第6話 マリーシアの禁忌魔法

////////リカオン視点///////


目の前の光景に、俺の決心は揺らぎそうになった。


「マリーシア………。お前……。」


マリーシアは視線を赤子へ落とし、そして慈愛の目を向けていた。


ゆっくりと視線を俺に向ける。


「分かっているわ。もう連れて行くんでしょ?」


「う、うむ……。」 俺は頷く。


何を話せば良いのか分からない、言葉が続かない。


「私が連れていくわ、一緒に行きましょう。」


マリーシアは「分かってる」と、言わんばかりだ。


肩を落として赤子をそっと抱きあげた。赤子はよく眠っている。天使のような寝顔だ。


それを抱くマリーシアは聖母のような美しさを出している。


「マリーシア……。俺たち二人だって中央都市部にいけば良い治療が受けられる。そしたら二人の子供だって……。」


「うん、でも……。多分私たち二人には……。いいえ、いいわ。行きましょう?」


「う、うむ」


マリーシアは何と言おうとしたのだろう。しかし、俺にそれを尋ねる勇気は無かった。


二人で一階のリビングへ降りる。二人とも無言だった。


一階に降りると、サールは、ソファに腰を下ろして足を組んでいる。


相当イライラした雰囲気だ。貧乏ゆすりまでしていた。


「遅いぞ、私も暇ではないんだ。」


本当に態度が悪い。


確かに俺は貴族でも無い。ただの冒険者崩れだし……、今回は赤子を引き取ってもらう側でもある。しかし、役人にここまでの態度を取られるのも癪だ。


(怒鳴りつけてやろうか……。)


すると、マリーシアが赤子を抱きながら俺に目配せをする。


俺はマリーシアの意図を読んだ。


(そうだな。この赤子を預ける相手だ。機嫌を損ねて、この子に何かあっては困る。ここは我慢だ……。)


俺は極力笑顔を保ちながら、言葉を絞り出した。


「申し訳ない。赤子との別れに思うところがありまして。」


「……。こちらにサインをしろ。後の手続きはこっちでやっておく。」


サールという役人は、一枚の引き渡し同意書を渡してきた。


俺は黙ってそれを受け取り。マリーシアと一緒に読み始めた。


「ちょっと待って。赤ちゃんを……。」


マリーシアはそう言うと、この日のために用意した木製の赤ん坊用の籠に、赤子を慎重に寝かせた。この籠はゆりかごのようでもあり、持ち手がついているので外出にも耐えられる代物だ。


赤子はスヤスヤと寝息を立てている。まるで天使のようだ。


「お待たせ。リカオン。じゃあ、書類を読んでみましょう。」


「う、うむ……。」


二人で読み込む。


いろいろな注意事項や条件などが記載されている。


条件のところを読み込んでいると……。


『金額:0クラン』という文字が書いてあった。


俺達は顔をしかめた。


まるで物扱いのような……。私たち夫婦が子供を売るみたいだ。


顔を見合わせる俺とマリーシア。


「あ、あの……。」


マリーシアが、耐えられないといった表情でサールに話しかけた。


「なんだ?」


面倒くさそうにこちらを見るサール。


「この子は……。この子は……。これからどんな人生を歩むんでしょう?孤児院の子供達はどんな成長を?」


中央孤児院は大陸のなかでも比較的人道的……と、調べはついている。しかし直に聞いてみるマリーシアに同意だ。俺も身を乗り出す。


サールは少し考えたような顔をしていたが、やがてニヤリと笑った。


「うちは他のところよりも良心的だ。安心しろ。」


「そ、そうですか。」


少し安心した表情でマリーシアは嬉しそうに、眠っている赤子の頭を撫でる。


「安心したか?ではこっちに。」


サールが促すので、マリーシアは名残惜しそうに赤子を籠から取り出すと……。サールに赤子を手渡した。


サールは、赤ん坊を受け取ると。自分で持ってきた少し茶色い、薄汚れた籠に放りこんだ。


「ちょ、もう少し丁寧に扱ってください。」


マリーシアは驚いた表情で思わず言う。幸い、赤ん坊は眠ったままだ。


「はん……。分かったから早くサインしろ。」


サールは面倒というか怒っている。怒るのも筋違いだ。


こいつ、大丈夫か? 


しかし、今から赤子を捨てるに近い行為をするのだ。俺達が今更心配したところで、偽善にしかならないだろう。


俺とマリーシアは見合うと、決意したように頷く。


俺はサインすべく、銀のペンを手に持つ。


インク壺はない。これは契約のペンといい。魔力を込めると誓約魔法が発動し、自動的に印字される。


誓約魔法は絶対だ。覆したり、取り消すことは出来ない効果がある。


紙を目の前に置き、俺は身を正す。


サールをチラリと見ると、もう出発準備のために小汚いカバンを整理しはじめていた。次の向かう場所をチェックしているのか。地図を取り出しで見つめ出し、ひとり言を呟いている。


「まったく時間とらせやがって……。次の家は……と。」


どうも胡散くさい。


このサールという人物は信用できるのだろうか。


いや、一応国から役職を与えられている人物なのだから……、大丈夫か。


(し、信じるしかない。もう後には引けないんだ。)


俺は気をとりなおし、契約のペンを握り直す。


(書くぞ……。書くぞ……!)


違和感を感じた自分を振り払おうとしていた。


(マリーシアも違和感を感じていたようだが……。)


横目でマリーシアを見て、俺は目を疑った。


なんと。マリーシアの目が淡く白く輝いているのだ。


よくよく注意しないと気が付かないくらいの光だが。確かに光っている。


そして、その視線は地図に夢中のサールを視ていた。


「!?」 


(マリーシア……!お前!)


それは、上位精神魔法[リーディングメモリー]だった。


相手の記憶を読み取るという禁忌魔法だ。代償魔法でもあり、一度使うごとに使用者の寿命を一年削る。そういう魔法でもある。


扱える者は大陸広しといえども数人であり。貴重だ。


マリーシアは数少ない使い手なのだ。


しかしこの魔法……。使うこと自体が違法であり、バレたら即処罰されることは間違いない。相当に厳しい処罰が待っているはずだ。


しかし、もう止められない。


発動してしまった以上。サールが気がつかないことを祈るしかない。


俺は、そのまま待つことにした。


サインをせずに……。何とか時間を稼がねば……。


俺は心配そうにマリーシアを見つめた。


(マリーシア。何てことを……。)


すると、マリーシアは驚いたような表情を浮かべると、そのまま魔力を低減させて行った。まもなく魔法は終わりそうだった。

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