第90話 嘘八百

リリスは、こめかみの辺りを押さえながら、しかめ面だ。


「……これは龍人族の再興になるのか?いや、龍と龍人の混血?いや、混血の混血?」


「ちょ……。何訳わかんないこと言ってんのリリス?この子……聖龍を何とかしてよ!」


「お前が作ったんじゃろう。この状況を……。」


聖龍はヤマトの顔をウルウルした顔で見つめると、さらに衝撃の一言を告げた。


「今すぐ龍の国に来てくださいませ。すぐに式を挙げるのじゃ。」


「は?し、式?」


「もちろん、ツガイになるための式のことですじゃ。ヤマト様。」


「ツガイ?」


リリスが溜息をついて解説してくれた。


「ツガイとは、つまり夫婦ということじゃなヤマト。結婚式のことじゃ」


「……えぇ!?」

それから10分後……。


俺とリリスは走っていた。


凛とした表情で、まっすぐ前を向いて走っていた。


それも全速力で……。


その速度は、強化魔法で全速力の俺は、おそらくだが時速60kmは出ているだろう。景色がビュンビュン過ぎて行く。


「速い!速いぞ!なかなかの速度じゃ!ヤマト!」


「てか、逃げてるんだよぉぉ!!」


猛スピードで走る俺達の後ろを、エメラルドグリーンの髪の美少女が全速力で追いかけてくる。


聖龍だ。


顔は微笑すら浮かべており、この速度でも余裕そうだ。


「待って下さいませ!!ヤマトさまぁぁー!」


語尾にハートがつきそうな、可愛い声で追いかけてくる聖龍。


しかし、その速度は並みでは無い。


「ぬおおー!引き離せない!なんつー脚力してるんだ!あの子!」


「無駄じゃよ、聖龍は地上最速じゃ。」


「なぬぅ!」


逃げられないと悟った俺は、立ち止まる。


「はぁ。はぁ……つ、疲れた……。」


ガシ!!!


俺に追いつくと、聖龍は俺の腕に抱き着く。


「やっと受け入れてくれるのですね!ヤマト様ぁ!」


「ちょ、まって、待って。あのね、聖龍……。」


仕方ないので、俺は聖龍を説得しはじめた。俺達は使命があるんだって、大変なんだって……。


それなのに全く言うことを聞かないのだ。


「……聖龍、諦めてくれ、俺たちはやることがあるんだ」


「いや!私は貴方のものですじゃ。絶対離れないのじゃ!」


うぬー!このやり取りを何回しただろうか。


「まいったな……」


とりあえず、彼女を撒くしかないと走ったのだが、まさかの脚力。


厄介なことに、今世では地上最強の種族と呼んで構わない龍族の女王に好かれてしまった。


(ど、どうしよう……リリス。)


俺がリリスにテレパシーで相談をすると、リリスが諦めたように口を出す。


(はぁ……ヤマトよ。逃げ切るのは無理じゃ、なんとか聖龍を説得するのじゃ。)


(そんなこと言っても……。)


(そこまで懐かれている状況で、無理やり引き離すのは無理じゃよ。)


俺は腕に抱きついている聖龍をチラリとみた。


「ヤマト様ぁぁ。」


目を閉じ、幸せそうな顔をしている聖龍。


(懐くとか、そう言うレベルじゃない気がする……。)


