第144話 ルシナ vs 魔王エングルド

「##########!」


翼竜を飛ばしながら、ルシナが高速で詠唱を開始する。


かなりの詠唱速度だ。ルシナは高速詠唱スキル待ちだった。


「風の精霊よ。我に風の翼を与え給え!ウィンド・ウィング(風の翼)!」


ブア!!


ルシナの翼竜が、風に包まれる。


それと同時に、翼竜が超スピードで飛行を開始した。


先ほどとは、雲泥の差のスピードだ。


空を矢のように進むルシナを見て、リーランが驚く。


「す、すごい……。精霊魔法で風の加護を与えて、翼竜にスピードを加えてる。」


これほどのスピードで、振り落とされないルシナの操縦技術もさることながら、精霊魔法をこのような使い方をする翼竜使いをリーランは見たことが無い。


ルシナは間違いなく、精霊魔法高いとしても翼竜使いとしても天才であった。


魔王は、空を縦横に飛ぶルシナを眺めている。


「ほう……。器用なエルフだ。飛竜使いとしては1級だろう。」


ヤマトと聖龍は、魔王の足元に倒れたままだ。


何とかルシナに逃げるように口を開くヤマト。


「ル、ルシ……。にげ……。」


しかし、ルシナは滑空しながら。弓を構える。そのバランス感覚も絶妙を超えていた。


ピシュ!ピシュ!


超高速の中、魔王に向かって正確に矢が飛んでいく。


「…………。」


魔王は、それを見て避けようともしない。


カン!カン!


硬い魔王の肌に、ルシナの弓が当たるが、金属音と共に弾かれる。


鼻で笑う魔王。


「……愚かな。魔王たる我に矢などが効くものか。」


「……く!##########!」


ルシナは弓を諦めて、さらに詠唱を開始した。


「ウィンド・カッター(風の刃)!」


ズア!


風魔法の中位魔王を、空中から仕掛けるルシナ。


精霊魔法の次は風魔法だ。それを翼竜上から行うルシナ。


魔王が一級と言うだけはある。


風の刃が、魔王に襲いかかる。


フ!


魔王は、瞬間移動のように姿を消した。


「………っ!?消えた!?」


ルシナが、空中から驚きの声をあげる。


そして、背中越しに魔王の声が聞こえた。


「……!」


ここは空中である。しかも高速で飛行中だ。


それなのに、背後に魔王が居るのだ。あり得ない。


「……っえ!?」


背後に目を向けると、自分の背後に立っている魔王。


風のような速度で飛ぶ翼竜に立っているのだ。あり得ないことと言えた。


しかも、縦横に飛んでいる翼竜の上に、どう飛び乗ったのか……。


しかし、それを考えている時間は無かった。


魔王は、左手をルシナの後頭部に向けている。


「……死ね。黒き炎……。」


ズア!


魔王の左手から、黒い炎が揺らめくのを感じたルシナ。


「………死…。」


ルシナは死を覚悟した。


この距離、魔王の攻撃魔法を受けて生きていられる訳がない。


ルシナは回避不能を悟り、目を閉じた。


その時だ。


『龍眼ビィィーム!!』


どこか間抜けな声が響く。


それと同時に、銀色の閃光が走った。


「むぅ!?」


魔王は危険を察知して、翼竜から飛び降りる。


ルシナの後ろを、閃光が走り抜ける。


ズア!


