第121話 魔人ラスターの戦慄

ちょうど、寒い秋の日のことだった。


もうラスターがドラギニス家に来てから2年が経過していた。


ラスターは家の用事は何でもこなした。


その日、家族総出で庭の手入れをしているときに、立てかけてあった大きな鎌が倒れ、アカシャのほうへ倒れた事件が起きた。


「アカシャ!」


「アカシャちゃん!」


リカオンとマリーシアが気がついたときには遅い。そのまま行けば、アカシャの命は無い……。


距離的にラスターが一番近かった。


そのときのラスターの動きは俊敏だった。


「!」


咄嗟に、ラスターはアカシャの上に覆いかぶさる。当然の結果として、ラスターの背中に鎌が落ちてきた。


ドシュ!


「ぐあ……。」


油断していたのもあるが、鎌の先がラスターの背中に刺さる。


鎌くらいで怪我を負うラスターではない。しかし、マズイことに鎌にはマリーシアの光魔法が付与してあった。不覚にも魔王軍の近衛兵長であるラスターが、庭道具で負傷したのだ。


それを知らないマリーシアが叫ぶ。


「ラスティンちゃん!!」

傷を負ったマリーシアは、大急ぎで治癒魔法をかけてくれた。


それが追い打ちになった。魔族に取っては光魔法は毒に近い。


しかし、ラスターはそれを受け入れた。人族の魔法ごときで、致命傷になるような魔人ではない。ラスターは上位魔人なのだ。


何故、受け入れたのか……。


何故、アカシャを助けたのか……。


それはラスターには判らない。


不思議と、体が動いてしまったのだ。受け入れてしまったのだ。


(俺は何をやっているのだ……。)


自嘲するラスターの横で、マリーシアは泣いて治療を施していた。

その日の夜。


光魔法はラスターには毒になりえない。しかし、傷を悪化させるのには十分だった。


ラスターは高熱にうなされた。


家族は、遠く離れた治癒魔法使いを呼ぼうか相談しているのが聴こえる。


(はは……。やめてくれ……。これ以上、光魔法を使うのは。)


苦笑いのラスター。


ぶっちゃけ、このような傷は闇魔法を使えば一瞬だ。もしくは、魔人特有の能力”超回復”を使えば直ぐに治る。


しかし、使えば家族に怪しまれるだろう。それがもどかしい。


(いつから……。いつから俺はこのように……。)


ふと、ベッドの横に目をやると、アカシャが涙目でラスターの腕を握っていた。


「ラシュ……。ごめんなしゃい。ごめんなしゃい。」


泣きながら謝るアカシャ。


(ふ……。)


自分でも信じられないほどに、ラスターは微笑んだ。


魔界で笑うことも稀で、笑ったとしても高笑いくらいしか経験したことがないラスターが優しく微笑んだのだ。


優しくアカシャの髪を撫でる。


どうも、この幼子の頭を撫でると鎮静作用があるらしく。非常に落ち着くのだ。


「大丈夫だよ。アカシャちゃん。心配しないでいいよ。」


「ラシュー……。早く良くなってね……。うわぁぁん!」


「……アカシャちゃん。」


(……不思議な感情だ。)


泣きわめく人族の子の横で、傷を抱えたラスターは思う。


ラスターの心はなぜか満たされていた。


深夜、ラスターは傷を抱えたまま熱に苦しむことになった。


汗と熱で、苦しむラスター。


(はぁ……。はぁ……、くそ。これしきの傷で……。寝苦しい。もういっそ超回復で……。)


そう考えていた時だった。


ピタ……。


冷たいタオルの感覚がラスターの額を襲う。


(……?)


目を開けてみると、マリーシアがベッドの横で心配そうに立っていた。水で濡らしたタオルをかけてくれたらしい。


「ラスティンちゃん……。」


心配そうな顔のマリーシア。


ふわ……。


マリーシアの手が優しくラスターの頭を撫でる。


(…………!)


マリーシアの顔を見て、ラスターはかつての魔界の母を思い出した。


ラスターの家族はエリート軍人家系であり、厳格な父に良く殴られていた。そのとき、良く母に撫でてもらったのだ。


それをフラッシュバックのように思い出すラスター。そして、何気なく口走った。


「お母さん……。」


「……え?」


マリーシアが驚く。


(お、俺は何を!?)


自分で口走ってしまったセリフに、ラスターは焦る。


自分は何を言っているのだ。人族の女を「お母さん……。」と呼んだのか?


恥ずかしさと、焦りで顔が熱くなる。


「あ、あの……。ごめんなさい。お母さんなどと……。」


しかし、マリーシアは優しく首を振る。


「ラスティンちゃん。嬉しいわ。」


「う、嬉しい?」


「あなたは私達家族のもう息子のようなものよ……。あなたさえ良ければ、うちの子になる?」


「え!?」


驚き、ベッドから起き上がろうとするラスター。


「う!」


すぐに激痛に襲われて、ラスターはベッドに倒れ込む。


「あ、駄目よ!もう……。ラスティンちゃんったら。ふふふふ。」


「さ、さっきの言葉って。」


「息子にならないって提案のこと?うん……。本気よ。リカオンとも話し合っていたのよ。娘の命の恩人だし。誰よりも私達がそうしたいと思っているの。」


「…………!」


「真剣に考えてみてね。ふふふ、それよりも早く傷を治さないと。さあ。」


優しく微笑むと、マリーシアは部屋から出ていく。


驚きのあまり、何も言えないラスター。こんな衝撃は、魔界で上位魔法をくらったとき以来だ。


カタン……。


タンスに立てかけてあった、紋章プレートが音を立てて倒れる。


「紋章……。」


ラスターは背中の痛みを忘れて、プレートを手に取る。


これは近衛兵長に就任したときに、ベルゼブブ王から2つ賜ったものだ。後生大事に、ここまで持ち込んでしまったものだ。最近は存在すら忘れていた。


「確かこれが最後の一個だったな」


もう1つは、魔獣の森に落としてしまったのだ。


魔族語で『ベルゼブブ王国軍 近衛兵長ラスター』と刻印がされている。


それを見ながらラスターは呟く。


「ふ……。すべてを捨ててこの家の家族になるのも良いかもな。」


眩しいくらいの月明り。


何気なく外を見るラスター。


「ん?誰か居るぞ……。」


すると、視線が止まるラスター。庭先に黒い人影が見えた。それは門を開けてまっすぐにこちらに向かってくる。


否……。


それは人ではなかった。人の形をしているが、人ではない。


強大な魔力。魔族という分野では同族ではあるが、そこから放たれる強烈なオーラは魔人の比ではない。


ラスターは背中に冷たいものを感じた。


そして、呟く。


「……悪魔バフォラット。」

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