第93話 かくれんぼ

「身体強化魔法!」


俺は両足に魔力を、ありったけ込めた。


ブン!ブン!


強烈な魔力痺れが両足に襲う。強すぎる魔力が、この足には馴染まないのだ。


これは身体が未熟なせいであって、幼い故に仕方ない。


「全速力で走れ!」


「……っ!」


ドン!


俺は弾丸のように走り出した。


先ほど魔人達を見たときには、すでに2kmまで迫ってきていた。しかし、まだ距離はある!


「うおお!」


既に体は疲れていたが、死への恐怖が俺のスピードを加速させる。


グン!グン!


どんどんスピードが上がっていく。おそらく時速80kmは超えているだろう。


(これなら!)


しかし、リリスが叫ぶ。


「駄目じゃ!後ろ!」


「え?」


俺が振り返ると、魔人達が俺のすぐ背後に追いついていた。


魔人の顔にやはり目や鼻などは無く、大きな口だけがついている。


(な……は、はや……。)


そう思った瞬間。


俺の肩を1体の魔人が掴んだ。


ガシ!


「うわぁ!ゲール・クロー(疾風爪)!」


俺は恐怖のあまり、とっさにゲール・クローを背後に放った。


ビシュン!


「……ゲア!」


背後の魔人は悲痛な叫びをあげると、俺の肩から手を放す。


「うわ!」


俺はバランスを崩して倒れる。


ゴロゴロと、まるでボールのように前方に転げるが、すぐに立ち上がる。


「ぺ!ぺ!土が口に入った。」


「それどころでは無いわい!」


「……!」


俺は前方を見る。すると見えた……。


10体の魔人が、まさに俺へ手を伸ばしているのを。


「うわぁぁ!!瞬転!」


俺は膝をついたままだったが、とっさに瞬転を発動。


魔人の真後ろに瞬間移動する。


シュン!


その後、魔人達は消えた俺に驚いたのか。キョロキョロと周囲を探していた。


「はぁ!はぁ!」


しかし、耳が無いのに俺の息が聞こえるのか、すぐに振り向く。


俺と魔人10体は、とうとう対峙することになってしまった。


「はぁ!はぁ!な、何てスピードだ。まだ2kmはあったはずなのに、一瞬で詰められた。」


「むぅ。何という速度。ヤマトも相当に速いのじゃが。状況は最悪じゃ……。」


リリスは最悪な状態に、青ざめていた。


俺はゲール・クローを当てた魔人を見てみた。


痛いのか、左腕をさすってはいる。


軽い裂傷が確認された。ポタポタと血が垂れているが、致命傷では到底無い。


俺はそれに恐怖した。


(木でも真っ二つにするんだぞ……。どれだけ硬いんだ。)


「ヤマト!何とか物陰に隠れるんじゃ。」


「か、隠れたところで……。」


「そこで気配隠蔽スキルを使え!それならば、逃げられる可能性がある。」


なるほど……。


リリスも攻撃が通らないことを見て、「逃げる」という一択に作戦を切り替えたようだ。たしかにイレイス・サイン(気配隠蔽)は特殊スキルだ。通用するかも知れない。


「わ、分かった。」


俺はジリジリと後退する。


「ゲカカカ!」


「ゲカ!」


魔人達は、俺のそんな様子を見て何やら笑っている。口からは涎が垂れていた。


(く……。嘲笑ってやがる。それに、やはり喰うつもりだ。)


「気にするな、ヤマト。物陰がなければ作れば良い。」


「作る……?そうか。」


周囲を見ると、そこに何か隠れるような場所は無い。


ここはセイルシールドの丘だ。麓には平原が広がっていて何も無い。


つまり、リリスのオーダーには無理があるが、無理なことをリリスは言わない。


忠告どおりにするのであれば……。


”無ければ、作れば良い”


「ゲカカ!」


魔人達は打ち合わせが済んだのか、俺へ襲いかかるため腰を低くした。


(く、来る!)


俺はスキルを発動。


バ!!


地面にかがみ、自分の両手を押し付ける。


「ターン・フロアー(地面返し)!!」


俺はこのスキルを、”星〇徹のちゃぶ台返し”と呼んでいる。


ちゃぶ台など、どこにも無いが。あるのは地面だ。


それがあれば、このスキルは発動する。


ターン・フロアーは文字どおり、それを”ひっくり返す”。


魔獣の森で、【サンド・ジャイアント】という砂の巨人が居た。砂の巨人は、地面の土や砂を、土壁にすることが出来るスキルを持っていた。


これには、かなり苦労した。


視界が阻まれるし、砂に寄ってかなりダメージを食う。


昔、俺はデビル・ウルフに”高速砂かけ”をやったことがあったが、あれの巨大な板版だと思えば良い。


(その巨人を捕食したときにゲットした、スキル:ターン・フロアー(地面返し)。これなら!)


ゴザザザザ!


地面が大きく盛り上がり、10m級の土壁に変化する。そして、それはそのまま倒れ込むように魔人達へ向かった。


「どわっしゃーらー!」


「ゲア!?」


「ガカカ!?」


さすがに驚いたのか、動揺する魔人達。


ドシャー!


魔人達は、頭からもろに土を被った。


「良し!掛け声は意味判らんが、ナイスじゃ!イレイス・サイン(気配隠蔽)を使うため距離を取れ!」


さらに、今のうちに距離を取るために瞬転を連続発動。


(瞬転!瞬転!瞬転!)


(そこで良い!早く気配を!)


(分かった!)


100mほど距離を離して、俺は気配を消す。


そのまま、そこを動かずにジっとする俺。


「…………。」


イレイス・サインは、万能ではない。物音や視界正面にモロに入るとバレてしまう。しかし、ここまで距離を取れば大丈夫だ。


(息を潜めろ……。やり過ごすんじゃ。)


(分かった……。)


俺はジッと地面に伏せて、魔人の様子を伺った。


魔人は土から這い出ると、キョロキョロと周囲を伺っていた。


「ゲア?」


「ゲカァ?」


「ガラル……?ガル?」


(さ、探している。俺を探してやがる。)


魔人同士で会話が出来るのだろうか。何か打ち合わせをしているようにも見える。あきらかに動揺しているようだ。


ここまで怖い”かくれんぼ”があるだろうか。見つかれば、即殺されて食われる。


まさに命をかけた”かくれんぼ”だ。


ドキ。ドキ……。


自分の心臓の音がやけにうるさく感じた。


その音でバレるはずが無いが、俺はそのときばかりは心臓の鼓動を止めたい衝動に駆られた。

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