第137話 ラスターの帰還 

///////場所と時間は、ラスター屋敷の執務室に戻る///////


ラスターの腹心でもある、タインが慌てている。


執務室に、自らの主人が転移しようとしているのだ。


執務室内にスパーク音が響きわたる。


魔力の質から、ラスターがここに転移しようといているのは明白だった。


「ラスター様ともあろう者が、まったく……。」


溜息を吐くタイン。


転移は悪いことではない。多大な魔力を消費するが上位魔人の特権だ。


しかし、場所がマズい。通常は外か広場に座標をセットするものだ。


幼少期のラスターには良く見受けられるミスだ。しかし、ここ数百年は無い。非常に珍しいことだ。


ゴウン!


「……!」


本格的な転移が始まったようだ。


中央テーブルは爆破され、周囲にあるソファーや調度品。本棚が吹き飛ぶ。


「ああ……もう!」


調度品愛好家でもあるタインは、嘆いた。勢力的に集めた芸術品が台無しである。


よりにもよって、何故転移先を執務室にしたのか。


「な、何てことを……。まったくラス……ター様?」


しかし、魔次元転送により現れたラスターの姿を見てタインは青ざめる。


「ラスター様!」


その様子は、まさに満身創痍だった。


左片腕は消失、また上位魔人の象徴ともいえる黒い翼も片方失っていた。


それ以外にも、体中に傷を負っていた。


膝をついたラスターは息も絶え絶えだった。生きているのが、不思議である。


「はぁ!はぁ!はぁ!ゲホ!ゲホ!」


吐血の量が尋常ではない。


「ラスター様!如何なされたのですか!?」


駆け寄るタイン。


「は、はやく超回復をなさいませ!……はっ!?こ、この傷は!?」


タインは青ざめる。


ラスターの傷から立ち上る瘴気が、尋常ではない毒素を含んでいたのだ。これでは、超回復は使えない。


「ラスター様を上回る魔瘴気……。これは……。」


すると、ラスターは立ち上がろうとするが、そのまま崩れ落ちる。


「ぐは……。」


「ラスター様!そのままで、救護部隊を寄越すので!」


「はぁ……はぁ!ダメだ、タイン!誰も部屋に近づけるな!」


それでも立ち上がり行動に移そうとするラスター。しかし、片腕のせいかうまく立てない。


「な、何故ですか?一体、誰にこれほどの傷をつけられたのですか?」


ラスターは、ベルゼブブ王国ので3本の指に入る実力者である。そのラスターをここまで痛めつける相手に検討がつかなかった。


「…………魔王エングルドだ。」


「……っ!?」


魔王エングルド。


その単語は、魔族の中では伝説と化している。ラスターは、その伝説の人物名を出したのだ。


「遭遇したのですか?魔王エングルドに……!」


「ああ、ベルゼブブ様以上の強さだった。」


「…………そんな。」


冷静沈着で知られるタインが、動揺を隠しきれない。


「本当だ。魔王エングルドはまだ数%ほどの力しか出せていないようだったが……。」


「ほ、本当にエングルドと戦ったのですか?それで討ち取れたのですか!?」


数%ほどの力しか出せていない相手に、ラスターが負けるとも思えないタインは、そう尋ねた。しかし、信じられない結果を告げるラスター。


「傷一つ付けられなかったわ……。俺ともあろうものが良いようにやられたわ……。」


悔しそうに床を殴るラスター。


唖然とするタイン。


「そ、そんな……。それほどなのですか?魔王エングルドとは……。」


「ああ……。逃げるのもやっとだった。しかし、何とか守り切れた。」


「守る……?」


ふと、ラスターの後ろに目をやるタイン。


「……!?」


そこには、地上界の人間と思わしき者達が倒れていた。


3名。


男性と女性。そして小さい女の子が気を失って倒れていた。



/////////ヤマト達の視点移る/////////


ヤマト達は、すぐに魔獣の森へ入った。


ルシナが言うには、エルフの国への転移門が、この魔獣の森のどこかに隠されているとのことだった。


惨劇から、2日目……。


リリス達は、ヤマトの様子を伺っていた。


実の両親を殺された翌日でもある。ヤマトの精神が心配だったのだ。


しかし、特に変わった様子は見受けられない。


おそらく、意図的に平常を装っているのだろう。むしろ、ルシナやリリス達に気遣うシーンすら見受けられた。


だが……。


長年連れ添ったリリスとリーランには、ヤマトの”変化”に気が付いていた。


いつもであれば、冗談や愚痴を言いながらリリスと掛け合うのが通常運転。ヤマトはどんな時でも笑顔を忘れない男だった。


しかし、昨日の事件からヤマトは一度も”笑って”いない。笑顔を見せていないのだ。


確かに、昨日の今日である。笑顔を見せるほうが可笑しいのかも知れない。しかし、リリス達には感じる。


明らかに何かヤマトの中で変化が起きたのだ。


(ヤマトの中で、何かが死んだ……。)


そうリリスは感じても居た。


リーランは、心底ヤマトが心配で何かにつけてヤマトを気遣っている。


リリスも同様だ。


そんな中、魔獣の森を滑空していく一向。


気が付けば、ヤマト達は魔獣の森の中央地帯まで進んでいた。


徐々に、太陽が傾きかけている。リリス達は、そろそろ野営をする必要を感じていた。


ここらは、強い魔物が徘徊しており。それは空も同様だった。


空には、翼竜の他に、魔鷹鳥(デビル・ホーク)や霧切蛇(ミストカッタースネーク)が居た。それらが、夜になると活発化するのだ。


ヤマトがかつて狩り尽くした魔獣だが、強力な空中戦闘力を持つため厄介だ。


「陽が暮れる。ここらで野営をしたほうが良かろう。」


リリスが提案すると、皆が頷く。


「そうだね。ボクの翼竜も疲れている。今日はここで野営して、明日にでも転移門へ急ごう。」


思えば、このルシナの翼竜は飛び通しだ。是非、休ませてやりたい気持ちは皆、同じだった。


野営の準備を始めるヤマト達。


疲れを癒すためには、簡単な野営場を作る必要がある。


火起こし、薪集め、柔らかい草集め、簡単な雨避け、食事の準備等など……、それにルシナは翼竜のメンテナンスなどが加わる。


やることは意外と多い……。


一向は、慌ただしく動き出した。

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