第136話 家族を守る魔人(後編)
(な、何故ここにあの人達が……!?)
マリーシア達は、ブラックシャドウに憑依させて遠くまで誘導したはずだ。
3人が、ここに居るはずが無い。
自分で解除するのは不可能であるし、ラスターが解除した記憶も無い。
(どういうことだ!?)
ラスターは思考を回した。
(……誰か邪魔立てする者がいるのか。しかし、周囲にそのようなものが居る気配はなかった。そのようなマネが出来るのは……神か、悪魔……。……!)
何かに気がついたラスター。
この家族に、想像以上の者達の注目が集まっていることを悟った。
(俺が甘かった……。この家族は思った以上に厳しい状況に居るのだ。)
しかし、後の祭りである。
エングルドだけでも厄介なのに、ここにか弱い人族3人を守りながら切り抜けるのは至難の業である。
(どうする……どうする!)
ラスターが思考中に、マリーシアの声が庭に響く。
「ラスティンちゃん?……ラスティンちゃんなのね?」
「…………!?」
「間違いないわ。ラスティンちゃんなのね!」
(み、見破られた……。)
変化を解いたとは言え、ラスターの変化はあまり”上手”なものでは無い。
せいぜい容姿を幼くした程度だ。
見破られたとしても、おかしくは無い。
しかし、ラスターの背中に生えた翼やオーラが、魔族として忌避される存在なのは間違いない。その容姿と状況にもかかわらず。マリーシアは、ラスターをラスティンだと断定したのだ。
嬉しい反面、絶望もラスターを襲う。
(ああ……。これで、この人達との関係は終わりだ。)
そう思ってしまった。
家族愛と言っても自分が一方的に思っていただけで、それはラスティンと言う人間であるという前提での話だ。
魔族と知られれば、この家族ごっこは終わり。呆気なく終わるのだ。
魔族は魔族……。人間は人間……。その垣根は越えられないもの。
そう思っていたラスターは信じられない行動を目の当りにする。
「ラスティンちゃんを離せ!」
「ラスティ!」
「らしゅー!」
何と、リカオンがこちらに走ってくるのだ。さすがにマリーシアはアカシャを抱えているので走ってこないが、リカオンは戦闘態勢だ。
しかも、”詠唱”を開始して、エングルドを攻撃する気だ。
(な……。)
魔族である自分を助けようとしているのだ。
有り得ない……。
有り得ない光景だ。
何故?
人間でも無いのに?
どうして?
(ま、まだ家族と認めてくれるのか……。)
ラスターは、自分の目から涙が流れ落ちているのを感じた。
「なんだ。このゴミ達は?」
エングルドが、右腕を上げてリカオン達に向ける。
(ま、まずい……!)
感傷にひたっている場合ではない。魔王エングルドは、自分に攻撃しようとしている人間を生かしておくはずが無い。
何気なく上げた腕からは、すでに絶大な魔力が集まっているのを感じる。
このままでは、後ろにいるマリーシア達も危ない。
「う、うぉぉぉ!」
最後の力を振り絞るラスター。無理やりに立ち上がる。
「……む?」
前方に気を取られていたラスターは、多少バランスを崩した格好だ。しかし、掴んだ片翼は離さない。
ラスターは構わず前方に走り出す。当然、握られた片翼が引っ張られる。
グン!
しかし、ラスターは力を込める。
「おおおおぉぉ!!」
ビキ……ビキ……。
ラスターの黒い翼から断裂音がしたが、引き千切れていく。
ブシャ!
血が吹き上がる。
ラスターは片方の翼を犠牲にした。
すさまじい意思力と、行動力である。
自らの翼を犠牲にして、魔王エングルドの手から解放されたのだ。
「……ほう。」
エングルドは、意外な行動をとったラスターに対応が取れていない。
コンマ何秒かの空白。
それで十分だった。
「魔瞬転!」
自由になったラスターは、光の速度で駆けた。
ヤマトが使用している瞬転の進化版だ。
数mの距離を光線と化して移動するラスター。
「ラスティンちゃん?」
「え?」
「ラシュ?」
まるで、閃光である。
ラスターは、アカシャ、マリーシア、リカオンの3人を腕に抱えると。そのまま屋敷に飛び込んだ。
ガシャン!
窓ガラスと、土壁が破壊され、部屋内に瓦礫と破片と共に、リビングホールあたりに転がり込む一向。
アカシャが怪我をしないように、ラスターは胸にアカシャをしっかりと抱きかかえていた。
投げ出されたマリーシアとリカオンは受け身を取り、すぐに立ち上がる。
さすが人族のAランカーだ。身のこなしが、普通の夫婦ではない。
「ラ、ラスティンちゃん?」
「ラスティ!さっきのは?」
二人は、ラスターに質問を浴びせる。しかし、ラスターは二人の言葉を無視した。
一刻の猶予も許さない。
エングルドの視界から、消えた瞬間がチャンスなのだ。
スキルを発動するラスター。
アカシャを抱えたまま地面に片手を置き、スキルを発動。
「魔次元転送!!」
パチ!バチチ!!
リビングルームに電気スパークが起きる。
転送が開始された。
そのとき、外にいる魔王エングルドが行動を開始した。
「逃がすものか。」
エングルドの腕から、太いレーザー光線が発射される。
ズア!!
エングルド側から、ラスター達は見えないはずだ。しかし、リビングにいる3名のうち、ラスターを性格に狙った狙撃は超人技と言えた。
「……っ!」
ラスターは、胸に抱えたアカシャをマリーシアのほうへ放り投げる。
閃光が、ラスターの左腕を打ち抜く。
「ぐあ!」
その刹那、転送が開始された。
ブン!
ラスターとマリーシア達は、そのまま魔界に転送された。
・
・
・
静けさが、室内を満たす。
魔王エングルドは、すぐに部屋に入ってきた。
ガラ……。
部屋内は、煙と焦げた天井により独特な臭いがしていた。
「魔人は……。蒸発したか。惜しい者であった」
しかし、部屋には怯える人族が3人残っていた。
マリーシア、リカオン、アカシャである。
「お前らなどに興味は無い。」
エングルドは、ろくに見もせずに振り返ると、魔王は指をパチリと鳴らす。
「!」
その瞬間、3人は目と口から血を流して絶命した。
魔王エングルドは振り返りもしない。
外を見渡しながら、呟く。
「リリスめ。どこに居るのだ。」
シュン!
魔王は、その場から立ち去った。
しかし、魔王は知らなかった。
今、殺した人族は、人族ではないことを。
それは擬態したブラックシャドウ達だった。
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