゴン達の上空にある物を見つけたからだ。


先ほどまでの余裕のある表情は消え失せ、オステリアの顔は警戒に染まっていた。


しかし、口元は笑ったままだ。

恐怖と喜びが混じったような表情である。


そしてオステリアは呟いた。


「…………はじまりの精霊。」


その上空にある物は、物ではなかった。


一人の青年であった。


黒い瞳、漆黒の髪、唇は薄い。


青年は手足をダラリと下げたまま、空中に漂っていた。その姿は、まるで亡霊を思わせた。そしてゆっくりと顔をオステリアのほうへ向ける。


「……!」


剣を構えて警戒を露わにするオステリア。亡霊のような青年は、唇を開くと呟く。


「……幾世代。幾万年。転生せしイエンムト。その輪廻は止められん。」


その声を聴いたものは、10人中10人が青くなっただろう。


低く、そして聞くものを畏怖させるような声色だった。


オステリアが、はっとした顔をして走りだす。


「逃がさない!はじまりの精霊!!」


剣を構え、まるで光の矢のような速度でオステリアは飛んだ。


まっすぐに黒髪の青年のほうへ……。


フッ……!


「……!」


しかし、青年は姿を消してしまった。


空中で交差するかに見えたオステリアの剣は虚空を貫いた。


「く!神崎は!?」


神崎が倒れていた地面へ視線を向けるオステリア。


しかし、時はすでに遅かったことを理解する。


先ほどまで神崎が倒れていたところには、何も居なかった……。


ドラゴン3頭も、神崎も消えていたのだ。


「…………ぬぅ!?」


唇を固く結び。口惜しさを表すオステリア。


「逃がした!」


持っていた剣を、何もない地面に投げつける。青く光る長剣は地面に突き刺さった。


ゆっくりと下降し、突き刺さった剣を見つめながらオステリアは決意したように呟く。


「逃げた場所は判っています。必ず手に入れますよ。……はじまりの精霊。」


青い長剣は、まるで神崎の墓標のように地面からしっかりと立っていた……。

※視点が変わり、どこかの暗い森の風景。一人の男が歩いている※

※※リカオン視点※※


(今日は最悪だ、妻のマリーシアと喧嘩をしてしまった……。)


(喧嘩の内容はいつも子供のことだ……。俺達夫婦には、子供ができない。)


「はぁ……。また言い合いになってしまった。」


(医者にも諦めろと言われているので、俺かマリーシアの身体に何か問題があるのだろう。しかし、こればっかりはな)


納得したように俺はひとり、ウンウンとうなずく。


そして呟く。


「帰ったらマリーシアに謝ろう、ここは男が折れるべきだ。うん。」


時刻は深夜だが、俺は一人で夜の森を歩いていた。


村にいても、小さな村落だし夫婦喧嘩したのがすぐバレる。チャカされるのが嫌だったからだ。


酒屋で飲んでも同じだろう。だからこんな裏山に一人できているんだ。とにかく気分を落ち着かせたかったんだ。そしてそれは半分以上は成功している。


俺は改めて、暗い夜道に視線を向ける。


「とはいえ……。深夜の森は不気味だな。」


一応、腕には覚えがあるので野生動物くらいなら大丈夫だろう。このあたりは魔物も出ない。


(さて……道を戻ろう。)


気を紛らわせるかのように、俺は呟く。


「伝説みたいに、赤ん坊が捨てられてたりな。」


そのとき、俺の耳に何か声が届いた。


『ふぇぇぇ……。』


「うん!声!?獣の声ではないな、まさか死霊!?」


俺はキョロキョロと周囲に首を振るが、誰も居る気配が無い。


空耳かと判断して、ため息を吐いた。


(こんな森に赤ん坊なんて居るはずないよな。はは……まさかな。不気味だし帰ろうか。獣は大丈夫だが、死霊はヤバイぞ。俺、光魔法使えないし。)


俺は再び帰路につこうと足を進めた。


しかし、先ほどの声が妙に気になる。


(でも赤ん坊の声にも似てたな?ふ……子供が欲しいからって幻聴まで聞こえてきたかな。)


自嘲めいた気分にもなる俺。


(もし、赤ん坊だとしたら……。こんな山奥に一人だったら、狼の絶好のエサだろう。念のためだ、念のため……。)


俺は歩道から外れ、声が聞えたであろう方向に足を進めてみることにした。


しばらく歩くと、前方に獣が見えてきた。


(獣!?)


藪に身を隠し、暗闇に眼を凝らす。


(あれは……。狼だな、うん?何か狙ってるな?狩りをしているのか?)


すると、3頭の狼が 一人の赤子を取り囲んでいることに気がついた、今まさに噛みつこうしている瞬間だったのだ。


「な?!なぜこんなところに赤子が!?」


驚いている場合ではない。俺は考えるよりも先に飛び出していた。


「うおおおおお!」


本能的に動いていた。まだ距離が遠いが、魔法剣士の俺には関係ない!いける!


赤ん坊を救うため。俺は詠唱を行う。得意の火魔法だ。


「ファイヤーアロー!」


炎の矢が一本形成されると、それはすぐに発射された。


ゴァっという音と熱を伴いながら。まっすぐ進む矢は、狙いどおり狼の一頭の横腹に突き刺さる。そして狼は炎に包まれた。


「キャイン!」


焼かれて悶える狼。


狼は合計3頭のようだ。残りの2頭が振り向く。


「グルルル!」


「ウォン!」


2頭はうなり声をあげながら、こちらに飛びかからんと前足を下げて臨戦態勢を取った。


俺も足を一旦止めて、態勢を整える。


迂闊に進むと、囲まれてしまう。距離だ。距離が大事だ。


「おぅ?やるのか?犬コロが!」


威圧を試みる。俺の戦闘能力は狼より断然上だ。それを知らせてやる。


「……キュイン!?」


「…………キャン!」


狼は、俺の威圧により一気に後退をはじめた。力の差を感じたようだ。


ゆっくりと後退すると、走り出してしまった。


「ふぅ……よしよし逃げたか。」


狼がいなくなったので、すぐさま赤子に近寄る。


「お、おい!生きてるか!?」


そこに見たのは、生後間もない男の子だった。まだ生まれて数日というところだろう。新生児だった。


「こ、こんな赤子がなぜ森に?」


とっさに周囲を見渡すが、誰もいない。


母親などもいる気配が感じられない。


「捨て子か?このままにするわけにもいくまい……。」


その赤子を抱き上げる。


俺はその軽さに驚く。


「な、なんて軽いんだろう。」


そして。赤子特有のいい匂いがした。


「よーしよしよし、お兄さんが村まで連れて行くからなぁ?もう大丈夫でちゅよー?」


赤ん坊に聞こえているのか、声をかけてみる。赤ん坊は、心なしか嬉しそうな雰囲気だ。分かるのかな?


「あふぇー、ぷぶぅー。」


嬉しそうに腕を振っている。


(む、むちゃくちゃ可愛いな……。この子……。)


俺は赤子を抱きしめながら、しばらく立ち尽くしていた。


まごまごしていると、また狼が襲ってくるかも知れない。ここに立っているわけにはいかなかった。


俺は決意した。


「と、とりあえず!村に帰ってからマリーシアに相談してみるか。」


俺は今度こそ帰路についた。

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