第140話 聖龍 vs 魔王エングルド

聖龍が吼える。


「なめるな!」


下半身に、魔力を込め直す聖龍。身体強化に振り切ったようだ。


グア!


魔力の奔流が周囲を満たす。


「ふん!」


超高速移動で魔王の背後に回り込む聖龍。


「……はやい!」


表情から驚いた様子はうかがえない。しかし、魔王エングルドは確かに驚きの声を上げた。


油断していたのか、反応しきれていない。


「もらったのじゃ!」


聖龍は魔王の背中に回りこむと、身体強化から魔法攻撃に魔力を切り替える。


そして、両手をかざした。


「龍砲火(ドラゴニック・ボンバラッド)!!」


ドン!ドン!ドン!ドン!


聖龍の腕から、まるで機関銃のような炎の弾が発射される。


一発や二発ではない。


「ぐ!?」


一息で数百発の弾が発射される。魔王はまともに受けてしまった。


前のめりに倒れこむ、魔王エングルド。


今度は魔王が膝をついた。先ほどとは逆の光景だ。


「ど、どうじゃ!」


期待を込めて魔王を上から睨む聖龍。


「ぬ?」


しかし、すぐに聖龍の顔は絶望感に包まれた。


魔王は四つん這いのまま顔を上げると、ニヤリと笑った。


そして聖龍を睨んだのだ。


その様子から、あまり効果がなかったことを悟る聖龍。


「くくく、痛いではないか。終わりか?」


恐怖に、聖龍は呻く。


あれだけ撃ち込んで、致命傷を与えられない事実に愕然とした。


「こ、これが弱体化した者の力か?異常じゃ……。」


かつて、龍人族を壊滅まで追い込んだ者の力の片鱗を見た聖龍。これから待ち受ける未来に恐怖した。


「う、うぁぁ!ヤマト様に会う前に死んでたまるかぁ!」


バ!!


恐怖から聖龍は大ジャンプをして魔王から距離を取る。


魔王は上空に跳んだ聖龍を見上げる。


「元気な娘だ……。」


それからは、聖龍と魔王エングルドの追いかけっこが続いた。


雲の上を抜け、地上に降りては森に隠れ。


聖龍は全速力で逃げた。逃げに逃げた。

数時間後。

何時間も逃げ続けた聖龍。


相手の体力切れを狙っていたのもある……。


しかし、魔王エングルドは嘲笑するように聖龍の後ろをピタリとくっついて離れない。


とても弱体化している者の体力には思えなかった。


「……く!」


聖龍は逃げきれないと判断したのか、元の”悠久の川”のほとりに立つ。


聖龍の魔法のおかげで川が分断されているが……上流からの水源のおかげで、すでに川が戻りつつあった。



「…………。」


聖龍は考える。


ドラゴン化して戦う方法もあったが、あれになったところで魔王の”まと”にしかならない。


しかも、あれになると魔法が使いにくいのだ。それはこの戦いにおいて死を意味している。


ドラゴン化して有利なのは、大多数の弱い敵に対してだ。この姿がベストである。


(しかし……。どう戦う。この魔王エングルドに弱点などあるのか?)


思考と共に、黙しているとエングルドが声をかけてきた。


「何だ?追いかけっこは終わりか?龍族の王よ。」


蔑んだ眼。


それを見た聖龍の中で、何かがキレた。


「これを喰らって、平然としていられるのかのぅ!」


聖龍は空中に跳ぶ。


そして高速詠唱を開始した。


そして、大魔法を繰り出す。


「#######!くらえ!八層豪炎寺!」


聖龍が大魔法を行使する。


コア!


魔王の周囲を巨大な四角形の光が取り囲む。


魔王は避ける気すらないようだ。一歩も動かない。


「ほう……光の檻?何だこれは?余興か?」


「かかったな!これは龍族秘伝の禁術魔法じゃ!!」


「ほう……禁術?どのような代償があるのだ?」


大体において、禁術魔法は高い反動とリスクを伴う。


「これを使用した者は、しばらくステータスが半減化される。それだけに効果は絶大よ!」


「ふ……。その程度のステータスの上下など意味があるまい。それは代償なのか?」


「ほざけ!!御(おん)!!」


聖龍が額の前で、両手で印を組む。


コア!コア!コア!


その光の格子が、8層に渡って魔王を取り囲む。さながら光の檻のようだ。


「ぬ?!」


魔王が少しだけ声色を変える。技の威力を悟ったようだ。


「今さら気がついても遅いわ!ハァ!!」


聖龍が気合を込めると、檻の中に豪炎が暴れまわった。


ゴォォ!!!