閃光は、空を駆けた。


ぐんぐん駆け上り、雲に至る。


雲は閃光に喰われるように大きな穴を空けた。


視界から消えていくが、閃光はどこまでも空の果てまで行くようだった。凄まじい光線だ。魔法なのか、スキルなのかルシナには判別が出来ない。


しかし、ルシナは九死に一生を得たことを悟った。


「た、助かった……。」


あのレーザー光線のような攻撃が無ければ、間違いなく魔王に殺されていた。


「い、今のは……?」


光線の発射元を探ろうと、地上に視線を戻すルシナ。


地上には、ヤマトが立っていた。


「ヤマト!?」


魔王、リーラン、聖龍達の視線を集め。ヤマトはしっかりと立っていた。


「どうして?そ、そうか……。この隙にリーランさんが治療したんだね!」


どうやら、ルシナと魔王の戦闘中に、リーランが隙を見て治癒魔法をかけたらしいのだ。


そのせいか、ヤマトの体はすっかり回復していた。


仁王立ちするヤマトは、片手にミスリルのロングソード。そして、左手は輪を作って、左眼に添えられていた。


どうやら、あの左眼から光線は発射されたらしい。


少し間抜けなポーズだ。


「あれは……、龍眼さんの憑依ってやつが成功したんだね。」


ルシナが状況を把握する。


一方で、魔王は歯噛みしていた。


「どうやら、今日はことごとく邪魔が入る日のようだ。ヤマトとか言ったか、今何をした。」


『ふはははは!教えてやるものか!しかし、龍眼ビームを良く避けたのぅ。』


飄々と答える魔眼(ヤマト)。


しかし、魔王から見ればヤマトそのものだ。龍眼だと言うことは知る由も無い。


「ふざけた攻撃名だ。その左眼……光っているな。魔眼だな。そこから魔圧を込めたのか、初めてみる魔眼だ。」


龍眼は、肩をすくめる。


『龍眼ビームは、挨拶がわりじゃよ。ほれ、剣でやり合おうぞ。』


「何?」


陽気な口調のヤマトに、違和感を感じる魔王。


ヤマト(龍眼)は、ニヤニヤと笑いながら隙を見せない。


その仁王立ちからは、歴戦の兵のプレッシャーを感じた。


「…………(どういうことだ。尋常ではないぞ。この圧……。)」


咄嗟に避けられたから良いが、魔王はヤマトにあきらかに異質なものを感じた。


「……ガキ。何をした?お前から立ち上るオーラ。本当に先ほどまでのガキか?」


『ほう……判るか。オヌシこそ弱体化したとは言え、すさまじいパワーを感じるぞ?』


龍眼(ヤマト)は、質問に答える代わりに両手を剣の柄に添える。


そして、ゆっくりと正眼に構えた。


リューグーから持ってきたミスリル・ロングソードがギラリと光る。


「……!」


魔王は、その構えから並々ならぬ力を読み取った。ヤマト(龍眼)の剣圧がすさまじいのだ。この圧は、かつて戦ったこともある。ヤマト・カリアース以上のものを感じた。


ヤマトの挙動に注意を払いながら、魔王は真剣な顔をして呟く。


「……これは素手ではマズいな。ダークエンパイア・ソード(闇皇帝の剣)。」


ブン!


魔王の背中から、ディメンション・ボックスのような黒い空間が発生。そこに魔王が手を入れると、黒い漆黒の長剣が握られていた。


『……ぬぅ。』


龍眼(ヤマト)は、その剣が普通ではないことを見抜く。


「ほう。判るか……ガキ。この剣のオーラが。」


『かかか……。それはかつて魔龍戦争のときに使っていた、魔剣ダークエンパイア・ソードじゃな?間近で見るのは初めてだわい。』


「この剣を知っている?やはり、貴様。先ほどまでの小僧ではないな?」


剣を片手に下段に構える魔王。


魔王の剣圧も尋常ではない。


空気が”リン”と鳴るのを感じた。


剣の達人が構えると鳴る”音”。


それは道を究めた者しか聞こえない”音”。


それを魔王から感じた龍眼であった。


『むぅ……。小僧に撃退を任せろと意気込んだは良いが、これはヤバイかも知れぬぞ。弱体化して、ここまでとは……。それに魔剣相手にミスリルソードでは不利じゃ。』


一流の剣士同士は、剣を構えただけで相手の力量が判る。


龍眼(ヤマト)は、魔王エングルドの剣の力を即座に見抜いた。それに魔剣のパワーに圧倒されていた。


(想像以上じゃ……。)


表情には出さないが、冷や汗を感じる龍眼。


かつて龍眼族の王であったとき、天才剣士と呼ばれ。龍神剣の始祖としても開眼していた。


しかし、魔王の力に驚く以外無い。


(剣をここまで使えるとは思わなんだ。魔王エングルド、恐るべし。)


しかし、一方で魔王もそれは同様だった。


(このヤマトとか言うガキ……。先ほどまでとは別人だ。相当な剣士と見た。)


ジリジリと間合いを詰め合う2人。


しかし、魔王は迂闊に飛び込むような愚を犯さない。


龍眼は覚悟を決めた。


『ふん。……弱体化したお前さんをここで殺させてもらうぞ。これは放置できん化け物じゃ』


数%の力で、これである。魔王をここで逃がせば、禍根となることは明白だ。


撃退では生ぬるい。


ここで、魔王を殺さねばならないと判断したのだ。


魔王は笑った。


「良かろう。まずお前を殺して、聖龍の血をもらうとしよう。」


『……吾輩を殺す?』


微笑をたたえていた龍眼の眼光が、突如殺意を持った。


長剣の切っ先を魔王に向ける。


『冗談ぬかすな……。」


魔王と龍眼の戦いが始まろうとしていた。

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