第143話 足掻き

(このままでは全滅する、龍眼……早くせい!)


リリスがそう思ったとき……。


眼の前の光景に驚く。


そこにはヤマトが居た。


フラフラと、魔王に近寄っていくのだ。


「ヤ、ヤマト……!?」


リリスとリーランは、ヤマトの無謀な動きに驚く。


ヤマトは、「はぁ……はぁ……」と歩くのも億劫な様子で、魔王に向かっていく。


瀕死だが、眼光だけは鋭い。確固とした意志の元に動いているようだった。


「…………。」


魔王は聖龍の頭を掴んだまま、死人のように歩き寄るヤマトの様子を見ている。


「…………何だ?この阿呆は?」


「…………はぁ。……はぁ。」


魔王の眼の前に立つヤマト。


「ぐぁ……。ヤマト様……。お逃げを……。」


聖龍がやっとの思いでそう告げると、ヤマトはゆっくりと手を伸ばす。


「ぬ?」


セイリュ―を掴んでいる魔王の右腕をヤマトが掴んだ。


その握力は凄まじい。


魔王でなければ、握り折られるほどの握力だ。憎々し気にヤマトを睨む魔王エングルド。


「このガキ……。神聖な我に触れたな。」


「……は、な、せ」


「……何?」


血だらけのヤマトが、魔王を睨む。


「聖龍を……はなせ。」


ミシミシ……。


「むぅ?」


瀕死の男にしては、すさまじい握力だ。魔王は一瞬顔をしかめた。


「…………。目障りだ。」


聖龍を掴んでいる手を離し、振りかぶった瞬間。まるで大砲のような一撃が、ヤマトの腹部を襲う。


「ぐはぁ!!」


”く”の字に折れ曲がり、まるで木の葉のように吹き飛ぶヤマト。


そして、放物線を描いて地面に落下した。


解放された聖龍は、そのまま魔王の足元に崩れ落ちる。


ドゥ……。


「あぅ……。」


ヤマトも聖龍も仰向けに倒れた。


「ガハ……。ガハ……。」


「ぐ……。」


二人共、もはや虫の息だ。


「ふん……。」


魔王は、再び聖龍に視線を戻した。


右腕を離してしまったため、セイリューは魔王の足元に倒れている。


「ヤ、ヤマト、さ、ま。」


セイリューに力はない。セイリュー呻きながら、ヤマトのほうへ何とか近寄ろうと這っていた。


「何を、そのガキに期待している?リリスも聖龍も……、あのようなカスに何の価値が……。」


再び、聖龍を掴みあげようとする魔王。


「ま……て。」


「……?」


視線をヤマトのほうへ向ける魔王。


そして、片眉を上げて驚く。


なんと、ヤマトが再び立ち上がって、こちらにヨロヨロ近づいているのだ。


ゆっくりと歩き寄って行くヤマト。まるで、ゾンビのようだ。


「しつこいぞ……」


魔王は面倒くさそうに言うと、軽く一歩踏み出す。


シュン!


瞬間移動のように、目の前に現れた魔王に驚くヤマト。


「……!」


今度は、膝蹴りでヤマトの腹を一撃する。


ドオォン!


「ぐは!!」


吹き飛ぶヤマト。


同じ光景だ。


「……虫けらが。……ん?」


しかし、魔王は再び驚くことになる。


前方のヤマトは、再び立ち上がろうとしていた。しかし、なかなか立ち上がれない。


「はぁ……。はぁ……。」


魔王エングルドは、ヤマトがゾンビか何かなのではないかと疑った。


魔王は溜息をついた。


「何なのだ、この男は……。」


魔王は、ヤマトの倒れているすぐ傍に立つ。


そして、ヤマトの髪を掴むと持ち上げる。


「ぐあ……。」


痛みに悶えるヤマトと、魔王の視線が絡む。


「……ふむ。スキルで防御しているな。少し軽く殴り過ぎたか?」


再び、振りかぶる魔王。


「……!」


ドゴォン! ドゴォン!  ドゴォン! ドゴォン!


魔王の巨大ハンマーのような一撃が、ヤマトを襲う。


「や、やめろぉ!!」


惨劇に耐えられなくなったリリスは、たまらず走り寄る。


そして、魔王の後ろから殴りつけようとする。


冷静なリリスにしては珍しい行動だ。


それを見たリーランは焦る。


「は、母上!お止め……」


しかし、リーランが止めるのも間に合わない。


「エングルド!ヤマトを離せ!」


「黙れ死霊。」


ドゥ!


「ガ!?」


魔王が何気なく振るった拳により、リリスの肉体が消し飛ぶ。


シュゥ……。


肉体が爆散すると、リリスはヤマトの右腕に格納された。


「は、母上……。」


「リ、リ、ス……。」


リーランとヤマトは、名前を呼ぶことしか出来ない。


しかし、リリスは死んだ訳ではない。一時的に、ヤマトの右腕に戻っただけだ。


その様子を、せせら笑う魔王エングルド。


「くくく……。何とも情けない姿だな、リリス。……さて。」


鼻で笑うと、再びヤマトを殴りつける魔王。


それを繰り返すこと、数回……。


おぞましい撲殺劇が終焉を迎えようとしていた。


ピク……ピク……。


「ヤ、ヤマト……。」


ヤマトの体の状態は酷く、あまりに残酷な光景に口を押さえるリーラン。


リーランは、ヤマトが死んだかと思った。


「……ガハ……。」


かろうじて呻き声が上がる。何とか生きてはいるようだ。


しかし、ヤマトはボロ雑巾のほうがまだ綺麗なのではないかという姿だった。


生きているのが不思議な状態とも言えた。


「はぁ……。しぶとい。いい加減にもう死ね。」


魔王は、黒い炎で止めを刺すべく右手をヤマトのほうへ向ける。


魔法を発動しようとしているのだ。


「ヤ、ヤ……マト……さ、ま!!」


ヤマトを救おうと、何とか立ち上がろうとする聖龍。


しかし、聖龍も傷が深く立ち上がれない。


「ヤマト!!危ない!!」


たまらずリーランも走り寄ろうとしているが間に合わない。


ヤマトの死は決定的に思えた。

そのときだった。

ドゥン!!


「!」


ヤマトから手を離すと、バックステップで距離を取る魔王。


上空から、魔王に”何か”が体当たりしようとしたのだ。


ズザー!!


態勢を整え、前方を睨みつける魔王エングルド。


「……今度はエルフの翼竜か。」


魔王の視線の先には……1頭の翼竜にまたがるエルフが居た。


「ヤ、ヤマトはやらせないよ!」


凛とした張りのある声だ。


金髪で、まるで絵画から抜け出してきたかのようなエルフ。


名前はルシナだった。

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