第32話 結婚の約束

その少女は、まっすぐ俺を見つめている。


(超絶美少女だな。)


とても整った顔をしているし、どこか不思議な雰囲気を持っている。


「あの…。凄いって何が?」


「あなた……人なの?何者?」


俺の眼を見つめながら、少女はそう告げた。


「ひ、人じゃないって?何のジョークかな。」


「……。」


少女は無言で俺のことを見つめてくる。


(や、やりにくいな。この子。)


ちょっとイタイ子なのだろうか。


俺はオロオロしていると、少女は微笑した。


「まぁ。いいわ。あなた……綺麗な心なのね。それに、そう……。男の子なのね。はじめ女の子かと思ったけど。」


「ああ、よく言われるんだ……。」


良く性別を間違えられるのはある。どうも、俺は女顔らしい。両親曰く、美少年予備軍らしい。しかも「超絶」が付く。


親の欲目って凄いよね。


「本当に綺麗な顔。エルフだってそこまで整ってないわ。それに、その髪は生まれつき?」


「そ、そうかな。自分の顔は良く分からないや。髪?うん。生まれつきだよ。」


俺の髪は、この世界では珍しいブルーカラーだ。


マリーシアやリカオンからは、「海のように綺麗なウォーターブルー」と褒められる。



この世界の人たちの髪の色は、大体が、ゴールド、シルバー、ブラウンの色が多い。


俺のブルーヘアー、そして彼女のようなグリーンヘアーは世界に何人もいないと言われている。


その世界に何人もいないと言われている髪色の子が、今ここに2人いる。


「君の髪こそ綺麗だね、吸い込まれそうだ。」


「ありがと……。」


「……。」


無言になる二人、それ以上会話が続かない。


俺は気まずくなってきたので、こちらから声をかけることにした。


「君は?見たところ、同じくらいの年齢に見えるけど。」


「違う。私はこう見えて15歳。」


「え?うそ……。」


「嘘じゃない……。」


少女は少し頬を膨らませながら、腰に手を当てて不満を表現した。


まるで人形のような顔にポーズを取らせると、ここまでインパクトがあるのか……と、俺は痛感した。


(そ、そんな可愛いポーズ取られても……。この見た目で15歳という事は……。)


「……そうか、君はエルフなんだね。」


エルフの成長はとても遅い。


長命な種族だからなのか、20歳までは成長が著しく遅いと聞いたことがある。


少女は首を左右に振った。


「ちょっと違う。私はハイエルフ。」


「え!?君 ハイエルフなの!?」


俺は驚いた。ハイエルフといえば、エルフの中でも一握りしかいない。いわば突然変異の種族だ。巨大な魔力をもち、特殊なスキルを持つことでも有名だ。


ハイエルフは、王や種族長に収まると相場が決まっている。この子は王族だったりするのか?こんな街中で何しているんだろうか?


この世界では成人年齢である15歳のハイエルフは、少し誇らしげだ。


「すごい?」


「す、すごい!すごい!」


「君のほうが凄いけどね……。君は何なの?」


「な、何と言われても……。僕は全然すごく無いよ。」


「種族は?」


「え?」


俺は一瞬言葉に詰まった。


種族的には龍人なんだけど、この世界では絶滅してしまっている。俺は少し間をおいて答えた。


「人族だよ。」


「嘘ね。」


「即答!?」


「人族のはずがない。そんな魔力オーラは見たことない。」


「君は魔力が視えるの?」


俺ですら魔力を視る訓練をしてようやく身につけたというのに。


この子は俺の魔力が視えると言う。


ん?おかしいな。俺魔力を出していないはずなんだけど……。


「うん、見える。」


「おかしいな、魔力を出していないんだけど……。」


「出ている魔力を視ているんじゃないの、あなたの中にある潜在魔力、つまりオーラを視ているの。」


「せ、潜在魔力?」


「とっても綺麗な魔力。ブルー。あなたの髪のよう。」


「僕からは見えないけど、君は人に見えないものが視えるんだね、素敵だね。」


「……。」


少女は少し意外そうな顔をして俺の眼をみつめた。


「ど、どうしたの?」


「そんなこと言われたの初めて。大概怖がられるから。」


「そうなんだ。俺はすごいと思うけど。そ、そんなに見つめないでよ……。」


少女は、俺の顔を見たまま微動だにしなかったが、微笑をした。


「決めた……。」


「え?決めた?」


どういうこと?まじで、やりにくいんだけど。この子、いや「子」ではないのか。成人しているわけだから。


「私、あなたのお嫁さんになるわ。」


「お、お嫁さん!?」


「うん。奥さんになる。配偶者。」


「い、言い方はどうでもいいけど……。」


「だめ?」


「だ、だめじゃないけど。」


「じゃあ、いいってこと?」


「りょ、了解はしていないけど……。」


「……。」


涙目になるハイエルフ。俺は困ってしまった。


「わ、分かったよ。お嫁さんね、はいはい。将来なりましょう。俺が旦那様に。」


「……!?本当!?」


「本当、本当。」


俺は適当に答えた。もう、この面倒くさいやりとりから解放されたいのもあった。


どうせ、こんな約束したってすぐ忘れるだろう。


「嬉しい!」


そういうと、少女はツインテールの髪を結んでいる紐を解いた。


パサ……。


太陽に輝き、まるで宝石のようなグリーンヘアーが宙を舞った。


そして、ストレートヘアーになるハイエルフ。


「これあげる。」


少女はそういうと、先ほどまで髪を結わいていた紐を俺に渡そうとする。


色はブルーで綺麗だ。


「え?それ?」


俺は驚いて、それに手を伸ばさない。


少女は俺の手を握り、無理やり俺の手に握らせた。


「これは月の蝶のさなぎが出す月の糸から作った髪結い。かなり貴重」


「そ、そんな貴重なものもらっていいの?」


「うん。旦那様だから。」


「あ、ありがとう」


とりあえずもらっておく……。俺はポケットにしまおうとする。


「ポケットにしまわないで、落とすと困る。」


悲しそうな顔をする。


「じゃあ、何処にしまえばいいの?」


「そうね。手首に結んであげる。」


そういうと、少女は俺の手首に月の糸を結んだ


「あ、勝手に……。」


俺は解こうとすると、少女は悲しそうな顔をする。


「解いちゃうの?」


「いや、その……。あぁ!もう分かったよ!結んでおけばいいんだろ?」


「ふふ。月の糸は貴重……。大事にしてね。」


ハイエルフの子は嬉しそうに笑顔を見せた。


その笑顔がむちゃくちゃ可愛い。


「あ、もう行かなくちゃ……。あなた、困ってるみたいだから。あとであの小屋に行くと良いわよ。」


そう言うと、少女は道の真向いにある古ぼけた一軒家を指さした。


「あれは小屋じゃなくて、一軒家でしょ。」


「そうなの?」


「どう見てもそうでしょ。」


「うちのペットの家と同じ大きさだったから……。」


(どんだけ規模が大きい家に住んでるんだ。この子。)


「とにかくバイバイ。またね。また会おうね」


そう言うと、ハイエルフの少女は走って行ってしまった。


(行ってしまったよ。なんだったんだ。あの子……。)


俺は呆気に取られたまま、彼女の後ろ姿を見送った。

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