第139話 龍の灰燼

ス……。


再び、暗闇に溶け込む魔王エングルド。


(消えた……。い、今のは魔王エングルドに見えたのじゃ!)


しかし、頭から考えを振り払う聖龍。


ここに、かつての災悪の魔王が居るはずがない。


聖龍が、暗闇に叫ぶ。


「この聖龍を襲うなど、剛毅な奴よ!かと思えば、コソコソ隠れおって!出てこい!!」


「……。」


しかし、相手は出てこない。


暗闇に目を凝らすが、巧みに隠れているのか姿を現さない。


油断ならぬ相手であった。あれほどの攻撃が出来るのに慎重なのだ。


「そっちが出てこない気なら……。あぶり出してやるのじゃ。」


聖龍が、両手をガシッと握り魔力を込める。


「#########!」


高速で詠唱を開始する聖龍。


龍族のトップとして最高レベルの詠唱速度と、魔力を有する。


その力は、現在のところ地上最強と言えた。


「ドラゴニック・バースト・アッシュ(龍の灰燼)!」


ゴグアアアアア!


聖龍の半径1キロが業火に包まれた。


範囲魔法と呼ばれるものである。


聖龍の豊富な魔力と魔法行使力があって発現する最高位魔法だ。龍族の血をもっていないと発動しないという種族限定魔法でもある。


その威力は範囲魔法の中でも最高レベルだ。


まるでマグマに飲まれたかとように、周囲が焼き溶けていく。

1分後、周囲に緑は一切なくなった。黒い灰と砂しか残らなかった。


赤いマグマが周囲を食べ尽くしたようだった。


「はぁ……はぁ……焼き尽くしてやったわ!」


聖龍は笑っていた。


これだけ範囲と威力だ、相手が誰であれ倒したに違いないと思った。


「はぁはぁはぁ……。ありったけの魔力で焼いてやった。結局相手が誰か分からなかったのじゃ……。」


聖龍が帰ろうとしたときだった。ふいに背後から声がした。


「さすが龍族最強よ、かなりダメージを食らったわ。」


「!?」


驚いて振り向く聖龍。


「お、お前は!」


そこに立っていたのは黒装束を身を纏う美少年だった。


しかし、見た目と違うことにオーラは禍々しい。見るものを嫌悪感で震えさせるそのオーラを見間違うことは無かった。


「魔王エングルド……。」


聖龍は絶望にも似た声を上げた。


その男は間違いなく、世界を恐怖に落としいれた魔王エングルドであった。


リリスの片眼から、凶悪な魔王へと変貌した最強の魔族。


「回復中でな……。微小なオーラでも確信を得たか?龍王よ。」


「オヌシのような禍々しい存在が他にいるわけないのじゃ!おぅおぅ。かなり弱体しているようじゃな。そのような弱体した体で、私を狙うとはナメられたものよ!」


「ふ……。」


シュン!!


魔王が笑ったかと思った刹那、視界から魔王が消えた。


「ぬ!?」


聖龍が腰を低くして身構えると、背後に気配を感じて振り向く。


「く!!」


振り向く聖龍。


シュン!!!


しかし、背後に魔王はいなかった。


「なに!?」


首を戻すと、なんと魔王は聖龍の眼の前に立っていた。


魔王のスピ―ドが早すぎて聖龍が、ついていけていないのだ。


ドゴォン!!


「くは?!」


腹に膝蹴りをうけ腹部を強打される。「く」の字に折れ曲がり聖龍は膝から崩れ落ちた。


魔王の足元に崩れ落ちる聖龍。


周囲の者が見たら信じられない光景だ。


龍族最強はダテではない、人族、エルフ族、ドワーフ族、海底族。すべての種族の中でも最強の種族、龍族。そのトップ中のトップ。 それが、龍族の王である聖龍。


片手で、人族を100人相手にしても遅れを取らず、エルフ族の最強魔法使いが魔法をぶつけても全てレジストされるほどの魔法行使力。ドワーフの力自慢が槌で殴りつけても平然としているほどの防御力。


どれを取っても、龍族の王は最強であった。


その最強の象徴である聖龍が膝をついて為す術もないのだ。


魔王は自らの足元に膝をつく聖龍を見落ろしながら、氷のような冷たい声を投げかけた。


「我が復活するのにお主の血が必要なのだ、大人しく死ね。」


「!!」


ぞぞぞ!っと寒気がする聖龍。


魔王の声は、聞くだけで怖気づく。しかし恐怖を振り払うかのように、聖龍は叫ぶ。


「くあ!」


そして毅然と立った。


そして、猛列な気迫と共に跳躍をして魔王エングルドから距離を取る聖龍。


それを見た魔王は、ニヤリと笑った。


「ほう……まだやれそうだな。」


///////ヤマト視点に戻る//////


野営の準備をし終えたヤマト達は、睡眠をとるため。見張りの順番を考えているときだった。


『小僧。エルフの翼竜で、南へすぐ飛べ。』


突然に、語りかけてくる魔眼でもある龍眼に、ヤマトは驚く。


「は?これから眠るところなんだが……。」


「南に恐ろしい魔のオーラを感じる。」


「魔人ラスターか!?」


途端に、ヤマトの眼に殺意がこもる。


そのセリフに一向は振り向く。


「ヤマト?」


「どうしたのじゃ?ヤマト?」


「いや……。龍眼が、南に魔のオーラを感じるって……。」


緊張感が走るリリス達。


「魔人か!?」


「まさか!」


ルシナ、リーラン、リリス達に、先ほどまでのまったりモードは無い。


皆、ヤマトの両親が殺されたことで、魔人という単語に敏感になっていた。


しかし、龍眼が否定する。


『いや、魔人ではない。もっと強いものだ。相当に危険だ。』


それをヤマトがリリス達に伝えると、リリスは首を傾げる。


「ならば、行かぬほうが良いのでは?ワザワザ危険な者がいる場所に行く必要が無いのじゃ」


龍眼が否定する。


『その邪悪なオーラが何者かは判らん。しかし、聖龍の気配も感じるのだ。』


「聖龍が!?」


驚くヤマト。


『うむ。小僧。聖龍は絶対に失ってはならぬ存在じゃ。多少危険じゃが、かっさらって逃げるくらいは出来るだろう。急げ!』


ヤマトは逡巡する。


聖龍とは再会の約束をしていた。


(もしかして、俺との約束の場所で襲われている?だとしたら、俺のせいだ!)


居たたまれなくなったヤマトは立ち上がる。


「行く!聖龍を死なせるわけにはいかない。」


そのセリフと共に、皆は動き出した。

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