第7話 家族

精神魔法リーディングメモリー。


上位魔法の中でも「スキル」に分類される魔法だ。


血筋、才能にも寄るため。その使い手は王国でも皆無に近い。


もちろんマリーシアが使い手であることは王国も内緒だ。


この魔法は言うなれば無敵魔法に近い。


存在が知られれば、私利私欲の権力者達が求めるのは火を見るより明らかだろう。


大きな代償を払う魔法だ。知られるわけにはいかない。俺が知る限り、マリーシアが使用したのは過去一回のみ。


滅多なことでは使わない。いや……、使えないのだ。

一度使うとごとに寿命がおよそ一年減る。まさに命を削る魔法だから。


それを使用したマリーシアの覚悟はすさまじい。


俺は固唾を飲んで見守っていた。


「…………ふぅ。」


しばらくすると、記憶を読み終えたのか。息が荒いマリーシアは、ボロボロと涙を流していた。


俺はマリーシアの耳元に口をよせて、サールに聞こえないように聞いてみた。


「マリーシア、何が見えた?」 


俺がこっそり聞こうとすると。


突然、サールから声がかかる。


「おい。」


俺とマリーシアは、びくりとする。


バレたのか。一巻の終わりだ。くそ!


しかし、サールは意外な発言をする。


「トイレはどこだ?借りたいのだが。」


「え……。あ、ああ。それなら、家の突き当りですよ。」


「うむ。借りるぞ。戻ってくるでにサインを済ませておけよ。」


「は、はい」


そういうと、サールは席を外した。


千載一遇のチャンスだ。


「リカオン……。今しかないわ。反動で気を失いそうだけど……。記憶を送るわ。」


「何?お前……。」


「いいから……。もう話す力も残っていないの。見せたほうが早いわ。」


無謀にも、マリーシアは記憶伝達魔法[シンクロメモリー]を使うようだ。


これは代償魔法ではない。マリーシアの数少ない上位魔法の一つである。


しかし、魔力の消耗は激しい。禁忌魔法の直後だ。タイミングが悪い。


さっきリーディングメモリーを使用したばかりなのだ。


そんな状態で記憶の一部を相手に送れる上位魔法を、さらに使うと言うのだ。


上位精神魔法のオンパレードに目眩がするが、マリーシアはきっと何か緊急的に伝えないといけない”何か”を見たのだ。


俺は黙ってうなづいた。


「…………いくわよ。」


すると、すぐに俺の頭の中に映像が流れる。マリーシアの魔法が発動したのだ。


まず見えたのは、貧相な服を着た子供達。これは孤児院の中だろう。子供達はどの子供も痩せかけており、フラフラだ。顔色も良くない。


これは……?


食事風景だろうか……。水のようなスープを飲んでいる。


次々に映像が流れる。


そして、次の映像は……。


裕福そうな男性に連れていかれる子供達。しかし、連れて行かれる子供達は嬉しそうだ。きっと引き取り手なのだろう。


(良かった……。本当なんだ。)


俺はそれを見て安心した。


孤児院で食事や待遇が悪いのは、この王国では普通のことだ。


それよりも、一応寝る場所。食事が与えられ、さらに引き取り手の斡旋までしてくれるのは中央局のみだろう。孤児院にしては、確かに待遇は良いほうなのかも知れない。


しかし、次にきた映像に息を飲む。


貴族の家に入った子供達は、強制的に奴隷契約を結ばされる。そしてはじまる家畜生活。女であれば、変態貴族の慰みもの。男性であれば死ぬまで働かされる。


使い古されると、奴隷市場への売却取引。そこはさらに過酷だ。


内臓まで売却されて、文字通り死のそのときまでむしり取られる。


生き地獄とも言えた。


(なんでこんな……。)