俺は溜息をついた。


「はぁ……」


「どうしたのですか?ヤマト様?どこかお加減が悪いのですか?」


「あのね、聖龍?俺達は、龍人の里にまで行かなくてはならないんだ。だから、ここでお別れだよ?」


「……絶対いやですじゃ!」


「で、でね?魔人が襲ってくるんだ、俺を狙ってね。だから龍人の里に行かなきゃいけないんだ。分かってくれるね?」


「魔人ごとき、ワシが蹴散らしてあげるぞい!」


「け、蹴散らす?!まぁ龍だから強いのかな……?」


「ヤマト、聖龍の力なら魔人を撃退可能じゃ。嘘ではない。」


「そ、そうなの……聖龍って強いんだね。なら聖龍のそばにいるのが……。」


「ただ、結婚することになるがな。」


「そ、それは!俺はまだ7歳だし!」


やれやれという雰囲気でリリスが前に出てきた。俺に代わって説得してくれるらしい。


「聖龍よ。たしかオヌシは知らなかったな。」


「何がじゃ?リリス殿?ワシは離れんぞ。絶対離れん!」


リリスは苦笑いだ。


「聞け聖龍。ヤマトは……。龍人なのじゃ。」


(リリス!それ言ってしまう?)


(仕方ないじゃろう!)


「……!な、何と!ヤマト様は龍人族なのか!」


「じゃから他種族とはな……。」


「ますます嬉しいのじゃ!ヤマト様!龍族と龍人族の子は、強いですよー?これは僥倖ですのじゃ!」


何故か状況が悪化していく。


リリスは慌てた。


「龍人と知っても諦めぬのか?聖龍よ!」


「諦める?何故じゃ。龍人族と龍族はもともと祖先を同じくする種族。むしろ好都合じゃて!」


ギュー!っと、ヤマトの腕を抱きしめる聖龍。その顔は、乙女のものだった。


リリスは困った顔をして悩んでいたが、やがて何かを思いついたようだ。


「何故 龍人が10歳まで里に隠れるか。知っておるのか?聖龍よ。」


「10歳までは脆弱だからじゃろ?だからワシが守るから平気じゃ!」


リリスは指を一本立てて、左右に振る。


違うというジェスチャーのようだ。


「これは秘匿情報なのだがな、仕方ない教えよう。龍人は10歳までに龍人の里で「とある儀式」をしないと、龍人は早死にするのだ。」


「え?早死に!?」


「そうじゃ。その儀式は里でしかできない。」


「え!?そうなの!?」


俺も初耳のため、驚いてリリスの顔を見つめる。すると、リリスはとっさに俺にテレパシーを送る。


(嘘じゃ!こうでも言わないと離れないじゃろう?)


(嘘なの?おいおい、嘘ついていいのか?)


(嘘も方便じゃ。)


(まぁな……なんか聖龍は信じていそうだし……)


聖龍は驚いた顔をしている。


「そ、そんな……初耳だぞい。何故ゆえ早死に!?」


「龍人はその強すぎる力により、世界から異物として認識されるのじゃ……じゃから世界に馴染むために儀式が必要なのじゃ。」


聖龍は、その言葉に頷いた。


「聞いたことがあるぞい、バーンド戦記に出てくる神が龍人と世界を隔離させようとしたことがあると……この世界に生まれた龍人がすべて死ぬように呪いをかけた……そんな神話だったぞい。」


「うむ、10歳までの幼龍人が儀式を行わずにいると何が起こると思う?」


(な、何が起きるの?)


俺は嘘と知りつつ、本当っぽいその話に俺も騙されていた。


「もしや……呪いの発動……。」


「ご名答、じゃから龍人の子供は外に置かないのじゃ。10歳まで里に隠れる必要があったんじゃ。」


「……く!ワシの我儘でヤマト様を危険にさらずわけにはいかぬ……!なんたる不覚!」


聖龍は”がっくし”と言う感じで、膝をついた。


俺は心配になって聖龍に声をかけた。


「せ、聖龍?」


すると、聖龍は顔を上げて決意の表情を俺に向けた。


「あい判った!ワシは10歳までヤマト様から離れることとする。すまなかったぞい。」


「聖龍。ごめんね(嘘ついて……)。」


「むぅ……これから3年もヤマト様と離れ離れとは……。何かしてあげたい。」


「別にいいよ(早く行かせてくれ……)。」


「そうじゃ……加護を差し上げるのじゃ。」


「加護?」

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