第142話 龍眼の作戦

魔王とリリスの対話の隙に、リーランはヤマトの横に走り寄る。


そのまま、ヤマトの背中を治療しようとすると、絶望の声を上げた。


「こ、これは……。」


背中の鎧はドロドロに溶け肌が露出している。その背中は焼け爛れていた。


想像以上に酷い状態。


一部、骨が見えている箇所もある。


(いけない!このままではヤマトが死んでしまう。)


リーランはすぐに治癒魔王の詠唱を開始した。


「ヤマト。待ってね!今治療してあげるから!。」


「た、頼む……リーラン。」


ヤマトは多数のスキルを保持しているが、回復や治癒系のスキルを一つも取得していない。


龍王たる聖龍も、主属性は火属性・身体強化・龍種魔法(ユニーク)の3属性である。治癒魔法は持っていない。


このメンバーでは、唯一リーランが治癒魔法を使える。


リーランが突然現れたことで、聖龍は驚いた。


(リーラン?まさか、あのリーラン殿か!?龍人族の……!?)


しかし、今ヤマト達は質問に答えられる状態ではない。


聖龍は空気を呼んで無言だ。


(………もしリーラン殿だとすれば、龍人族きっての治癒魔法使い。任せてみるか。)


すぐに詠唱を開始するリーラン。


「############。」


しかし、それを待つほど魔王はお人好しではなかった。


「リリスが気にかける人物。……試してみるか。」


「ま、待つのじゃ!エングルド!」


フッと魔王が消えた。


「ま、まずい」


リリスが叫ぶ。魔王が高速で移動したのだ。


「!!」


ヤマトは危険を察知した。


「リーラン!離れていろ!!聖龍も!!。」


ドン!と、二人を突き飛ばし、聖龍とリーランから距離を置くヤマト。


「きゃ!ヤマト!まだ治療が……!。」


「ヤマト様!。」


身の危険を感じたヤマトは、自らの体にスキルをかける。


「ダイヤモンド・アーマー(金剛石の鎧)!。」


ズア!!


ヤマトの体が淡く発光する。

【ダイヤモンド・アーマー(金剛石の鎧)】

体全体の防御力を爆発的に上げる技だ。見た目は変わらないが、ダイヤモンドのごとき皮膚に変質させ、多少の斬撃や打撃では傷すらつかない。スキル保有魔獣は、金剛石ゴーレム。岩石地帯に生息しているが、非常に珍しい魔獣。


「よし!」


ヤマトがスキルを発動し終わったと同時に、聖龍が叫ぶ。


「ヤマト様!右じゃ!」


「右!?」


ドゴォ!


聖龍が叫ぶと同時だった。ヤマトは顔面に、魔王の拳を受けて吹き飛んでいた。


「ガハ!」


ヤマトは顔面を拳で撃ち抜かれて、鼻血を出しながら吹き飛ぶ。


「「ヤマト!」」


「ヤマト様!」


ズザザザ!!!


ヤマトは、そのまま地面に転がり。やがて止まると動かなくなった。


「う……。」


うつ伏せに動けないヤマト、一撃で戦闘不能状態に陥っている。


すさまじい腕力だった。


リリスは驚愕した。


「ダイヤモンド・アーマーで防御力をかなり上げているのに……。なんちゅう腕力じゃ。」


しかし、首から上が消失していないのを幸いに思うべきかも知れない。何故なら、魔王エングルドは最盛期には拳一つで、山々を消し飛ばしたことさえあるのだから。


スキルを使ったとは言え、ヤマトが無事なのは魔王エングルドが弱体化しているからに他ならなかった。


「ガハ!ガハ!」


何とか起き上がろうとするヤマト。背中の傷も致命傷だ。なかなか立ち上がれない。


リリスは青ざめる。


「や、やはり……。い、今のヤマトでどうこうなる相手ではない……。」


魔王は、ヤマトが立てないのを見ると意外そうな顔をした。


「なんだ……。リリスが目をかけている割には、弱すぎるぞ。」


魔王はリリスをチラリと見やる。


リリスは魔王を睨みつけた。


「……エングルド!!」


「…………ふ。死んで知能のほうも低下したか。リリス」


「何じゃと!」


「リリスよ。このようなカスに憑りついて何をしておる。」


「……く。」


「お前の血を飲めば、全回復するはずだったのだが……。そもそも死霊のお前では役に立たぬ。やはり……狙いは……。」


「ヤマト様!!」


ヤマトに駆け寄ろうとしている聖龍。魔王はそれに目をつけた。


「我の狙いは最初から聖龍よ。」


シュン!!