俺が呆然としていると、次の映像が流れる。


中央局の奴らの笑う顔だ。手には多くの金を握っている。声まで聞こえてくる。


『ははは!これだから孤児院経営はやめられん。残飯などを与えて大きくして、貴族に売る。これだけでこんな金になる。養豚所よりも儲かるわい!ふははは!』


俺はそれを聞いて殺意を覚えた。


多くの子供達が、10歳まで生きられずに死を迎える。ここは飼い殺しの場所なのだ。


確かに10歳くらいまでは”他よりはマシ”だろう。


しかし、そこから先は地獄だ。


「こ、これは……。」


俺は思わず声に出してしまった。


しかし、サールはまだトイレから帰ってきて居ない。


(あ、危なかった……。)


マリーシアは、俺の手を握って涙を流している。


いや、そういう悪い結果は想像していたが……。孤児院での待遇は悪いとは聞いていたが、ここまでとは……。


昔、友人に聞いたことがある。


『孤児院に入った子供達は数か月以内に奴隷市場に回される。国に孤児を養う気なんて無いんだ。すぐに金にしたほうが経済が回る。そういうもんだ。』と……。


まさに、その通りだった。


だからこそ……。だからこそ……。俺たちは中央局に引き取ってもらうことにしたのに……。他のところよりも待遇が良いと聞いていたから……。


(それでもこれなのか……。)


俺は向いのソファで眠っている赤子を見て青ざめた。


(あの子をあんな場所に……。)


「あ、あなた……。」


マリーシアは、俺の手を握って。何かを口にしようとしていた。


「マリー……。」


「あな……た。」


しかし、限界だったのだろう。マリーシアはソファにもたれ掛かるように気絶してしまった。


「マ、マリーシア……。」


そのとき、サールが戻ってきた。そして異変に気がつく。


「うん?どうした?」


俺は焦ったように口を開く。


「あ!いえ……。ちょっと寝不足だったみたいで、眠ってしまいました。」


「……ふん。呑気なもんだ。これから田舎冒険者は……。」


「……」


サールは、再び席に戻ると視線を地図に戻した。


もう時間が無い。どうしよう……。


夫婦で話し合う時間もない。流れはサインする方向だ。


どうする?どうする?


俺は半分パニックになりつつあった。


横をみると、マリーシアは完全に意識を失っていた。


リーディングメモリーは使用後に代償として1年分の寿命が削られて、すぐに意識が刈り取られる。こうなると数時間は目が覚めない。


どうする?どうする?どうする?


俺はマリーシアの手を強く握っていた。


するとサールが地図から目をあげ……。


「おい!いい加減にしろ。まだサインしていないのか?」


サールは、怒りも頂点に達したのか。声を荒げてきた。


「サインしないということは。お前の家で引き取るという法になっているぞ?いいんだな。俺はそれで構わない、高い税金で面倒みる子供が減るわけだからな。」


「……は、はい。」 


相談すべきマリーシアは眠っている。俺しか判断出来ない。


……しかし、昨日夫婦で決めたことだ。


(決めた。サインしよう……。恨むなよ?名も知らない赤子よ……。)


俺は意を決して、契約のペンを手に取って魔力を込めた。


サインするぞ!もう終わりにしよう!


そのときだった。赤子が大声で泣き出したんだ。


「ふぇぇぇぇ!ふぇぇぇ!ふぇぇぇ!」


俺は、魔力を込めたペンを思わず止めてしまった。


呼んでいる。あの子が俺を呼んでいる気がした。


「止めて。僕を捨てないで!」


そう言っているようにも聞こえた。


「…………。」


そして、俺の手を握っているマリーシアの手に反応があった。赤子の声を聞いて強く握り返してきたのだ。


(意識がないはずのマリーシアの手が……、痛いくらい俺の手を握りしめている。)


(…………。)


俺は、眠っているマリーシアへ向かって口を開いた。


「うん、分かったよ。マリーシア……。伝わったよ。大丈夫。」


「…………。」


心なしか、マリーシアが微笑んだようにも見えた。


俺の迷いはなくなった。俺は……俺はあの子の父親になる!命をかけて!そう決めた!


決意した途端。俺はペンを机においた。


サールはうんざりした表情で怒鳴りだした


「おい!いい加減に……」


俺は遮るように立ち上がり。そして、高らかに宣言した。


「その子はうちの子だ!お帰りいただこう!」


そして、我が家に1人の息子が誕生した。

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