第135話 家族を守る魔人(中編)

マリーシア達を見送ったラスターは、次の手を打つ。


「ブラックシャドウ!」


ラスターが叫ぶと、3体のシャドウが地面が生えてくる。


先ほどと違い、今度は立体的な人型形態だ。


それらは、無言でラスターの前に立っていた。


「分かっているな?シャドウ達よ。」


ラスターは、シャドウ達にいくつか指示を出す。


「………。」


無言でシャドウ達は頷くと、3体がクネクネとダンスをするように動き出す。


「良し……。エングルドはどうしている?」


ラスターは家の周辺に魔力探査(ソナー)を張り巡らせる。本来、蠅魔の仕事なのだが、どういう訳だか機能していない。


(周辺に数千の蝿魔を展開させていたはずだが、どうやって潜り抜けたのだ……。魔王エングルド……、底が知れない……。)


しかし、周辺には魔王エングルド以外の気配が感じられない。


その時だった。


家の前から、声がする。


声質は、10代の少年のもの。しかし、冷たい氷のような声だ。


聴く者を震え上がらせる恐怖の声とも言えた。


「何やら強い魔力を感じるぞ。リリスなのか?中にいる奴よ!出て来い。居なければ、このまま家を焼き払う。」


それは脅しでも何でもなく、実行予告だ。


それを感じ取ったラスターは、ブラックシャドウ達を後ろに外に出ていく。


エングルドは、前庭の真ん中に立っていた。


ラスターの姿を見ると、眉を上げる。


「……魔人?何故ここに……。」


「…………。」


ラスターは無言だ。


しかし、これは意図したものではない。魔王エングルドの重圧に手足が硬直しているのだ。


「答えろ……。リリスはそこにいるのか?」


何故か、エングルドが警戒しているのは魔人ラスターでもなく、ヤマトでもなく。リリスのようだった。


「リリスは居ない。」


「……ほう。嘘をつくとタメにならんぞ。」


「……本当だ。」


「立ち去れ。魔王エングルド。」


「……何。俺の名前を?」


エングルドは、口元をわずかに緩ませた。その微笑は、本来であれば女性を魅了するものだが、ひどく冷酷なものに見えた。


「な……何が可笑しい。」


「ふ。他人に自分の名前を呼ばれたのは、数千年振りであったのでな。」


「………。」


「リリスのことだ。お前を使って何かを画策している可能性もある。」


「俺はリリスとは無関係だ。」


「……我は何者も信用しない。」


「ではどうすると言うのだ。エングルドよ。」


「そうさな。お前を殺して記憶を読ませてもらおう。」


「……っ!」


強烈な殺意を感じたラスターは変化を解いた。


ズア!!


ラスターの体が、みるみる内に本来の姿に戻っていく。


それに伴って、背中の傷も癒えていく。


魔族特有の能力。


超回復だ……。


回復に伴い、ラスターの魔力が高まった。


ズア!!


凄まじいオーラがラスターの肩から立ち上る。


それを見た魔王エングルドは、感心するように片眉を上げた。


「ほう……。ただの魔人ではないな。」


「……。」


ここで身分を明かす筋合いはない。ラスターは無言を貫いた。


「何故、地上界の家に居る?見たところ、この家から気配も感じられる。それを守るつもりか?」


「……。」


エングルドは笑った。


「はっはは!無言。まぁ良い。我の力は数%ほどしか回復しておらんが、肩ならしにはなるだろう。」


「……なっ!?数%だと!?」


「ああ。我ながら情けないほどの魔力に落ちぶれている。まぁ、貴様程度の相手には問題ないがな……。」


「…………むぅ。」


驚くラスター。


今、目の前にいる魔王エングルドからは凄まじいパワーを感じるのだ。


それを数%のパワーと言っているのだ。


(ハッタリ……。)


そう考えたラスターだが、それは無いとすぐに考えを改める。エングルドが嘘をつく必要が無いからだ。


何せ、この完全形態に戻ったラスターの魔力ですら、今の魔王の足元にも及ばないのだから……。


ラスターは死を予感した。


(今、逃げるわけにはいかん。マリーシア達が、逃げ切るまでにはもう少し時間が必要だ。)


ザリ……。


腰を低くして、戦闘態勢を取るラスター。


「行くぞ!」


ラスターと魔王の戦いが始まった。

戦いは一方的だった。


ラスターは、格闘戦では滅多打ちにされ。魔法戦ではすべて打ち消された。空中戦ではスピードで軽く上回る魔王になすすべがなかった。


魔界でも指折りの実力者であるラスターが、まるで子供のように扱われていた。


「はぁ……、はぁ……。」


今、ラスターは魔王に踏みつけにされている。


背中の翼を握られ、足で顔を踏まれ。まさに地面を舐めるような態勢にさせられている。


屈辱を覚える。


「こ、ここまで力の差があろうとは……。」


しかし、それとは別に魔王エングルドは感心したような顔をしている。


「…………。ふむ。オヌシ……名は何と言う?なかなかの実力だ。殺すには惜しい魔人だ。」


「死んでも言うかよ……。」


「ふはは!そう言うな。我の配下になれ!我に仕えれば世界は思いのままぞ。」


「…………。」


以前のラスターであれば、あっさり飛びついていたかも知れない提案だ。


今、まさに殺されようとしている。


その提案に乗るのがベストと言える。


しかし、ラスターは自分でその選択をしないことが判っていた。


マリーシアやアカシャ、そしてリカオン達の顔が、脳裏に焼き付いているのだ。


自分が今負けてしまったら、大事なものが消されてしまう。


そう感じていた。


(それだけはさせぬ。)


しかし、ラスターには奥の手があった。


魔次元転送だ。


それを使えば、この場から逃げられる。


もうマリーシア達も、十分距離を離したであろう。ここらが潮時だった。


(な、何かきっかけがあれば……。)


その時だった。


「ラ、ラスティンちゃん!?」


「ラスティン…なのか?」


「らしゅー!らしゅー!」


幻聴かと思った。


しかし、聞き間違うはずが無い。3人の声だ。


「……っ!?」


ギョっとしたラスターは顔を上げる。そして絶望のうめき声をあげる。


「な、何故……ここに……。」


そこに居たのは、すでに逃がしたはずのマリーシア達だったのだ。

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