第89話 逆鱗

「えぇ?この子が龍族の王様?信じられない……。こんな可愛いのに。」


「こ、こら!」


リリスが珍しく怒った口調で、俺を嗜める。


「ヤマト!失礼じゃぞ。龍王には敬意を払え。この阿呆が!」


「そ、そんなこと言われても……。」


「ふはは。子供に可愛いと言われてしもうた。」


すると、リリスが聖龍に向き直る。その顔は苦笑いをしている。


「どうしたのじゃ?リリス殿。」


「聖龍よ。このアホのためにドラゴンの姿になってくれまいか?」


「むぅ……?ドラゴン化は滅多にしないのだが……。」


「頼む。ヤマトはワシの大事な者でのぅ。いろいろ教えてやりたいんじゃ。」


すると、聖龍は意外そうな顔をした。


「ほう……。龍人王が目をかけるとは、見どころがあるのかのぅ?その子は何者なのじゃ。」


「うむ……。」


リリスは少し躊躇ったのちに言った。


「今は言えん。しかし、龍人再興のキーになる人物じゃ。」


「さ、再興!?それはまことか?」


「うむ。それは本当じゃ。」


すると、聖龍は少し考えたのちに顔を上げて言った。


「他ならぬ龍人王の頼み……。ではドラゴン化して見せてやるのじゃ。」


「ま、まことか!」


「うむ!」


俺は何かがはじまるのだと悟ったが、一体何が起きるのか理解できていない。


「リリス……?何を?」


「良いから見ておれ!滅多に見れるものではないぞ!」


「だ、だから何を……。あ!」


その刹那、聖龍が激しく発光した。


カッ!!


「うわ!眩し!」


俺は目を閉じた。


「……いったい……?」


恐る恐る目をあけると、周囲が急に暗くなったことに気がつく。


「え?暗く……。」


急に夜になった。否……夜になったのではなく、巨大な何かに太陽が隠されてしまったことに気がついた。


「?」


見上げると、そこにはエメラルドグリーンの鱗を太陽に反射させる巨大なドラゴンがいた。


「……!ド、……ドラゴン……!?」


俺は驚き固まった。前世ではドラゴンをアニメや小説の挿絵などで見たことはあるけれど、実物は圧巻だった。


大きさだけみると40mほどの高さがあるだろうか。


しかし、その造形は美しい。


一つ一つの鱗は大きく光り輝く青い宝石、頭から首の芸術的なラインは彫刻のようだ。


どんな表現が正しいだろうか……。


ドラゴンの凛とした立ち姿は、それ自体に高い知性を感じさせた。また星のように輝く瞳は吸い込まれるかのような錯覚に陥る。こちらはエメラルドブルーの幻想的な瞳だった。


(ドラゴンというのは、ここまで美しいのだろうか。)


俺は純粋にそう思った。


『これで信じたか、龍人再興のキーとなる子よ。』


聖龍がテレパシーのようなもので直接脳に語りかけてきた。


しかし、俺はほとんど聞いていない。目の前にいるドラゴンの美しさに見とれていた。


「な……なんて綺麗な龍なんだろう……。」


『な!?』


俺の言葉に聖龍が動揺しているような気がした。


ドラゴンの姿のままで動揺しているのは傍目からは判りにくい……。多分、動揺しているように見えた。


しかし、俺は美しいドラゴンに夢中だ。


良く見ると、ドラゴンの足と足の間に、一際キラキラ光る鱗がある。


(あれ何だろう?すげー……宝石みたいな鱗だ。)


「ちょ、ちょっとさ。その綺麗な鱗に触ってみてもいい?」


俺が近づくと、聖龍は怯えてような声を出す。


『な、何をするつもりなのだ。少年。』


相手の返事をまたずに、俺はドラゴンの足の間を潜り抜け、その鱗の近くまでいく。


俺は無言で近づくと、その鱗の部分をサワサワ触ろうと手を伸ばした。


すると、リリスが叫ぶ。


「そ、それは!!逆鱗!?やめろ!ヤマト!逆鱗に触れると、殺されるぞ!」


サワサワサワ……。


「……ば!」


リリスは最悪な事態を想定した。


しかし、聖龍の反応は予想に反したものだった。


『あああん!?』


通常、逆鱗に触れると龍族は怒り狂うのだ。


しかし、なぜか悶える聖龍。


リリスは唸る。


「逆鱗に触れられるのは、自分よりも遥か上位と認めた者のみ……。まさか、ヤマトの奴は、”引き継ぎ”により数千年蓄積された龍王の魂より、はるか上にあると言うのか?!」


シリアスな声を出すリリス。


『やあん!ちょ……やめるのだ少年。あああん!?』


しかし、やっていることは、ドラゴンの股の部分をサワサワしている変態少年の図。


真剣なリリスと対照的で滑稽だった。


『あ、あう。もう駄目。い……。』


みるみる内に、聖龍は人間の姿に戻っていく。


俺の目の前で、人間の姿で倒れ込んだポーズの聖龍。


不思議なことに服装などは、そのままだった。どういう原理なのだろうか……。


聖龍は口に手をやり、ビクンビクンと見悶えていた。


「え?だ、大丈夫?」


「オヌシは……。」


リリスは呆れて頭を押さえている。


「まさか龍王の逆鱗に触れて、無事な者がいるとは……。」


俺は状況が理解出来なかった。


「あの……状況が分からないんですけど……。」


俺は、涎を垂らしながら身悶えている聖龍を見つめながら動揺していた。

とりあえず、クール時間を設けて聖龍が復活した。


立ち上がる聖龍は、俺の目の前にボーっと立っていた。


顔の位置がかなり近い。俺の顔を見つめている。


リリスが必死に謝罪している。


「ゆ、許せ聖龍。ヤマトはアホなのじゃ。」


「む。アホとは何だよ!リリス。」


「オヌシは黙っておれ!」


「なにー!」


俺とリリスの喧嘩がはじまろうとした。


しかし、そのとき……。


聖龍が俺の顔を覗き込む。


「ちょ、顔近い……。」


「好き。ヤマト様、お慕いいたしますのじゃ……。」


俺の胸のあたりに顔をピタリと寄せて、目を閉じる聖龍。


「えぇ!?」

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