第134話 家族を守る魔人(前編)

※ヤマトが帰宅する数時間前に遡る※


マリーシアに、「家族にならないか?」という提案にラスターが驚いた後、魔人ラスターは何気なく見た外の景色に衝撃を受けた。


夜の帳がおりていた。その月明かりに、はっきりと映る人物。


左右に黒と白のツートンカラーの髪色。そして美少年を象徴するような、美しい容姿。何よりも、立ち上るオーラ。


見間違えるはずが無い。


「ま、魔王エングルド……。」


それは、かつて見たことがある。災悪の象徴『魔王エングルド』だ。


「な、何故エングルドが!?」


しかし、驚いている時間は無かった。


(さっさと逃げるぞ!今なら逃げられる!)


エングルドは、裏口から外への脱出経路を頭に描いていた。


しかし、ラスターの足は動かない。


自分が逃げれば惨劇が起きることは想像に難くない。


エングルドの目的はあきらかにヤマト達。しかし、ここにヤマトは居ない。となれば、マリーシアや、アカシャが殺される……。それは明白だ。


(人間のことなど知ったことか!さあ。足を動かせ!)


(何を躊躇う……。逃げろ!逃げるんだ!動け!)


「……っ!」


しかし、意識とは反対にラスターは、アカシャの寝室へまず駆けていた。


飛び込むように寝室のドアを開けると、スヤスヤと眠っているアカシャが居た。


「………。」


ラスターは、アカシャをそのまま抱き上げる。


「むにゃ……ラシュ……。」


しかし、アカシャはそのまま眠っていた。


「うん。そのまま寝ていてね。アカシャちゃん。」


アカシャを胸に抱いたまま、ラスターは体を翻してマリーシア達の寝室へ駆けた。


「ぐ……。」


背中の痛みが、襲いかかってくる。しかし、今は変身を解くわけにはいかない。


狂ったようにマリーシア達の寝室のドアを叩く。


ドン!ドン!


「マリーシアさん。リカオンさん!起きてください!」


すると、すぐにドアが開く……。


そこには寝間着姿のリカオンと、マリーシアが立っていた。


「ラスティ?どうしたんだい!?傷が開く!ダメじゃないか!」


リカオンはアワワという感じだ。


マリーシアも何事かという顔をしている。


「それどころではありません!」


ラスターは、アカシャをそのままリカオンに預けた。


「ラスティンちゃん?」


不思議がる二人に、ラスターは軽く深呼吸をすると口を開いた。


「良く聞いてください。三人は逃げなくてはいけません。」


「……え?」


「何を言っているんだ?ラスティン?」


しかし、ラスターは手で”質問は受け付けない”と、ポーズを取った。


「時間がありません。僕の言うことを最後まで聞いてください。これは命に係わることです。」


「…………。」


「…………。」


二人とも黙る。何か大変なことが起きていると判断したようだ。


「今から、三人は裏口へ。良いですか?すぐにです。すぐに裏口に向かうんです。」


「…………?」


顔を見合わせるマリーシア達。アカシャはスヤスヤ眠っている。


「裏口から出たら、すぐに村の南へ逃げてください。」


リカオンがたまらず質問をする。


「…………何故?」


「…………今から凶悪な魔族が、この家を襲ってきます。」


「……!」


「まさか……。魔人!?」


驚き、顔を見合わせる二人。


マリーシアは、ヤマトを失ったときの記憶がフラッシュバックしているようだ。顔を青ざめさせている。


「魔人……ではありません。それよりももっと凶悪で強いものです。」


まさか、魔王が来たと言っても信じられるものではないだろう。


「じゃ、じゃあ。ラスティンちゃんも一緒に!」


「そ、そうだ。俺達と一緒に逃げるんだ!ラスティン!」


すると、首を横に振るラスター。


「……な、何故?」


「駄目です。その者を引き付ける役が必要だからです。」


「ラスティンがそれをやると言うのか?ダメだ!それでは、俺がやる!」


「だめよ!あなた!一緒に逃げましょう!ラスティンちゃん!」


慌てる二人を見つめる。ラスターは胸にこみ上げるものを感じた。


(この二人は、魔人以上の凶悪と言ってもまだ逃げない……。俺を放置できないんだ。)


絞り出すように声を出すラスター。


「それは……できません。」


「だから、何故だ!答えなさい!ラスティン!」


「ラスティンちゃん!」


「…………っ!」


ラスターは唇と噛んだ。


そして、二人の顔を最後に目に焼き付けるために、まっすぐと見た。


ラスターは叫ぶ。


「使い魔『ブラックシャドウ』!」


【ブラックシャドウ】

ラスターの使い魔。2形状を持つ。1つは実体をもたない影。地面を這う。もう1つの形状は人型であるが、まるで影を立体化したかのような形状をしている。魔界においても生息数は少ない。顔には目と耳のみが付いているが、鼻や口などはない。見た目に反して、高い知能を保有しており。大抵の命令はこなす。スキルは、『擬態』『憑依』を持つ。


地面から、まるで植物が生えてくるかのように現れるブラックシャドウ。


それはマリーシアの足元から、リカオンの足元から、足からゆっくりと覆うように這い上がってくる。


「え!?」


「うわ!」


足元から這い上がる黒い影に、驚くが動けない。まるで下半身が、麻痺してしまっかのようだ。


マリーシアとリカオンは、驚き……そしてラスティンの顔を見た。


「こ、これは……使い魔?」


「え……、何故ラスティンちゃんが…。」


マリーシアはアカシャを抱いたままだ。


ゆっくりと、マリーシアのほうへ近寄るラスター。


「ラスティン……ちゃん?」


ラスターは悲しそうな……、寂しそうな顔をしていた。


マリーシアは、恐怖を忘れてラスターの頬に触れた。


ラスターは、その手のひらを感じるように目を閉じていた。


…………時間にして数秒だっただろうか。ラスターは確信した。


自分が、マリーシア達に感じている感情を。


それは……、家族愛というものだった。


「…………マリー……お母さん。さようなら。」


「ラスターちゃ……。」


ラスターは、続けて命令する。


「行け!ブラックシャドウ!」


すると、シャドウ達はマリーシア達の足を、本人達の意思とは無関係に動かし始める。


「え……?」


「な?」


マリーシア達は階段を下り、そのまま裏口へと向かった。憑依された人間に抗う術はない。


「嫌!ダメよ!ラスティンちゃん!こんな……5年前と変わらない……ダメよ!ラスティンちゃん!!」


最後まで、叫ぶマリーシア。


「…………。」


しかし、途中から声がしなくなった。危険と判断したブラックシャドウが、口のほうまで憑依したようだ。


誰も居なくなった屋敷内に、一人残る。


そしてラスターは呟いた。


「何をしているんだ……俺は……。」


ズン……!


突然に、周囲の雰囲気が重くなる。


ラスターはそれが何か判っていた。


圧倒的な魔力。存在。


家の正面に、魔王エングルドが来たのだ。


「さあ。魔人の力を見せてやるか!」


ラスターと魔王の戦いがはじまろうとしていた。

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