高速移動をして聖龍の目の前に立つ魔王。


「……この!!」


聖龍は腰にあった長剣を抜刀して切りかかろうとするが、禁術によりステータスの落ちた聖龍にスピードも力もない。


魔王は何ごともなかったように聖龍の頭を掴む。


ガシ!


「ぐあ!!」


ミシミシ……。


聖龍の頭が軋む音がする。


「うぐぁぁぁ!」


頭を捕まれたまま、激痛に叫ぶ聖龍。


「聖龍、お前の命をもらうぞ。」


力を込めようとする魔王。リーランはヤマトのほうへ走り出しているが、まだ追いついていない。


そもそも治療したところで、ヤマトの力では魔王に敵わない。嬲り殺しになるだけだ。


(ヤマトも聖龍も……もう……。まだか!龍眼。)

龍眼が立てた作戦は、こうであった。

実は聖龍への救出に入る前に、ヤマト達は魔王エングルドを見て作戦を開いていた。


「ま、魔王エングルドじゃ……。これはマズイぞ。」


「は、はい……母上。まさか、もう魔王に出会うなんて……。」


魔王エングルドを遠目に確認した一向は、焦った。


ヤマトも、魔王のオーラを見た途端に、決死の覚悟が必要と認識した。


リリスは魔王の様子を注意深く観察した。


「現在の魔王の力は、1割も力は無いようじゃ。かなり弱体しておるな。」


「なら!このまま突入するぞ!」


ヤマトは、聖龍の危機と見るや。後先考えずに割って入ろうとする。


しかし、龍眼がそれを止めた。


『待て、小僧!早まるな。』


「何だ!?聖龍が殺されてしまう!」


『吾輩に作戦がある。』


「「さ、作戦?」」


『うむ。良いか?これから作戦を伝える。吾輩は、しばらく魔力を固定する。』


「魔力を固定?」


『そうじゃ。本来であれば小僧の膨大な魔力を自分で制御するのが一番効率が良い。しかし、小僧にまだ修行をつけておらん。今のまま魔王と戦うと殺されるのは必定。』


「じゃあ。やっぱり聖龍をかっさらって逃げるしか……。」


『無理だろう……。』


「は?」


龍眼の言葉をリリスとリーランに伝えると、それにはリリスも同意した。


「うむ。ワシもそう思うのじゃ。ヤマトでは魔王から逃げることも出来ないじゃろうな。」


「そ、そんなにか?」


「間違いない。無理じゃ。」


ヤマトは、冷たいものが背中を流れるのを感じた。


誰よりもヤマトの実力を知っているリリスが言うのだ。間違いないのだろう……。


『うむ。魔王エングルドは強い。だからこそ、吾輩の作戦を聞け。』


「わ、わかった。」」


『ふむ。さっきも言ったが、吾輩はしばらくこれから魔力をかき集める。ほかならぬ、小僧の魔力を体内でじゃ。』


「俺のを体内で?」


『そうだ。それをかき集めて。小僧の体を借りる。』


「か、借りる?」


『ああ。憑依と言ったほうが良いかな?それをするのだ。』


「憑依したところで、どうなるんだよ?やられちまったら、シャレにならねーぞ?」


『ふはは。侮るな。吾輩の剣技は、龍神族でも歴代1位。魔王エングルドを撤退させるくらいの力はある。』


「…………。」


ヤマト達は、その龍眼の作戦に乗るしかなかった。


龍眼の話では、憑依するまでに必要な時間は3分。


3分だけ耐えれば、龍眼が代わりに戦うと言うことだった……。

しかし、戦闘が始まってから1分も経過していない。


今の状況はヤマトがやられ。聖龍が危うい状況。


どうみても、あと2分と少し耐えられる時間は無いように思えた。

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