光の格子の中に、炎の龍が暴れ回り、魔王を焼き尽くす。


「ぐ!!」


苦悶の声を上げる魔王。


普通の生物であれば、これで焼け死ぬはずだ。たとえ古龍でも即死レベルである。


しかし、聖龍は攻撃の手を緩めない。魔王の強さを知っているからだ。


バ!ババ!!


片手で発動をしながら、片手で追加印を組む。


すさまじい高等技術だ。


「まだまだじゃ!!十六層豪炎寺!!」


先ほどの光の格子がさらに厚みを帯びていく。


「三十二層豪炎寺!!」


コア!コア!


「六十四層豪炎寺」


ゴァァ!!!!


倍から倍へと、格子の層を厚くして威力をあげる聖龍。それに伴い、格子はまるで太陽のように明るくなっていた。


格子の周囲は熱で、空気すら赤いようだ。


「ぐあ!!」


さすがの魔王も、ダメージを負っているのか苦しげな声を出す。


周囲は黒い煙で満たされた。


「はぁはぁ……ゼェ、ゼェ……。ど、う、じゃ。」


”今度はやった”と、確信をもつ聖龍。


術を解除して、聖龍は膝をつく。


魔力のほとんどを使った攻撃だった。


急速に自信のステータスが半減していくのを感じる聖龍。弱体化していくのに伴って、体力も尽きていく。もはや、聖龍に戦う力は残されていなかった。


煙が晴れていき、聖龍は目を凝らす。


そして、聖龍は目の目の光景に驚愕の表情を浮かべた。


「そ、そんな……。」


魔王は立っていた。肩で息をし、ダメージは負っている。しかし、致命傷を与えた様子はない。


魔力障壁を張っていたのか、黒装束は焼け焦げてはいた。


魔王は、端正な顔を歪ませた。そして、ニヤリと笑う。


「はぁ、はぁ……ぐ……。こ、ここまでやるとはな。さすがに効いたぞ。」


豪炎寺は石をも高熱で溶かす聖龍の必殺魔法の一つだ。普通なら効いたというレベルではない。溶けてなくなるのが普通である。


「な……豪炎寺が効いていないのじゃ。」


「いや、我は数%の力しか取り戻していないが、たしかに我を傷つけた。さすがだ、聖龍よ。ダメージを負ったぞ!誇れ!しかし、ここまでだ!」


魔王はバッと片手をあげ、聖龍に向けた。


「く!?」


そして、ここで初めて魔王は魔法名を唱える。


「血黒き炎(ブラッディ・ブラック・フレイム)。」


詠唱破棄だ。魔王は魔法を発動させた。


「ぬぅ!?」


聖龍は身構えるが、すぐに黒い闇の炎が聖龍の足元から吹き上がってきた。黒炎が聖龍を包みこむ。


「ぐああぁぁ!!」


聖龍の全身を闇の炎が包み、焼かれていく。


しかし、聖龍も黙っていない。


「ぬうう!!」


最後の力を振り絞り、魔法を放つ。


「ホワイト・ピュア・フレイム『白き浄火』!」


聖龍が白い炎に包まれたかと思うと、闇の炎は引いていく。


「ほう……、我の火を消したか。しかし最後の足掻き、死を延ばしたに過ぎぬ。」


「く……。」


ドウ……と、音を立てて倒れる聖龍。


うつ伏せに倒れた聖龍は、もはや立つことは出来ない。息をするのがやっとだ。


「このまま血をすすっても良いが。念のため、もう一撃加えておくか……。」


魔王は先ほどの構えから、また闇の炎を出す構えだ。


「死ね!」


聖龍は死を覚悟した。


「せめて……一目だけヤマト様に会いたかった。」


そう思い、聖龍は目を閉じた。


龍族の長はヤマトを思い、最後の瞬間を迎えようとしていた。


黒い炎が聖龍を襲う。聖龍に避ける力はない。


聖龍の死は確実かに見えた。


(もはや、ここまで……)


目を閉じ、最後のときを待つ聖龍。

しかしその時は来ない……。


「?」


異変を感じた聖龍。ふと気がつくと誰かに抱きしめられていることに気がついた。


顔を上げて自分を抱きしめている者の顔を見て、聖龍は涙が溢れた。


姿は変わっていた。


背も大きくなり、かなり成長しているが、想い人を見間違えるはずがない。


「ヤ……ヤマト様……」


ヤマトは、微笑を浮かべると言った。


「待たせたな、聖龍。」

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