第120話 魔人ラスターの戸惑い

それから1年が経過……。

////////時間軸で言うと、ヤマト9歳。リューグーで修行している時期//////////


(未だに、ヤマト達が現れる気配が無い。もしや、戻って来ないのではないだろうか。)


ラスターは焦りを感じていた。


(ここはやはりベルゼブブ様に報告に戻ったほうが……。)


思考にくれるラスター。


いつまでも、ここに居ては時間が無駄な気がしてならないのだ。


但し、潜入した成果は多少なりともあった。ヤマトに対しての情報が手に入ったのだ。


■ヤマトはドラギニス家の本当の子ではない。

■彼は魔法の才能が無いと思われていた。

■魔人襲撃の日から、ドラギニス家はヤマトを探し続けている。

■リリスの存在は、ドラギニス家には知られていなかった。


最後の、リリスを知らないというのは重要な情報だ。


はじめラスターがヤマトを見たときは、横に確かにリリスが居た。その時は、計算からすると、ヤマトが7歳のときだ。


あれから時間が経過しており、ヤマトは9歳ほどか……。


どこに奴はいるのだろうか。


(家を出てから、リリスと知り合った?となると、魔獣の森にリリスは潜伏していたのだろうか……。しかし、そのような……。)


ラスターが思考していると……。


グ……。グ……。


ズボンの裾を誰かが引っ張る。


(……?)


「ラシュ……。遊ぶでしゅ……。」


ふと、足元を見ると。アカシャがラスターの足につかまっていた。


「おや、アカシャちゃん。どうしたの?」


ラスターは、アカシャを抱き上げる。


これは演技だ。拾われた孤児ラスティン。彼は優しく小さい子の面倒をちゃんとみる健気な子なのだ。


それをずっと演じ続けてきた。


夫婦はラスターのことをすっかり信用していて、良く子守を頼まれる。


アカシャも自分に懐いているのを感じる。


「ラシュ……あそぶの……。」


抱き上げると、アカシャはラスターの顔に自分の頬をぺったりと付けてくる。


「こ、こらこら。あはは……、アカシャちゃんったら。」


ラスターは、この子供が苦手だ。


このような未熟で何の力もない生物が、この世にあること自体が不思議だった。


魔界において、魔族の子供は生まれて半年ほどで立ち上がり言葉を話し始める。1歳にもなれば自分のことは自分で出来るようになる。


しかし、生まれて3歳にもなろうと言うのに、このアカシャという子供はまだ走ると転ぶ。そしてよく泣く。トイレにしても、下半身にまいた布にタレ流しという体たらくだ。


(ありえん……。人族とはここまで低レベルな生物なのか。これは魔族が支配して然るべきだ……。)


そんなことを考えつつ。ラスターは、アカシャと人形遊びをはじめた。


今日は、ウサギのぬいぐるみでウサウサ家族のお父さん役をやる日だった。ラスターへの拷問のような”ごっこ遊び”は、1時間も及んだ。


げんなりしながら、ドラギニス家と夕食の時間。


幸いにも、この女の作る食事はどれも美味かった。


魔族は味に無頓着なところがある。人族で、ただ1点生かす理由があるとすれば、料理文化が優れているところに他ならないとラスターは分析している。


そんなことを考えていると……。


「あい。ラシュ……。」


ぐちゃぐちゃになったパンを、ラスターに寄越すアカシャ。


これはこれで拷問だ。


何故に握り潰す?


人にやるものをスープにつけて、何故に握り潰す?


「い、いや……。アカシャちゃん。要らな……」


「ふぇ……。」


泣きそうになるアカシャ。


「わ、分かったよ!いただきます。」


すると、嬉しそうにアカシャはラスターの口に”ぐちゃぐちゃになったパン”をネジ込んできた。


「む、むぶ……。お、美味しいよ。アカシャちゃん。」


完全に拷問である。


「ふふふ……。」


「はははは。」


マリーシアとリカオンは、それを微笑ましいものを見るような目で見ている。


そして、ラスターにとって拷問に近い夕飯は終わった。

夜になると、いつものようにアカシャがグズりはじめた。


「ラシュ……ラシュ……。いっしょにネムネムしゅるの。」


一人で寝れば良いのに、怖いから一緒に横にならないと眠らないのだ。


(どうなっているんだ。この生物は!)


夜は夜で周辺の偵察などに出かけたいラスターは、このアカシャに抱き着き枕にされているせいで、身動きが出来ないのだ。これが結構疲れる。


グズるアカシャを見て、リカオンとマリーシアは微笑ましい顔をする。


「あはは、アカシャはラスティンのことが本当に好きだなぁ。」


「ふふふ。ラスティン。今日もお願い出来るかしらぁ?」


「……はい。」


渋々、ラスターはアカシャの寝かしつけにベッドに入る。ウンザリという感覚もあるが、最近はアカシャの面倒を見ていると”不思議な感覚”が生まれつつあることも実感している。


それが何なのかは、ラスターは理解出来ないでいたが……。


「ラシュー……。」


ラスターに抱き着きながら、アカシャは眠りに入っていく。


それを黙ってみているラスター。


「スー……スー……。」


寝息から判断するに、アカシャは完全に眠りに入ったようだ……。


(今日こそは……。)


ベッドから抜けだそうとするが、アカシャがラスターの服にしがみついて離れない。


「はぁ……。今日もダメか。」


ため息を吐くラスター。


魔王ベルゼブブの近衛兵長まで行ったラスターは、自分の境遇に笑った。


「はは……一体どうなっているんだ。俺は。」


もう面倒くさいので、家族全員殺して魔界に戻ろうかと思ったことは何度もある。


(そうだ。こんなママゴトはうんざりだ。この際、アカシャも全員殺して……。)


頭を上げて、ギロリとアカシャを見つめるラスター。


しかし、涎をたらしならアカシャは寝言を言っているようだ。


「ラシュ……。だいしゅき……。」


「…………。」


数秒ののちに殺意を削がれ、枕に頭をドスンと戻すラスター。


「はぁ……。仕方ない。もうしばらくだ。しばらく待ってヤマト達が現れなかったら。俺はこいつらを殺して戻る。」


「らしゅ……。」


「…………。」


気まぐれに、アカシャの髪に触れてみるラスター。


すると、アカシャは寝ているのに嬉しそうな表情を浮かべる。


「…………。」


こんなに無防備に、他人に命を預けられたのは初めてだ。何故、この子供は俺をここまで信用できるのか。


あの夫婦は、あんなにも温かく俺を受けれてくれるのか。


ふと、胸がフワフワとする感覚に襲われる。


「…………っ。」


自分の中に生まれつつある不思議な感情に、ラスターは戸惑いを感じていた。


夜月がドラギニス家を照らしていた。

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