第146話 魔王の宿敵

魔王がゆっくりとこちらに歩いてくる。


その足取りはしっかりとしたものだった。


龍眼は驚く。


(何と……、ダメージなしか!?)


龍眼は目を凝らす。しかし、気がついた。


(いや……。ダメージは負っておる。)


胸の裂傷から激しく血が噴き出ている。確かに致命傷を与えてはいたのだ。


「ガキ。何を呆けている。」


魔王は龍眼の数m手前で立ち止まると、自身の胸の傷をチラリと見た。


「……これが気になるのか?ガキ?……ふ。こんなもの。」


ジュア!


魔王が力を込めると、傷が一瞬で塞がる。


『ちょ、超回復か!』


超回復は魔族であれば珍しいものではない。しかし、奥義:龍神剣でのダメージだ。


それを超回復で治癒させたということが異様なのだ。


龍神剣には”龍の気”がこもっているからだ。それは技を極めた者が待つ特殊なものだ。


「龍の気」とは龍神剣を体得した者が扱えるオーラ。魔力とは違い、一種の特殊オーラだ。それを剣に纏わせたオーラ斬撃のようなものだ。


それに傷付けられたものは、魔族であれ、神族であれ治癒は難しい。致命傷を負うのだ。


ここに龍神剣の極意と最強の所以があった。


しかし、魔王はそれを一瞬で治癒させた……。


これは通常あり得ない。


当然驚く龍眼。


自身の開発した剣技を馬鹿にされた気分であった。


それと同時に龍眼は、魔王の強さを噛み締めた。


(ぬぅ……。吾輩達の子孫でも龍人族。その族長でもあるリリスとか言う女。とんでもない化け物を発生させたものじゃ。)


これは龍眼の誤解である。


リリスは、自身の片目を神に捧げた。結果として、その眼玉が魔王へと変化したが、それの理由は神界の魔力を吸い取り続けていたことが原因と言える。リリスとて、そこまで予想できたものではない。


罪があるとすれば、神のほうとも言えた。


(一刀両断にでもしないと死なないか。さすが魔王。簡単にはいかぬ……。)


【り、龍眼!龍眼!】


(なんだ?ヤマト?今立て込み中だ。)


憑依されたヤマトの意識が、龍眼に語りかける。いつもの主従関係と逆だ。


【おい!魔王のやつピンピンしているぞ、大丈夫なのか!?】


(大丈夫じゃないわい。龍神剣の技はまだまだあるが……。小僧の肉体が追いつかん……。これは大ピンチじゃ。)


【な、何か手はあるのか!?】


(今のところない。)


【……そんな。】


(もう逃げるしかあるまい。)


【リリスはどうしている?反応が無いのが気になるんだ……。】


リリスは、魔王にやられていてから右腕に格納されたままだ。


あのときから、反応がないのが気になる。


(大丈夫じゃわい。ワシが小僧の魔力を大量に消費しているのでな……。それでリリスは出てこれないし、意識を回復出来ておらんのじゃ。)


【そ、そうか……。良かった……。】


安心したような声のヤマト。しかし、今の状況は安心できるようなものではない。


龍眼は逡巡した。


……やはりヤマトの肉体では無理があった。せめて青年まで成長しておればのぅ。まぁ、10歳にしては良くやったほうか。


体内会議を終えた龍眼は、魔王を睨む。


何故だか、魔王の動きがないのだ。


魔王は、龍眼の前に立つと肩を震わせていた。


怒り?武者震い? それが何なのか判らない……。


『……?』


「ふ、ふはははは!!」


高らかに笑い出す魔王。この状況で笑う魔王に、首を傾げる龍眼。


『……何が可笑しい。エングルドよ?』


「愉快。愉快だ。」


『愉快じゃと?』


「我とここまで剣で戦える者が、カリアース以外に居たとはな。」


魔王は前髪をかき上げると、龍眼に笑顔を見せた。


その顔は、何とも晴れ晴れとしていた。


状況が違っていたら、美少年の屈託のない笑顔と言えたかも知れない。


「我は嬉しいのだ。強き者がいたことにな。さすがリリスが目をかけているだけのことはある。」


強大な魔王の力。それは、何人すら寄せ付けない力。


龍眼は、かつて龍神王だったときに最強王として君臨していた。そのとき感じていた孤独感。それを魔王も感じていたのかも知れない。


共感はするが、同情はしない。


魔王と龍眼では、その後に取った思想が全く違うのだ。


龍神王として、平和な世界にすることに努めた龍眼。


魔王として、世界を混沌に陥れたエングルド。


この二人は、水と油と言えた。


『ほう。では続きをするかの?』


再び剣を構える龍眼。


しかし、強がっては居たが限界を迎えているのは先の通り。内心、冷や汗を流していた。


「先ほど。魔眼:ソウルハントでオヌシの魂を鑑定させてもらった。」


『な、何?』


バレたかと思った龍眼は、一歩引く。


この上は、汚い手でも何でも使って逃げるしかない。そう決意したとき。


魔王から意外な言葉が飛び出す。


「しかし、見えんのだ。どういうわけか、ヤマトとか言ったな?お前の魂が見えん。貴様、屍人か?」


屍人とは、ゾンビのことである。そんなはずもない。


(視えない……?どういうことだ。)


魔王のソウルハントは、万能魔眼である。それが役にたたないとは、龍眼も予想外のことだ。


しかし、龍眼は何かに気がついた。


(もしや……。だとするとヤマトは一体。)


再び、魔王と向き合う龍眼。何か答えなくてはいけない状況だ。


おもむろに口を開く龍眼。


『吾輩は屍人ではないぞ。』


ただ、そうとだけ龍眼は答えた。


「……ほう、何か心当たりがありそうだな。」


『……。』


無言の睨み合いが続く。


おそらく、魔眼で龍眼をヤマトを視ているのだろう。


しかし、龍眼はそのままさせておいた。ヤマトをスキャン出来ない理由に思い当たることがあるのだ。もし、龍眼の予想が正しければ、魔王は一生ヤマトを看破出来ないだろう。


数分に及ぶ睨み合い。


ルシナとリーランは、その緊張感に潰されそうになっていた。


聖龍はすでに気を失っていた。


その時。


「ふ…。やはり視えん。」


頭を振る魔王。黒白のツートンカラーの髪が、フワリを揺れる。


「こんなことは神以外では初めてだ。面白い。面白いぞ、ガキ。」


『何だ。見せ物ではないぞ。続きはどうしたんだ?』


「いや、どうやら我の力では敵わん。このまま戦って死ぬわけにはいかん。一時、この戦いは中断する。」


『……!』


渡りに船とは、このことだ。魔王から引いてくれるのであれば、それに越したことは無い。


「ヤマトとか言ったな。お前の首……、また貰いにくるぞ。今度は、完全回復した我で殺してやる。覚悟しておけ。」


『二度と会いたくないわい……。』


「……ふ。お前は当面の宿敵だ。」


ニヤリと笑うと、魔王は姿を消した。

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