第147話 難去り……

魔王エングルドが去った後。


ヤマトと聖龍の傷の具合を確かめるリーラン。


先ほどは、魔王エングルドとの戦いの最中だったので、ロクな治療が出来なかったのだ。


しかし、龍眼によって高いレベルの戦闘をしていたにもかかわらず、ヤマトの傷はほとんど無く、治っていた。


そのため、リーランは改めて聖龍の治療を行った。


「癒しの抱擁(ラパーマ)!」


中位魔法:ラパーマを発動するリーラン。


ラパーマは、自身の魔力と引き換えに相手の傷を全快させる万能治癒魔法だ。ただし、傷が酷い場合。術者の魔力量による。


このラパーマは、毒や部位欠損までを治す力は無いが傷などには有効だ。


シュアア……!


オレンジ色の光が、聖龍を包み込む。みるみる内に、聖龍の傷が癒えていく。


あれだけボロボロにされていた聖龍だが、リーランの光魔法レベルは相当に高いらしく、1分ほどで完全に癒えていた。


やがて、聖龍は意識を取り戻した。


「……は。ヤマト様!ま、魔王は!?」


ガバ!と、起き上がるとヤマトの様子を確かめる聖龍。


しかし、すぐに様子がおかしいことに気がつく。


「む……?ヤマト様ではない!?」


『……ほう、一目だけで良く気がついたのう。吾輩は龍眼、ヤマトの魔眼じゃ。』


「何と……。ヤマト様は?」


魔眼は苦笑いだ。


『ちゃんと体内で意識化しておる。吾輩は憑依しているだけだ。安全を確認したらスイッチする。安心せい。』


「ま、魔王は?」


『吾輩が追い返した。』


「お、追い返した!?」


『まぁ、ギリギリじゃったがのぅ』


聖龍の頭が”?”マークでいっぱいになっていた。


その横で、二人の治療を終えたリーランは、ルシナの様子も確認する。


「ルシナ……あなたも治療を……。」


「う、ううん。大丈夫だよ。ボクは怪我していないから。」


「そう?」


確かに魔王と戦っていたが、攻撃を一度も受けていないルシナ。元気そうだった。丁寧に頭を下げるルシナ。


「ありがとう。リーランさん。」


「やだ。リーランでいいわよ。私もルシナって呼ぶから。」


「そ、そう?リーラン。ありがとう。」


「ふふふ。どういたしまして。ルシナ。」


これで治療はすべて終わった。


しかし、ここに足りないのは、ヤマト本人とリリスの二人だけだった。


厳密にいえばヤマトはここに居るのだが……、意識は龍眼のままだった。


その龍眼は、座り込んでいた。


さすがに疲れたようだ。


「大丈夫?龍眼?」


リーランが気遣う。


『うむ。しかし、良かった。魔王と対峙して無傷でいられたことが奇跡に近い。』


「龍眼のおかげよ。」


『いや。ヤマトの能力値の高さじゃ。10歳にして恐るべき力をもっておる。良く吾輩の動きに耐えたわい。』


「そろそろヤマトと交代?」


ルシナがそう尋ねると、龍眼は満足そうに頷く。


『魔王エングルドは去った。吾輩は疲れた、ヤマトに体を戻すぞ。』


「う、うん。お疲れ様。龍眼」


リーランが労う。


すると、龍眼が思い出したように口を開いた。


『今回は緊急的に憑依したが、二度は出来んから。こうして肉体で会話するのは最後かも知れんの。』


「「え!?」」


驚くリーラン達。代表して、聖龍が質問した。


「どういうことじゃ?ヤマト様の肉体に現に憑依しているではないか。一度出来たということは、二度も……。」


しかし、龍眼は聖龍の言葉を遮った。


『こんなことをしては、ヤマトの肉体と精神が破滅してしまう。今回だけで仕舞いじゃ。』


「そ、そうか。」と、聖龍。


「そうなの?ちょっと寂しいわね。」と、リーラン。


『何、前の状態に戻るだけのことだわい。』


そんな中。ルシナだけは、前に出て何か言いたそうにしていた。


「ルシナ?どうしたの?」


リーランが尋ねると、ルシナは意を決したように前に出た。


「あの……、龍眼さん。」


『ん?何じゃ?エルフの娘よ。』


「あの……。ありがとうございました。」と、ルシナは神妙に頭を下げた。


『はて?何かお礼を言われるようなことをしたかの?』


「ボク……、龍眼さんが助けてくれなかったら死んでいたよ。あたらめてお礼を言わせて。」


それを聞くと、龍眼は笑った。


『ふはは、そうか。エルフは律儀じゃのぅ。まあ。今後はこうやって会話することは出来ないが、前と同じにヤマトの魔眼としてサポートするがの。』


「そ、そうだよね。消えるわけじゃないよね。」


『うむ!では、さらばじゃ!』


龍眼は目を閉じると、両手を合わせた。


そしてピカっと、ヤマトの体が金色に光る。


龍眼の憑依が解かれ、ヤマトの意識が戻されたようだ……。


「う……。」


額に皺を寄せて龍眼……、ヤマトが目を開ける。


「ヤマト!ヤマトなのね?」


リーランとルシナが、確かめるようにヤマトに問いかける。


「あ、ああ……。龍眼の憑依が解けたようだ。リーラン。」


「ほ……良かったわ。」


シュン……。


「リリス!」


ヤマトの意識が戻ると同時に、リリスも顕現化した。


ヤマト、リリス、リーラン、ルシナ……そして、聖龍が再び戻ったのだ。


一向は魔王エングルドを撃退することに成功したのだった。

聖龍はことの経緯をすべてヤマト達に話した。


ヤマトが戻ってきたと勘違いし、悠久の川まで急ぎ来たこと……。


そこで、魔王に襲われたこと。


「……と、言うわけなのじゃ。」


リリスは黙って聞いていたが、最後に確認を取った。


「魔王は、完全復活するのに聖龍の血が必要だと言っていたのじゃな?」


コクリと頷く聖龍。


「確かに、魔王は龍族を食って回復する魔族じゃった。なるほど。」


ヤマトは、申し訳なさそうな声を上げた。


「ごめん。俺が約束のときに行かなかったから……。」


すると、聖龍は首を振った


「うむ。もしヤマト様が来てくれなかったら死んでいた。本当に感謝するのじゃ、ヤマト様。」


「い、いや……。俺は魔王に全然かなわなかったし……。」


「それでもじゃ!それでも!ヤマト様は死を顧みずに助けにきてくれた!命の恩人じゃ!」


ポリポリと頬をかくヤマト。


「そ、そうか。感謝してくれるのはありがたいけど。聖龍。」


「ん?どうしたのじゃ?は!もしや……、魔王にやられた傷が痛むのかの!?これは一大事じゃ!」


慌てる聖龍。


「い、いや……そうじゃなくて……。」


「どうしたのじゃ!?ヤマト様!何でも言ってくだされ……。」


「うん……。えっと、苦しいんだけど……。」


「く、苦しい!?やはり!」


しかし、周囲の目は冷ややかだ。


「聖龍よ……あのな。」


「聖龍殿!やり過ぎよ!」


「じゃ、邪魔をするな!ヤマト様は重傷なのじゃ!」


状況はシンプルだった。


ヤマトに抱き着く聖龍。ヤマトは、大きい聖龍の胸に顔ごと抱きかかえられていた。


苦しい……と、ヤマトが言ったのは、単純に息が出来なくて苦しいだけだったのだ。


引き離そうとする、リーラン達。


しかし、怪力の聖龍。


ヤマトを救出(?)するのには、かなりの時間を要したのだった。

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