第138話 孤龍

////////聖龍視点////////////


ここは時を同じくして、龍族の王宮。


世界一の王国の王宮だけあって、絢爛豪華という表現が適切だろう。


その最深部に、誰も入れない女王聖龍の私室があった。


エメラルドグリーンの長い髪を持つ、美少女が部屋の中をグルグル歩き回っていた。


「何故じゃ……ヤマト様は約束を反故にしたんじゃろうか。」


龍族の中では、絶大な権力を誇る族長にして女王。


そんな彼女が、不安と焦燥が混じった表情をしていた。そんな表情を出すのは、ここ数百年無かったことだ。それに聖龍が、乙女のような顔をするのも実は初めてのことだった。


聖龍は生まれてから、ずっと孤独に苛まれていた。


本当に心を許せるのは、教育係でもあったジャスティンのみ。


しかし、それは友人でもなく、恋人でもない。親のような存在だ。


聖龍は普通の女の子が体験するような人生を歩んでこなかった。


それは何故か。


強大な力を持つが故に、恐れられていたからだ。


聖龍は特別な存在だ。


周囲はそう尊敬しても居たし、畏怖しても居た。


王族特有の「引継ぎ」により、膨大な記憶も周囲を怖れさせる要因であった。 


怖れと畏れ。尊敬や畏怖が混じった目。それにさらされる人生であった。


まだ幼龍だったとき何人か友達ができたが、皆結局は離れて行ってしまった。


長い時間に聖龍は孤独を深めていった。


そして、聖龍は常に考えていた。


悩んでいた。


(私は一体なにを目標に生きていけば良い?地上界を守る聖龍?龍族の守護者?)


そう……はじめはその誇りもあった。


しかし、魔王戦争のとき己の無力を悟った。


魔王から下界も守れず、龍人族の長と、神に力を与えてもらったレシータという人族の女に頼りっきり……。


人族やエルフ族は、自分を怖がるばかりだ。


魔王戦争が終わると、積極的に人族を守ろうとも思えなかった。


龍族はこの地上界では、今では最強の種族……。さらに自分はその王……、怖れられるのも仕方がないのかも知れないが。


聖龍は孤独だった、どうしようもないくらいに……


(生きていても、何の意味があるのか……)


そんなことを考えていたときだった、悠久の川にて出合った存在が聖龍の毎日を変えた。


その存在の名前は、ヤマト・ドラギニス。


彼に出会って毎日が激変した。彼に触れられて、少しおかしくなってしまったところはある……。


しかし、幼いながらに聖龍は彼の存在の大きさを感じたのだ。


まだ5歳。しかし、尋常ならざるオーラはかつての龍神王以上のものを感じた。


「あのかたはきっと世界を治めるかた。私は絶対ヤマト様の伴侶になる。」 


そう聖龍は誓って譲らない。


聖龍は、この出会いに感謝していた。運命だとも思っていた。


「ヤマト様に数年待てと言われた、それならば待つ。」


数年だ。少しだけだ。たったそれだけ待てば良い。聖龍にとっては、瞬きするくらいで終わる短い時間であったはずだ。


しかし、ヤマトに出会ってから一日が長く感じるようになった。数年という時間は、永遠にも感じる時間だった。


それももうすぐ終わる……。先ほど、山に彼が入るのを感じたのだ。加護を持つものが、近くにくれば分かる。そういう繋がりを持ちたくて、加護を渡したのもある。


トクン トクン……


やっとだ。


聖龍は待ち焦がれていた男性を待つ、少女ように胸が高鳴っていた。


しかし、それは肩透かしに終わった。


「何故、何故じゃ。」


聖龍は焦りを感じていた。


約束の時に、待ち合わせ場所に向かった聖龍。


加護の力により、聖龍はヤマトが「テリトリー」の中に入ったことを感じていたが、悠久の川を通りすぎて離れていくのを感じていたのだ。


つまり、すっぽかされてしまったのだ。


「おかしいのぅ、ヤマト様。なぜ悠久の川を通り過ぎたんじゃ?もしや忘れてしまったのか……。」


とぼとぼと自国に戻る聖龍。


このとき、ヤマトが危険を感じて悠久の川を通り過ぎたのは、敢えてのことだが、聖龍が知る由も無い。


聖龍の「テリトリー」とは、龍の国全域+魔獣の森奥地周辺+悠久の川周辺であった。その範囲に、加護を持ったものがいれば感知できる。 


逆を言えば、その範囲外の者は感知できない。


予測するに、ヤマトは遥か北に行ってしまったのだ。


落胆に暮れる聖龍。


その4日後のことだった。


急にテリトリーにヤマトが入ってきたのを感じた。


「ヤマト様!?そうか!時間を間違えてしまったのじゃな!もう!お茶目じゃな、ヤマト様は!」


約束の日から4日経過していたが、ヤマトが再びテリトリーに入ってきたことに狂喜した。


「こ、こうしてはおれんのじゃ!」


聖龍は待ちきれず、自分の王宮から飛び出した。近衛兵が止めるのも聞かず、愛する人が恋しくて、居てもたってもいれなかったのだ。


転移ゲートを利用して、すぐに悠久の川へ到着する聖龍。


川辺に立ち、ヤマトを待つ聖龍。


気分はウキウキであった。


「ヤマト様……。待ちどおしいのうぅ。」


キョロキョロと、心配そうに周囲を見渡す聖龍。


エメラルドグリーンの髪をもつ美少女。恋人を探す姿は、それだけで絵になりそうな美しさであった。


その時であった。


ゴオォォ!


頭上から聖龍を猛火が襲う。


「ぬぅ!?」


シュン!!


瞬間移動かと思うくらいの速度で、聖龍は避ける。


ドガ!!!ゴァァ!!!


聖龍が先ほどまで立っていた場所に、火炎球が落ちる。


周辺がすさまじい熱風で包まれた。


避けなければ、聖龍と言えども相当な怪我を負っていただろう。


「な、何奴?!」


聖龍は叫びながら、暗闇の中に目を凝らした。


そのとき……。


ドゴォン!!


「ぐふ!!」


突如、後ろから強烈な衝撃をくらい、ゴムボールのように前に弾き飛ぶ聖龍。


まるで、巨大な龍に背中を思いきり殴られたかのような一撃であった。


普通であれば、上半身がなくなっている一撃だ。


地面に叩きつけられて、数バウンドののちに、ようやく止まる聖龍。


「ぬ、ぬう」


ドクドク……


頭を打った聖龍は、頭からの血が顔にかかる……。


相当なダメージを負ったようだ。ヨロヨロと立ち上がる。


古龍と呼んでも構わないくらいの幻のドラゴン、聖龍。


それを一撃でここまでダメージを負わせる者など、地上界にはいない。


「ど、どこじゃ……。」


相手を探す聖龍、しかし姿は見えない。


すぐに姿を隠したようだ。聖龍は一抹の不安を感じた。


(ヤマト様……。)


一瞬、ヤマトを頼りたいという気持ちが聖龍に芽生えた。これは初めての感情でもあった。


月明かりに一人の男を認める聖龍。


聖龍はそれを見て驚く。


「魔王エングルド……。」

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